第9話 エリシャ達と合流する。カミラが仇を討つ。

「クラリス、カイルに治癒を。私とメリエルは治癒が終わるまで二人を守るわよ」

「了解です!」

「は、はいっ!」


 エリシャの指示を受けて、クラリスは瞬時に俺のもとにしゃがみ込むと、魔石をくわえて強引に俺の口の中に舌をねじ込んできた。

 驚いてる間もなく口の中で回復魔法が発動し、肩の傷と麻痺毒の影響が消えていく。

 その間も、エントランスかられ出てきたスケルトンをエリシャとメリエルが魔法で掃討してくれていた。


 身体が万全の状態に戻ったのを確認してから、俺はようやく疑問を口にする。


「三人とも、どうしてここに? 安全な場所に隠れるように、メリエルに言付ことづけを頼んだはずだが……」

「馬鹿言わないでちょうだい。あなたが危険だとわかっているのに、安全地帯でのんきに待っていられるわけないでしょ」

「そうですよ! 実際、さっきまでカイルさん死にかけてたじゃないですか! 最初から私達も連れていれば、こんなことにならなかったのに!」

「……使者を送ったあと、私の家に押しかけてきてずっとこの調子なんですよ」


 メリエルが額を押さえて嘆息するのに、俺は少しだけ同情してしまった。

 俺は魔剣を握り直すと、エリシャの隣に立った。


「カミラを助けて、ゼクスを倒す。悪いが、付き合ってくれるか?」

「当たり前でしょ? 聞きたいことは山ほどあるけど、ここに来た時点で腹はくくってるわ」


 迷いなく答えてくれるエリシャに軽く感動しつつ、俺は魔剣を手にエントランスに突っ込んでいった。

 スケルトンの武器に毒が塗ってある可能性もあるので、すべての攻撃を避けるか受けながら、一振りで五、六体のスケルトンをなぎ倒しながら一気にカミラのもとへ駆け抜ける。

 カミラはスケルトンの群れを魔法で蹴散らして空間を作りながら、アルスやツムギ、アカ・マナフやドゥルジの攻撃をなんとかしのいでいた。

 とはいえ、すべての攻撃を避けられるわけではない。彼女の身体には無数の傷やあざができては消えていく。


 俺はすぐにカミラの近くまで到達すると、背後に回り込んでドゥルジを斬り伏せた。

 骸骨の身体を真っ二つにされ、ドゥルジはあっけなく灰と化す。

 ドゥルジが消えたことで、スケルトン達は一斉に動きを止めてその場で崩れ去り、残るはアカ・マナフとアルス、ツムギの三人だけになった。


 アカ・マナフは俺の介入で、優先目標を変えたようだった。

 アルスを俺、ツムギをカミラに差し向けて動きを封じさせつつ、自らは風魔法で空を飛んでエントランスの外に出ようとする。


 ――って、まずい! 催眠ヒュプノの魔眼でエリシャ達を操るつもりか!


