第二章 ダンジョン探索編
第1話 試験結果が出る。打ち上げの約束をする。
三日間に渡る新入生試験が終わって、一週間ほどが経った。
俺達は以前より、少しだけ平穏な学校生活を送っていた。
ロルフの悪行はきちんと教師に報告し、やつも傭兵団の連中も牢獄にぶち込まれた。
まだ憲兵による調査が行われている最中らしいが、さすがのロルフも禁固刑は
セレナイフ家の顔に泥を塗ったことで、ロルフは親父殿の制裁を受ける可能性があるが、とりあえず牢獄にいる間は親父殿に殺されることはないはずだ。
あんなやつでも、一応半分は血のつながった兄貴だしな。見殺しにするのはしのびない。
ちなみに、ロルフに従って俺達を包囲した生徒達にも、教師たちから厳重注意がなされた。
幸い、彼らはロルフの計画のすべてを知っていたわけではなく、傭兵団を試験会場に潜ませて俺を殺したり、クラリスを暴行する計画までは知らなかったらしい。
犯罪の加担をする認識がなかったのと、ロルフに脅されて協力していたこともあって、生徒達には罰はなく厳重注意だけで済んだらしい。
まぁ……学生達の俺を見る目が、災害級の魔物を見る目になったこと以外は、本当に平穏な日常を過ごしていた。
◆
俺が眠気をこらえながら登校すると、本校舎一階の掲示板に新入生試験の結果が貼り出されていた。
掲示板の前には人だかりができており、見れば一年生だけでなく上級生の姿もあった。
原作の記憶が確かなら、新入生試験が終わればダンジョン探索を行ったり、市民からの依頼を受けられるようになる。
上級生達は優秀な一年生にツバをつけて、自分達のパーティに組み込みたいと考えているのだろう。
俺が掲示板の前まで歩くと、人だかりが俺に気づいて勝手に道を開けてくれた。
…………いや、助かるは助かるんだけどね。でもこんだけ避けられてると、さすがにちょっと落ち込むわ。
掲示板を見上げると、学年一位の座は見事エリシャが勝ち取っていた。
二位に俺、三位にアルス、四位にクラリスと、見知った顔が上位に並んでいる。
さすが原作の主要人物達だ――と俺が感心していると、背後から涼やかな声に呼びかけられた。
「あなたが一位じゃないなんて、一体どういうこと?」
振り返ると、そこに立っていたのはエリシャだった。
彼女は俺の隣に並ぶと、腕組みしながら不服そうに掲示板を見上げる。
俺は後頭部をかきながら、正直に弁解することにした。
「実は俺、魔法学の座学が全然ダメで」
「そんなことで? 実戦演習の成績を考えれば、余裕でカバーできたと思うけど」
「ははは……ギリギリ赤点は回避したけど、ほんとすれすれだったんですよ」
「あ、赤点……?」
今までテストの類で赤点など取ったことがないのだろう。エリシャは立ちくらみでもしたように頭を抱えてしまった。
――いや、だってしょうがないじゃん! 俺は一切魔法が使えないんだから、魔法学の座学なんて全然話についていけないし、内容が頭に入ってこないんだよ!
そう弁解したいところだったが、俺はぐっとこらえた。
そんなことをしたら、特異体質がバレて研究所送りだ。エリシャから軽蔑されるのは嫌だが、研究所送りのほうがもっと嫌だ。
俺が一人で
「おはようございます、カイルさん!」
俺の肩を叩いたクラリスは俺の隣に並ぶと、同じように掲示板を見上げた。
「私達で上位は独占ですね! みんな一緒で嬉しいです!」
「まぁ、他の連中は実技演習で0点みたいなもんだしな」
「それでも、この結果は私達の
言いながら、クラリスはずいと顔を近づけてくる。
相変わらず距離感のおかしいやつだ――と思っていると、急にクラリスが顔を赤くして俺から離れた。
「ん? どうした、クラリス」
「あ、いえ、その……な、なんでもないです!」
「なんでもないって感じじゃなかったが……」
「なんでもないって言ったら、なんでもないんです! しつこい男性は嫌われますよ!?」
――なに!? まさか俺、クラリスにも嫌われてる!?
