第14話 ロルフをしばく。新入生試験が終わる。
エリシャ達のところに戻ると、各々吐き気や動揺から立ち直ったようで、俺のことを呆れた顔で出迎えた。
その顔に
「……あれ? もしかして、無駄に時間をかけすぎた……?」
「いや、そうじゃなくて……まぁいいわ」
「カイル。君ってやつは、本当に規格外だね」
「強すぎて、さすがに同じ人間かどうか疑いたくなってきました……」
散々な言われようだったが、とりあえず俺の戦い方に怒っているわけではないらしい。
改めて見ると、俺が戦っている間もエリシャとアルスはやれることをやってくれていたようだ。
エリシャはクラリスを守るように彼女の前に立って
俺はアルスに近づくと、しゃがんでロルフの顔を確かめた。
ロルフは憎悪に満ちた顔で俺をにらむと、ツバを吐いてきやがった。
とっさに首を曲げて避けたものの、それもロルフの怒りを増幅させたようだった。
「お前のせいだ……っ! 全部お前のせいだぞ、この無能者っ! お前さえいなければ、副級長には俺がなっていたし、あの平民女も俺のものになっていたんだ! それなのに、すべてお前が横取りしやがって!」
残念だが、俺がいなくてもそんなことにはならない。
原作では、この新入生試験をアルスが制して副級長になったし、クラリスもアルスのハーレムの一員になる。
俺のせいで余計な暴走をして時期が早まっただけで、その後の原作でのロルフの末路も今と大差なかった。
「お前のしたことは、きちんと先生方に話して処分してもらう。よくて退学、最悪禁固刑だろうな」
「ハッ! バカが! 教師どもがお前の言うことなんか信じるわけないだろ! 無能物のお前と俺とだったら、セレナイフ家の御曹司である俺のほうが信用されるに決まっている!」
「いや、あのな……」
「この俺に歯向かったのが、お前の最大の過ちだ! 今に見てろ。お前に地獄を見せてやるからな! 今度はあんなチンケな傭兵団なんかじゃなく、確実にお前を殺せる連中を揃えて――」
「地獄を見るのはあなたのほうよ」
冷たく切り捨てたのは、エリシャだった。
彼女は腕組みしながら、凍てつくような瞳でロルフを見下ろしていた。
「あなたの犯した悪行は、皇女の名において私が証言します。お
「くっ……そもそも、全部お前のせいだろうが!」
エリシャの宣告に、ロルフは一層怒りを燃え上がらせた。
「お前がこんな無能者にあざむかれなければ、俺はこんなことをしなくて済んだんだ! お飾りの皇女の
「黙れ」
言うのと同時に、俺はロルフのあごを
あごを
二度と減らず口が叩けなくなるよう、このままひと思いにあごを砕いてやろうか――ちょうどそんな思いがよぎった時に、エリシャがそっと俺を
「やめなさい、カイル。抵抗できない相手をいたぶるのは、褒められたことじゃないわ」
「いや、でも……」
「この男が気に入らないなら、尚更やめなさい。こんな男と似たような真似をしないで」
……言われてみれば、その通りだ。
ロルフは反論も抵抗もできない俺を終始
個人的な感情で他人をいたぶるようになったら、俺もロルフと同じだ。
俺はロルフのあごから手を離すと、エリシャに頭を下げた。
「……止めてくれて、ありがとう」
「気にしないで。それより、私のために怒ってくれてありがとう」
エリシャは微かに頬を緩めてから、再び冷たい瞳でロルフを見下ろした。
「ロルフ・セレナイフ。この計画はすべてあなたが主導したの? 誰か、あなたに入れ知恵したものがいたんじゃないの?」
そう言えば、その件もあったな。
ロルフの短絡さでは、とてもこんな大掛かりな作戦を計画、実行できたとは思えない。
誰かの入れ知恵があったはずだが、それは一体誰だったのか――せっかくなら、ここではっきりさせておきたかった。
ロルフは図星を
「そ、そうだ! これは俺のせいじゃないんです! 新入生試験を利用して、無能者達を
「あら、そうだったの。なら、その人物が見つかればあなたの責任は追求されないかもね」
エリシャが白々しい嘘をつくが、どうやらロルフは真に受けたようだった。
露骨に媚びた笑みを浮かべ、靴でも
「ほ、本当ですか!? 俺の知ってることならなんでも話します!」
「それじゃあ、あなたに入れ知恵したのは誰なの? 士官学校の生徒?」
「い、いえ、それが……素性はわからないんですが、不気味な雰囲気の小柄なやつで。黒尽くめで顔も隠していたし、声もくぐもっていたので、性別もわからないんです。帝都の街中で絡んできたので、恐らく士官学校の関係者ではないんじゃないかと」
「でも、その人物はカイルとあなたの因縁は知っていたのでしょう? なら、学園関係者じゃないとおかしいわ」
「そ、それは……確かに」
…………こいつ、考えなしにもほどがあるな。
腹違いとは言え、俺は兄のバカさ加減に呆れ果ててしまった。
エリシャも同感だったらしく、失望と軽蔑の視線をロルフに送ってから尋問を打ち切った。
俺はロルフを気絶させてから手近な木に縛り付け、ついでに傭兵どもも武装解除して同じように拘束する。
ようやく一息ついたところで、遠くから角笛の音が鳴り響いた。
「ちょうど試験も終了か。なんだか散々な一日だったな」
「そうだね。僕もさすがに疲れたよ」
いつも
皇女の威厳を守るためか、エリシャもかろうじて立ってはいたものの、かなり疲労がたまっていそうな顔をしていた。
正直、俺もちょっと疲れた。
さほど強くないとはいえ、生徒達の大群に押し寄せられて包囲攻撃を受けたり、腕利きの傭兵どもを相手にしたり、久々にかなり本気を出した気がする。
疲労しきった俺達を見て、クラリスは深々と頭を下げた。
「みなさん……改めて、本当にありがとうございました! みなさんが来てくださらなかったら、きっと私は今頃……」
「あなたが気にする必要はないわ。当然のことをしただけよ」
「そうだね。むしろ、君を守ってあげられなくて申し訳ない」
エリシャとアルスがそれぞれクラリスを励ますのに、クラリスは更に恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる。
それから、クラリスは上目遣いで俺を見上げてきた。
「カイルさん……本当に、ありがとうございました。私、今よりずっと成長して、いつか絶対にカイルさんに恩返ししますから……」
「いや、そこまでする必要はないが」
「いいえ、絶対に恩返しします!」
クラリスは強硬に主張すると、俺の胸に人差し指で触れた。
「だから……それまで私のこと、見守っててくださいね?」
「お、おう」
なんとなく
クラリスは満足したようにうなずいてから、急に顔を赤くして背中を向けた。
俺が妙な気まずさを感じて周囲を見回すと、エリシャは不満そうに唇を尖らせ、アルスは面白がるような笑みを口元に浮かべていた。
「え? 何? 俺、何か変なことした?」
「……………………べつに。あなたが何もしてないと思うなら、そうなんじゃない?」
「カイル、君ってやつはなかなか油断ならない男だね」
「だから、どういうこと? これ、今どういう空気なの?」
「自分で考えなさい…………ばか」
エリシャに小声で
――
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