 俺は斬りかかってきたアルスの斬撃を魔剣で受け止めるが、斬撃が思いのほか重い。

 少し意表を突かれながれも、俺はアルスの腹を蹴り飛ばそうとするが、アルスは俺の蹴りに反応した上、上半身を強引に後ろに倒して蹴りを避けた。


「クソっ! 目を覚ましやがれ、アルス!」


 俺は悪態をつきながら、アルスに向けて全力で拳を突き出し、衝撃波を飛ばす。

 衝撃波――飛翔拳ひしょうけんをアルスは横に跳んで避けるが、脚が衝撃波に巻き込まれて壁際まで転がっていく。

 それを確認してから、俺はカミラのほうを見やる。


 カミラとツムギは互いに影分身を生み出して乱闘を繰り広げており、見たところカミラのほうがかなり優勢のようだ。

 俺はカミラと視線をかわすと、目線で彼女にアルスとツムギの対処を任せ、頭上を飛ぶアカ・マナフに斬空ざんくうを放つ。

 だが、アカ・マナフは斬空に反応してとっさに風魔法で軌道を変化させ、斬空を避ける。

 その隙に、俺はアカ・マナフとエリシャ達との間に移動し、魔剣を構えてアカ・マナフを待ち受けながらエリシャ達に叫んだ。


「目を合わせるな!」


 エリシャ達は驚いたようだが、敵が魔眼のたぐいを持っていると瞬時に理解し、アカ・マナフと目を合わせないように目を伏せる。

 アカ・マナフは俺の目を真っ向からにらみ、催眠ヒュプノの魔眼が通用しないのを確かめると、空中に浮遊してエリシャ達めがけて火魔法や風魔法を撃ちまくってくる。

 無数の火の槍や氷の槍が襲い来るが、俺はそのすべてを斬空で撃ち落とす。


 アカ・マナフは再度空中から無数の魔法を放ってから、浮遊をやめて地面に降り立とうとする。

 やつの狙いはおそらく、俺が空中からの魔法に対処している内に、土魔法で地面を伝って直接エリシャ達を攻撃することだろう。


 ――やるな。上下からの同時攻撃か。

 エリシャ達が土魔法の直撃をくらったら、おそらくただではすまない。

 最悪の場合、クラリスの回復魔法が追いつかないレベルのダメージを負ってしまう可能性がある。

 かといって、頭上からの無数の魔法を無視することもできない。


 俺は魔剣を全力で振りかぶると、アカ・マナフに向かって投擲とうてきする。

 魔剣は銃弾をも遥かにしのぐ猛スピードで飛来し、ソニックブームを巻き起こしながらアカ・マナフの身体に突き刺さる。

 アカ・マナフは悲鳴を上げる間もなく生命力を奪い取られ、土魔法を発動させることなく息絶える。

 だが、頭上にはまだ火の槍と氷の槍が残っており、エリシャ達のもとに降り注ごうとしている。


 俺は空から降り注ぐ無数の魔法を、飛翔拳ひしょうけんを連打して撃ち落としていく。

 すべての魔法を撃ち落としたあと、俺はようやく一息ついて地面に転がっていた魔剣を拾い上げた。

 振り返ると、エリシャが呆れたような顔をして言った。


「相変わらずむちゃくちゃな強さね。というか、その剣は何なの? 一撃で魔将を倒してたけど……」

「あぁ……ちょっとしたもらい物でな」


 言って、俺はエントランスに視線を向けた。


 エントランスではすでに戦闘が終わっていた。

 アカ・マナフが死んだことで魔眼の支配から解放されたのか、アルスとツムギは床に這いつくばっている。

 カミラは凶暴な視線をゼクスを見上げており、ゼクスは困ったように眉を寄せていた。


 俺はカミラの隣に移動すると、ゼクスに言う。


「勝負あったな、ゼクス」

「……ふむ、参ったね。まさかここまでうちの手勢があっさりやられるとは」

「命乞いとかしないん? ま、そんなことされても見逃す気なんてないけど」


 カミラの言葉に、ゼクスは肩をすくめた。


「せっかく不死の身体を手にできそうだったのに、ここで死ぬのは正直残念だね。でも全力で戦って負けたわけだし、結果には納得してるかな」

「随分いさぎよいじゃん? もしかして、神妙しんみょうにしてたら許してくれるとか思ってる?」

「許す? なぜ僕が許しをわねばならないんだい?」


 ゼクスの無神経な言葉に、カミラが視線を鋭くして牙をく。


「さっきも言ったじゃん。あんたはあーしの親友……アンリを殺して、実験動物のように扱った。あーしもアンリも、あんたら人間に危害を加える気なんてなくて、ただ静かに暮らしたいだけだったのに……だから、あーしがあんたを殺すのは当然の権利でしょ?」

「そうだろうね。でもそれと同じくらい、僕が『僕のダンジョンで見つけた魔族』をどう扱っても、僕の自由じゃない?」

「アンリも、アンリのダンジョンも、あんたの持ち物なんかじゃない!」

「そんなこと言われてもなぁ。あのダンジョンはレヴァイン家のものだし、彼女を捕まえるのに結構苦労したんだよ? 三回も部隊を派遣して、一回目は全滅、二回目はなんとか情報を持ち帰ってこれたけど、九割は殺されちゃったよ。まぁコストをかけたおかげで、体質の情報を持ち帰ってこれて、毒で攻める作戦にシフトしたのが功を奏したわけだけど」

「それが何だって言うの?」

「君達の事情なんか知らないけど、僕からしたらなんだよ。僕が最初に見つけて、殺して、持ち帰ってきたんだからね」

「……黙りな、クソ野郎」

「あ、だからって別に、君が僕を殺すのをどうこう言うつもりはないよ? 君も僕がしたのと同じように、僕を殺す権利を力で勝ち取ったんだからね」

「あーしは、あんたとは違う」

「そう? 正直、僕には違いはわからないな。どちらも欲しいものを力づくで手に入れたのは一緒だろう?」


 …………こいつ、やっぱりイカれてやがる。

 感情や倫理観があまりに欠けていて、他人から何かを奪うことにまったく躊躇ちゅうちょも罪悪感も感じていない。

 魔族のカミラより、ゼクスのほうが内面ははるかにおぞましい。


 俺がゼクスに感じていたは、やはり間違っていなかったようだ。

 今日手を打たずに放置していたら、どんな手を使ってでも俺とカミラを捕らえて研究材料にしていただろう。


「あんた、もうしゃべんなくていいわ」


 カミラは冷たく言い捨てると、床を蹴って二階に立つゼクスのもとへ飛ぶ。

 ゼクスは最大出力の風魔法で迎え撃つが、カミラはグラビティ・プレスでゼクスの魔法を相殺そうさいし、ゼクスの喉笛をつかみ上げる。


「あの世でアンリにわびろ……なんて、言う気はないよ。何度生まれ変わっても、あんたは二度とあーしにもアンリにも関わって欲しくないわ」


 それだけ言って、カミラはゼクスの首をへし折った。

 ゼクスの身体から力が抜け、長い両手両足をだらりと垂らして事切れる。

 カミラはゼクスが死んだのを確かめてから、汚物を捨てるかのようにやつの死体を床に放り投げた。

 地面に倒れ伏すゼクスを見下ろしながら、カミラは宝石のような真紅の瞳から涙を流していた。


「アンリ、やっとあんたのかたきを討てたよ……これで、やっとあーしも……」


 亡き親友に語りかけながらさめざめと泣くカミラに、俺達はかける言葉が見つからなかった。

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