エリシャには軽蔑され、クラリスには嫌われ……今日はとんでもない
俺がしょんぼり肩を落としていると、クラリスがあたふたと手を動かしながらフォローしてくる。
「あっ、いや、別に私がカイルさんを嫌いって意味じゃなくて、むしろその逆……じゃなくてっ! とにかく、つい勢いで言っちゃっただけですから!」
「つい勢いで言っちまうくらい、不満を溜め込んでいたのか……」
「だ、だから、そうじゃないんですってばぁ〜!」
クラリスが俺の腕をつかんで揺さぶってくるが、俺はショックでそれどころではなかった。
と――唐突に、逆隣のエリシャも俺の腕をつかんできた。
思わぬ行動に反射的にそちらを見ると、エリシャは不満そうに唇を尖らせていた。
周囲の生徒の手前もあって、俺はよそ行きの口調でエリシャに尋ねる。
「エ、エリシャ様? 急にどうしました?」
「…………べつに」
なんかわからんが、不機嫌なことだけは伝わってくる!
どうしていいかわからずまごついていると、俺を挟んでエリシャとクラリスが視線をかわした。
なにやら不穏な空気でにらみ合い、火花を散らす二人を見て、俺は心底震え上がった。
――新入生試験までは、割りと仲良くやってたように見えたのに……こんな急に対立し出すなんて、女子ってワケわからなすぎて怖い!
俺が怯えていると、クラリスはエリシャから視線を外してぱっと顔を上げた。
「そうだ! 新入生試験の結果も出たことですし、今日の放課後、皆さんで打ち上げでもしませんか? 明日は週末ですし、ハメを外して楽しみましょう!」
「またえらい唐突だな」
「はっ!? ハメを外すとは言いましたが、ハメるってそういう意味じゃありませんからね!? そりゃまあ、相手がカイルさんならやぶさかじゃないですけど、私にも心の準備が……」
「公衆の面前で何を言い出してんだ、お前は!」
俺はツッコミを入れてから、周囲に視線をやった。
掲示板の前には、相変わらず大勢の生徒で人だかりができている。
だが、クラリスは集まる視線には動揺した様子もなく、いつもの調子で俺に向かってまくし立ててくる。
「公衆の面前でハメたい!? カイルさんがそんな変態さんだったなんて……で、でも私、カイルさんがどうしてもって言うなら……っ!」
「覚悟を決めた顔をするんじゃねえ! っていうか、打ち上げの話だろ!」
「あっ、そうでした!」
クラリスは何事もなかったかのように下ネタから本題に戻ると、俺越しにエリシャに尋ねる。
「エリシャ様も、打ち上げにぜひいらしてくださいね!」
「いや、私は……」
「何か外せない用事でもありましたか?」
「そういうわけではないけど」
「じゃあ強制参加です! 絶対来てくださいね!」
クラリスは強引に約束を取り付けると、ようやく俺の腕を解放した。
「それじゃあ、私は一足先に教室に行ってますね! アルスさんがいたら打ち上げに誘っておきます!」
元気よく言ってから、クラリスは軽やかな足取りで教室へ走っていった。
その様子を見送ってから、エリシャはポツリと呟く。
「……
「えっ!?」
――やつの一体どこに健気な要素が?
俺が視線で問いかけると、エリシャは呆れたように嘆息してから、俺だけに聞こえるよう小声で
「あんなことがあって、まだ一週間しか経ってないのよ? 普通に考えて、まだ引きずってるに決まってるわ。それでも、私達に気をつかわせないようにいつも通り振る舞っているのよ」
「そ、そうだったのか……」
「私達だけじゃない。ロルフに加担してた生徒達も、今のやりとりで『クラリスはあの一件を気にしてない』と思って、クラリスに対していつも通りに話せるようになるわ。きっと、教室のぎこちない空気が嫌だったんでしょうね」
「あいつ、そんなことまで考えてたのか」
助けに入った俺達だけならともかく、自分を危険に追いやる手助けをした連中にまで気をつかうとは――さすが、原作で聖女と呼ばれるだけのことはある。
「…………あんな子じゃなかったら、こんな風に敵に塩を送るようなことはしなかったのにな」
エリシャのつぶやきははっきり聞こえなかったが、彼女が自虐気味にため息をついたのはわかった。
「と、ところでエリシャ……様」
「何よ。急にかしこまって」
「いや、だから……今、めっちゃ周りに人がいるんですけど」
俺は指摘して、いまだに俺の腕をつかんでいるエリシャの手を指さした。
エリシャは急激に顔を赤くすると、俺の腕からパッと手を離す。
「こ、これはっ……ちょっと足が疲れて、寄りかかりたかっただけだからっ!」
それだけ言い捨てると、エリシャも俺を置いて早足で教室のほうへ去っていった。
その背中を見送りながら、俺はしみじみと実感した。
――女子の考えてることは、俺にはさっぱりわからんな。
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