第8話 魔将どもと戦う。追い詰められる。

 俺は左肩の痛みに耐えながら、魔剣を手にカミラの元へ駆けた。

 カミラは闇の魔将タローマティの拳を腕で受け止め、タルウィの強力な火魔法を紙一重で避けながら、風をまとうシャルヴァにグラビティ・プレスの魔法を放つ。

 シャルヴァはグラビティ・プレスを直撃して苦しげにもがくが、まだ倒れずにカミラに魔法を放とうとする。


 俺はとっさの判断でシャルヴァに肉薄すると、構築しかけの魔法ごとシャルヴァに斬りかかる。

 魔剣は魔力を吸って構築しかけの魔法を破壊し、シャルヴァの緑色の肌に食い込み、やつの肩口から胸のあたりまで切り裂いて生命力を暴力的に吸い取っていく。

 シャルヴァは苦しげに身悶えしながら、魔石すら残さず体が少しづつ風と化して消えていった。

 五秒ともたずにシャルヴァが消えるのを見届けてから、俺は改めて魔剣を見下ろした。


 ――この魔剣、やばすぎるだろ!


 ゼクスの率いる魔将は、いずれも終盤に出てくる強力なボスキャラだ。

 カミラによって手負いにされていたとはいえ、一回斬っただけで消滅させるとは……マジでぶっ飛んだ性能してるな。

 オルガみたいに回避性能が高いやつには相性が悪いが、当てればいいだけなら魔将相手には無双できる。


 背後から殺気を感じ、俺はとっさに前方に跳んで地面を転がった。

 斬られた左肩に激痛が走り、視界が痛みでチカチカするが、なんとか痛みに耐えて背後を振り返る。

 見れば、俺が先程まで立っていた空間に、火の魔将タルウィが拳を打ち込んでいた。

 俺の体質を踏まえてゼクスが指揮しているのか、俺に魔法を撃ってくる気はないらしい。


 俺が地面から起き上がると同時に、タルウィが燃え盛る体で俺に向かって突撃してくる。

 あっちから近づいてくるなら好都合だ。

 魔剣を構えて迎え撃ち、敵が拳を突き出してくるのに合わせて魔剣を突き出す。

 俺の突きはタルウィの拳を正確無比に貫き、タルウィは魔剣に生命力を奪われ、やつの全身を包む炎が急激にしぼんでいく。

 全身を覆う炎が焼失すると、タルウィの黒焦げになった体は魔石ごと灰となってその場に崩れ去った。


 カミラのほうに視線を向けると、ちょうど彼女のほうも決着がついたようだった。

 カミラはタローマティの背後に回り込み、やつの首筋に牙を突き立てていた。

 吸血によって魔剣のように生命力や魔力を吸っているらしく、タローマティは苦鳴を上げながら体がしぼんでいき、魔石ごと影の中に消えていった。


 カミラは体中のあちこちに傷を負っていたが、そのほとんどはすでに体質による自動回復が終わりかけていた。

 不死の体質による再生能力はやはりすごい。ただ、やはり疲弊はしているようで、カミラは肩で息をしながら俺に視線を向けた。


「……逃げなかったんだ、カイルっち」

「お前をここに連れて来たのは俺だ。俺だけ逃げるわけないだろ」

「へ〜、律儀じゃん。あっ、もしかしてカイルっち、あーしに惚れてる? あーしに惚れるとヤケドじゃすまないよ〜?」

「アホ言ってる場合か」


 カミラのじゃれつきを軽く受け流してから、ゼクスに視線を向ける。

 不気味なことにやつは手駒を失った状態でも、微塵みじんも動揺を見せずに笑みを浮かべていた。


「いやぁ〜、ふたりとも思った以上にやるね。ってか、ほぼほぼカイルくんかな? ほとんど化け物じみた強さだね」

「随分余裕じゃねえか。それとも、もう諦めたのか?」

「バカ言わないでくれよ。さっきも言ったろう? 僕は前に、君と同じ体質の魔族を倒したことがあるんだって」

「はっ。んなこと言って、この状況を見りゃどう考えたって……」


 言いかけて。

 全身から力が抜けるような感覚を覚えて、俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 指が震えて魔剣が手からこぼれ落ち、とてもではないが手も足もまともに動かせる状態ではない。


