第2話 打ち上げに行く。エリシャの友達が増える。

 授業が終わると、俺達は帝都の繁華街に繰り出した。

 アルスがいい感じのレストランを知ってるというので、彼の先導で街を進む。

 エリシャは繁華街に来るのは初めてなのか、物珍しそうに街の喧騒けんそうを眺めており、クラリスは少し浮かれた様子で俺やエリシャ、アルスに話しかけていた。


 しばらく歩くと、アルスは一階建ての小綺麗なレストランの前で立ち止まった。

 エリシャのほうをうかがいつつ、恐る恐る店を紹介する。


「……ここなんだけど、どうかな?」

「私に気をつかう必要はないわ。それに、いい店じゃない」


 エリシャの返答にほっとした顔を見せると、アルスは店内に入って店主に話を通しにいった。


 すぐに店主の了承が取れたらしく、数分と待たずにアルスが戻ってくると、店のドアを開けて俺達を中へいざなう。

 中も外装と同様に小綺麗な雰囲気で、四人がけのテーブルが間隔を開けて並んでいる。

 まだ午後の四時くらいなので、客入りはまばらなようだったが……それにしたって、妙に店の中が静かだな。

 普通はもっと雑談が聞こえてきてもいいはずだが、二、三人が座っているテーブルでも妙に小声で会話している。


 ……まぁ、そういう静かな雰囲気の店ってだけかもな。

 俺達はアルスに案内された席に座り、酒と料理を注文する。

 この世界では十五歳から飲酒が可能なので、こんな早い時間から堂々と酒をあおれるのは気分がいいな。

 注文した酒と料理が揃うと、クラリスが木製のジョッキを高らかに掲げた。


「それでは、新入生試験が無事終わったことを祝して、かんぱーい!」

「「「乾杯」」」


 ジョッキやグラスを合わせてから、俺は麦酒ビールの入ったジョッキをあおる。爽やかな苦みが舌を刺激し、俺は感動に打ち震えた。

 ――久しぶりの酒、あまりにも美味すぎる!


 俺は感動にひたってから、他のメンツの様子をうかがう。

 クラリスは俺と同様、美味そうに麦酒をあおりつつ、料理を頬張っている。幸せそうなのは結構なことだが、下ネタ好きなところといい、こいつはところどころおっさん臭いんだよな。

 アルスは相変わらず胡散うさん臭い笑顔を貼り付けたまま、ちびちびと麦酒と料理を楽しんでいる。こいつはいつまで経っても腹の底が見えんな……

 エリシャはグラスでワインを飲みながら、料理に舌鼓したつづみを打っている。この店の料理は彼女の口に合ったようで、料理を口に運ぶたびに表情がゆるんでいく。


 しばらく料理を楽しんだあと、クラリスが話題を振ってきた。


「それにしても、カイルさんは本当に強いですよね! ロルフさんが雇った傭兵団、帝都でも結構名が通った傭兵団だったらしいですよ」

「名が通ったって……あんな連中、悪名で知られてただけだろ」

「悪名は……その通りなんですけど。でも、本当に実力のある傭兵団だったみたいですよ。街の方でも話題になってるみたいです」

「へえ。クラリスも結構街に出るんだね」


 アルスの問いかけに、クラリスは首を振った。


「いえ。私はあまり寮から出ないのですが、別のクラスの友達に街に詳しい人がいまして、その方から聞いたんです」

「えっ!? お前、他のクラスにも友達がいるのか!?」


 ――クラリスのやつ、クラス内だけにとどまらずクラス外にも友達を作ってやがるのか。

 彼女のコミュ強ぶりに戦慄せんりつしていると、クラリスはなぜか急にあわて出した。


「い、一応言っておきますけど、その友達は女の子ですからね!?」

「いや、それはどうでもいいんだが……まだ入学してひと月も経ってないだろ? よそのクラスの友達なんて、一体どうやって作ったんだ?」

「その子が教科書を忘れたみたいで、うちのクラスに借りに来たんです。話してみたら平民同士ってわかって、話がはずんじゃって。その子は学費のために繁華街で働いてるみたいで、街の噂に詳しいんですよ」

「……クラリスちゃん?」


 背後から呼びかけられ、クラリスは驚いて声のほうを振り返った。


 そこに立っていたのは、猫耳と猫尻尾の生えたねこ獣人だった。

 栗色の髪を三つ編みに束ね、同色の瞳は眠そうに細められている。

 身長は女子の平均身長くらいだろうか。全体的に体は華奢で肉付きは薄いが、獣人族らしくしなやかな筋肉が見て取れる。

 彼女はミニスカートのエプロンドレスを身にまとい、眠そうな目でクラリスをじっと見つめていた。


「……クラリスちゃん、どうしてここに? ツムギ、バイト先のこと教えたっけ?」

「ツムギちゃん! バイト先ってここだったんですね!」


 猫耳ウェイトレス――ツムギにそう答えると、クラリスは立ち上がって彼女の両手を握った。


「あ、紹介が遅れました! この子が先ほど話していた私の友達、ツムギちゃんです!」

「ども。ツムギです」


 ツムギは眠そうな目で応じてから、こちらに向けて指でピースしてくる。なかなかつかみどころのないやつだ。


 ……ていうか、ツムギって誰だ? そんなキャラ、『葬国そうこくのエルロード』にいたっけ?