 ――この感覚には、覚えがあった。


 頭上から、ゼクスの笑い声が聞こえてくる。


「はははははっ! ようやく効いてきたみたいだね! アルスくんにもやられたばかりだろうに、よく二度も同じ手に引っかかれるもんだよ!」


 ゼクスの言葉から察するに、やはり毒を盛られたらしい。

 おそらく、俺の肩を斬ったオルガの剣には、強力な麻痺毒が塗られていたのだろう。

 しかもこの効き具合から察するに、俺の体内に流れ込んできた毒は致死量に到達していそうだ。

 アルスと違って、ゼクスには俺を生かす理由はない。やつが欲しいのは俺の体であり、別に生きていようが死んでいようが関係ないのだ。


 …………待てよ? ゼクスのやつ、なぜアルスが俺に毒を盛ったことを知っている?

 アルスとのことはメリエルや一部の教師には話したものの、対外的には箝口令かんこうれいが敷かれているはずだ。

 国家転覆を狙った反逆者を、よりにもよって士官学校に入学させていたのだ。いくらゼクス相手でも、学校側が口を漏らすとは思えない。


 思い返せば、昼に食堂で話した時も、やつは同席しなかったアルスについて一言も触れなかった。

 エリシャの探索パーティが俺とクラリスとアルスの四人だったことを知ってたいたにも関わらず、だ。


 だが、俺は疑問を発するために口を開くことすらできなかった。

 そんな俺を満足げに見下ろしてから、ゼクスは目を合わせないよう注意深くカミラのほうに視線を向ける。


「それにしても、カミラくん。君もとても面白い体質をしているね。異常なまでの再生能力……いや、もしかして不死の体質なのかな? それも、アンデッドみたいなまがい物じゃなく、本物の不老不死」

「あーしが、敵にわざわざ情報を与えてやるような間抜けに見える?」

「ふふっ、まぁ答えなくてもいいさ。魅了の魔眼に、魔力を吸い取る吸血行為、傷を受けてもすぐ治る体……古い文献で、君のような魔族の生態については読んだことがある。実験するのが今から楽しみだよ」


 ゼクスが嬉しげに目を細め、カミラはその表情に寒気を覚えたように自分の腕を抱いた。


「……キモ。もう勝った気になってるわけ? 一対一じゃ、どう考えてもあーしに分があると思うけど?」

「一対一だなんて誰が言ったんだい?」


 言って、ゼクスは指を鳴らした。

 それに合わせて、二階の廊下の奥から四つの人影が現れた。


 二つは、原作でも見た魔将の姿だった。

 ハエの羽を振動させて骸骨姿で宙を浮くアンデッドの魔将ドゥルジと、赤い甲冑のような外骨格を持つ魔将の長アカ・マナフ。

 ドゥルジは土魔法と闇魔法を自在に操り、アンデッドの軍勢を呼び寄せて操る、かなり厄介な魔将だ。

 アカ・マナフは四大属性魔法をすべて操る上、他人の意識を自在に操作する催眠ヒュプノの魔眼を持つ、魔将の長に相応しい最強の性能を誇っている。


 そして――その二体に従うように現れた人影を見て、俺は思わず目を見開いた。


 現れたのは、灰色の髪と灰色の瞳をした中肉中背の優男と、猫獣人の黒装束。

 死んだはずのアルスとツムギが、青白い顔をして家来のように魔将の側に控えていた。


「どういう……ことだ……っ!?」


 麻痺毒のせいでろれつが回らない舌でなんとか声を発すると、ゼクスが嘲笑ちょうしょうとともに答えてくる。


「アルスくんとツムギくんのことかい? 二人から、君との間に起きたことの顛末てんまつは聞かせてもらったよ。君達相手に死を偽装して逃げたあと、帝都から逃げようとしてたから、僕の屋敷に招待したのさ」

「招待、ね。あーしには、その二人が自分の意志でそこに立ってるようには見えないけど?」

「招待したのは本当だよ? ジェイドに少し脅してもらったら、断らずにこの屋敷に来てくれたよ。ま、そのあと拷問ごうもんして洗いざらいしゃべってもらったあと、面白そうだったからアカ・マナフに操らせてるんだけどね。ケガをちゃんと直してあげただけ、感謝してほしいくらいだよ」


 …………こいつ、本気でイカれてやがる。

 ゼクスにとって、人間は「自分の役に立つか立たないか」という基準でしかない。

 使える人間はジェイドやオルガのように徹底的に使い潰し、使えない人間はおもちゃにするかゴミのように捨てる。

 やはり、こいつを生かしておくのはあまりに危険過ぎる。


 俺の確信を裏付けるように、ゼクスは魔将に指示を出す。


「アカ・マナフ、二人にカイルくんを殺す機会を与えてやれ。ドゥルジ、スケルトンの軍団を率いてカミラくんを拘束しろ」


 ゼクスの命令に従い、アルスとツムギは二階の廊下から飛び降りると、俺に向かって長剣と刀を構えて歩み寄ってくる。

 ドゥルジのほうは手印しゅいんを結ぶと、外につながるドアを除いて、エントランスにつながるあらゆる通路からスケルトンの群れが武装して姿を現す。

 おそらくこのスケルトン達は、この屋敷で実験や拷問ごうもんで死んでいった者たちの成れの果てなのだろう。


 ――正直、今の俺はとてもではないが戦闘に参加できる状態ではない。

 声を出すのも一苦労なほど麻痺毒に侵されていては、カミラの足手まといにしかならない。


 俺が歯噛みしていると、カミラは俺のほうを見て苦笑した。


「カイルっち。悪いんだけど、カイルっちを守ってあげられる余裕はなさそうだわ」


 それはそうだろう。ここで見捨てられたとしても、カミラに非はない。

 ――なのに。


「だから、カイルっちだけでもなんとか逃げてくんない?」


 言って――カミラは瞬時にシャドウ・ランスの魔法を構築すると、槍の先で俺の服を引っ掛け、そのまま外につながるドアまで投げ飛ばす。

 シャドウ・ランスはドアを突き破り、俺の身体を外の夜闇よやみに放り出した。

 なんとか首を動かすと、カミラは俺のいる場所に誰も近づかせないよう、屋敷の正面入り口の前に立ちはだかり、襲い来るアルス達やスケルトンどもを必死で魔法と体術で押し返している。


 その姿を見て、俺は目に涙がにじむのを自覚しながら、必死で身体を動かした。

 地面を無様ぶざまに這いつくばり、みじめな思いを噛み締めながら屋敷から遠ざかるようにじりじりと移動する。


 ――カミラの思いを無駄にはできない。ここは死ぬ気で逃げて、なんとか体勢を立て直さなければ。


 だが麻痺毒の効果はやはり強く、身体は一向に前に進まない。

 それでも必死にもがいていると――前方から、月明かりを背にした影が差した。


 歩哨がやってきたのかと思い、俺は警戒心とともに顔を上げるが――そこにあった見慣れた顔ぶれを見て、思わず安堵の息をついていた。


 怒ったように頬をふくらませるクラリスと、おろおろした様子のメリエルを背後に従えながら――エリシャは腕組みしながら呆れたような顔で俺を見下ろして、言った。


「…………まったく。カイル、あなたは一日くらい大人しくしていられないの?」

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