 十代の頃に一度だけプレイしたゲームだから細部までは覚えていないが、猫耳キャラなんていなかったような……


 内心いぶかしむ俺をよそに、ツムギは俺達の顔を見渡してからぺこりと頭を下げた。


「それにしても、学年上位のみなさんがお集まりとは。せっかくなので、楽しんでってくださいね。ついでにいっぱい注文してくださると、バイト代が増えて嬉しいです」

「も、もー……ツムギちゃんってば一言ひとこと多いんだからっ」


 給仕の仕事に戻るツムギを見送ってから、クラリスは困ったように笑った。

 アルスは妙に鋭い視線でツムギのほうを一瞥いちべつしてから、いつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべた。


「確かに、この店で働いてるなら街の噂に詳しくなりそうだね。ここは士官学校の学生だけじゃなく、軍の関係者や役人もよく来る店だから」

「そうなのか。じゃあ、エリシャはばったり知り合いと出くわすかもな」


 俺が水を向けると、彼女はグラスワインを味わってからうなずいた。


「そうね。軍や役場には式典などで顔を出す機会もあったから、私の顔を知っている人もいるかも……って、二人とも、どうしたの?」


 途中で言葉を切ると、エリシャはぽかんと口を開けているクラリスとアルスにたずねた。


「い、いえ…………今カイルさん、エリシャ様のことを呼び捨てにしてませんでした?」

「その上、タメ口でしゃべってたよね」

「あっ」


 俺は間抜けな声を上げ、ようやく自分の失態に気付いた。

 アルコールが入っていたのと、気の知れた仲ですっかり油断していたのもあり、うっかりよそ行きの対応を忘れてしまっていた……

 あたふたして何も言えずにいる俺を見て、エリシャは小さく嘆息をもらしてから、皇女らしく控えめな微笑を浮かべた。


「実は、カイルとは級長と副級長で一緒に過ごす時間が多いから、お互い対等に話すことにしていたのよ。念のため、他の生徒の前では控えてもらっていたけど」

「え〜! そんな、カイルさんだけずるいですよ! 私もエリシャさんってお呼びしたいです!」

「はは……さすがにちょっと恐れ多いけど、僕もうらやましいな」

「も、もしよければ……こういう場でなら、二人も敬語をやめて構わないわよ? あっ、もちろん、嫌じゃなければ、だけど……」


 エリシャが恐る恐る提案するのに、クラリスは急に顔を赤くして胸に手を当てた。


「あぅ……私、今ちょっとキュンとしちゃったかも」

「えっ? もしや、胸の病気でも……?」

「そういうんじゃなくて……ああもう、エリシャさんはかわいいなあ!」


 言うなり、クラリスは隣に座ったエリシャを抱きしめた。

 エリシャは突然のスキンシップに驚いてはいるものの、満更でもない顔でクラリスの抱擁ほうようを受け止めている。

 …………これ、実はエリシャもまあまあ酔ってるんじゃないか? いつもの鉄壁の皇女ムーブがだいぶ崩れてるぞ。


 あとで我に返って後悔しないといいが……とは思いつつも、エリシャに味方ができるのは俺にとっても歓迎なので、黙って見守ることにする。


「じゃあ僕も、エリシャって呼ばせてもらおうかな」


 ――だがアルス、てめえは別だ。


 この数週間ですっかりおなじみのメンツになってはいるが、こいつはどうにも信用ならない。

 原作ではエリシャと意見をたがえ、最終的にエリシャを殺す立場の人間だというのに、今のところ原作のように帝国に対して反乱を起こそうという動きは見えない。

 現時点でも『影の部隊』なる亡国の諜報機関を暗躍させて、帝都の情勢を探らせているはずなのだが、まったくそんな気配を感じさせないのも不気味すぎる。

 こいつが自分の目的を見失うとは思えないが……一体、どういうつもりなのだろう?


 俺が無言でアルスの様子をうかがっていると、クラリスが唐突に絡んできた。


「まったくぅ、カイルさんはこんなかわいいエリシャさんを独り占めしてたんですねぇ。許せませんよぉ」

「おいクラリス、お前ちょっと飲み過ぎじゃないか?」

「人を酔っ払い扱いしないでください! そんなことより、カイルさんはもう少し態度をはっきりさせたほうがいいと思います!」

「ちょ、ちょっとクラリスさん、何を言い出してるの!?」

「こぉーんなかわいい女の子二人に囲まれて、どうしていつも平然としてるんですか!? はっきり言って、時々ちょっと落ち込むんですけど! ……はっ!? まさか、カイルさんはすでにアルスさんと深い仲に!? わ、わわわ私はそういう恋愛に偏見はないですけど、後学のために詳しく聞かせてもらってもいいですかっ!?」

「んなわけあるかっ!」


 俺とアルスの間の、微妙にぎこちない雰囲気を知らんのか?

 …………いや、それが妙な妄想をかき立てる原因になってしまっているのか……?


 俺が両手で頭を抱えていると――唐突に、遠くの席から大声が響いてきた。


「まったく……さわがしい猿がいるようだな! これだから下民げみんの選ぶ店は!」


 大声の主は席を立つと、同席者を置いてつかつかとこちらに近付いてきた。

 さすがに騒ぎすぎたかと反省しつつ、俺は近付いてくる男の顔を確認する。


 金髪あいがんの整った顔立ちには、怒り以上に尊大さがにじんでいる。

 中肉中背の体に士官学校の制服を着ており、その右肩には生徒会長の証である金糸の飾緒しょくしょがかかっている。

 その男の顔には、見覚えがあった。


「貴様ら猿どもには、マナーという概念が存在しないようだな。この私が直々に、その空っぽの脳みそに叩き込んでやる…………って、あなたは、皇女殿下?」

「あなたは、クルト・レヴァインきょう……」


 士官学校の二年生、生徒会長にして二大名家『知のレヴァイン家』の次男。

 クルト・レヴァインは、エリシャに気づいて驚いたように目を丸くした。

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