第10話 アルス達の治療を試みる。頼みを聞く。
戦闘が終わってエントランスに静寂が下り、俺はようやくアルスとツムギのほうに視線を向けた。
アカ・マナフの催眠によって、人間の限界を超えて肉体を酷使したせいだろうか、アルスとツムギは体中がずたぼろになっていた。
筋肉や関節の可動域の酷使によって、筋繊維がちぎれて体中が内出血し、一部の関節は砕けてしまっている。
俺は歩み寄ってアルスとツムギの脈を取ると、ふたりともかろうじて生きているようだった。
「……あの、お二人を回復してもいいですか?」
背後を見ると、クラリスが杖を持って不安げな顔で俺を見ていた。
「俺は構わないが……お前はいいのか? こいつらの一番の被害者はお前だろ?」
「確かに、だまされたりひどい目に合わされかけたり、散々なことをされましたけど……それでも、私は助けられる命を見捨てちゃいけないと思うんです」
「……お前がそう言うなら、俺は止めないよ」
俺が言うと、クラリスは俺に一礼してから倒れているアルスに回復魔法をかける。
だが、回復魔法を受けてもアルスの身体は一向に回復しない。
「……無駄だよ」
しわがれた声で言ったのは、他ならぬアルス自身だった。
「たぶん、僕達の身体はもう再起不能だ……ゼクスに魔物の細胞を移植されて、身体が本来の姿を見失ってるからね……どんなに優れた回復魔法でも、元に戻しようがないよ」
……なるほど。アルス達の身体能力が妙にパワーアップしてたのは、そのせいでもあったのか。
俺が納得していると、クラリスは悲痛な声を上げる。
「そ、そんな……っ! まだ諦めないでください、アルスさんっ!」
「魔力の無駄だよ、クラリス……それより、カイル。頼みがあるんだけど、いいかな?」
「……なんだ?」
俺が問い返すと、アルスはばつが悪そうに笑って言った。
「たぶん、僕は一時間と待たずに魔物の細胞に身体を乗っ取られる……そうなる前に、人間のうちに僕を殺してくれないかな?」
「そ、そんなっ!」
クラリスはショックを受けた様子で、俺とアルスを交互に見た。
「だ、ダメですっ! 私がなんとかしてみせますから、そんなこと絶対に許しません……っ!」
「…………君は根っからのお人好しだね、クラリス……僕は、君をおとしいれて、利用しようとしてたのに……」
「当たり前ですよっ! だって……一緒に学校に通って、ダンジョンにもぐって……色々あったけど、友達だったじゃないですか……っ!」
涙を流しながら叫ぶクラリスを、アルスは眩しそうに眺めてから、俺に視線を戻した。
「カイル、頼めるかい?」
「あぁ」
俺が応じると、クラリスが俺にすがりついてきた。
「やめてくださいっ! どうしてもそうしなきゃいけないんだとしても、カイルさんにさせるのだけは絶対に許しませんっ!」
「……俺?」
「そうです! カイルさんが友達を手にかけるなんて……そんなの、あまりに残酷じゃないですか……っ!」
…………ん? なんか雲行きが怪しくなってないか?
俺の予感を裏付けるように、クラリスは泣きながら俺に訴えてくる。
「新入生試験で、二人組を組むのすら苦労するくらいぼっちで
「……………………お前なぁ」
俺はクラリスの両頬を左右からつまむと、ぐにぐにと横に引っ張ってた。
「この状況で俺のぼっちをいじるとは、いい度胸じゃねえか」
「で、でも、事実じゃないですかっ」
指摘され、俺は言葉に詰まる。
確かに、結果的にアルスはクソ野郎だったが、俺にとっては数少ない級友のひとりだった。
正直、殺さずに済むのならそうしたいのはやまやまだが……アルス自身が魔物化を訴えている以上、殺さずに解決する術はないのだろう。
なにより、ゼクスを殺してしまった今、アルスの中に埋め込まれた魔物の細胞を除去できるものはいない。
いや――ゼクスですら、そんなことはできなかったのかもしれない。
やつにとっては、アルスに魔物の細胞を移植したのは、実験と手駒の強化のためでしかない。
ゼクスからすれば、手駒を普通の人間に戻す必要など一ミリもないのだから、アルス達を治す方法を知らなかったとしてもおかしくはない。
いずれにしろ、俺はこの仕事を誰かに譲るつもりはなかった。
俺はクラリスの頬から手を離すと、彼女の頭の上に手のひらを乗せる。
「気をつかってくれるのはありがたいが、お前に人殺しをさせるわけにはいかないよ」
「でも!」
「頼むから、お前は真っ当なままでいてくれ。俺が道を踏み外しそうな時に、お前に道を正して欲しいんだ」
「…………うぅ。そんなこと言われたら、何も言い返せないじゃないですか……」
クラリスは頬を染め、上目づかいでにらんでくる。
俺達が口論しているのを見ていたのか、エリシャとメリエルがすぐそばまで歩み寄ってきた。
口論の内容を聞いていたのだろう。エリシャが心配そうな顔で俺に言う。
「私がやる?」
「いや、俺が頼まれたことだ。俺にやらせてくれ」
俺が答えると、エリシャはそれ以上何も言わず、無言でうなずいた。
魔剣を抜き、アルスの胸元に刃を突きつける。アルスは俺の顔を見て、いつものように
「言い残したことはあるか?」
「……君達に、エルロード王国領を託すよ。どうか、悪いようにはしないでくれ」
「私が約束するわ」
エリシャの返答に、アルスは満足げに笑ってから目を閉じた。
「……それなら、もう思い残すことはないよ」
そう言って、アルスは心臓を差し出すように全身を脱力させた。
俺は一瞬だけ逡巡してから、アルスの胸に魔剣を突き立てる。
アルスは魔剣に生命力を奪われ、悲鳴を上げることすらなく息絶えた。
その死に様が妙に満足げに見えて、俺は複雑な気持ちになった。
――アルスのしたことは到底許されることではなかったが、彼の中には帝国への復讐心以外にも、祖国を思う気持ちがちゃんとあったのだろう。
もしそれを表に出してエリシャと接していたら、あるいはアルスとエリシャは違った結末を進むこともできたのかもしれない。
その想像に、俺の胸はかすかに痛んだ。
ツムギのほうを見やると、彼女は状態を起こして刀を自分の胸元に突き立てようとしていた。
俺は彼女を止めることもできず、ただ問いかける。
「お前もそっちを選ぶのか?」
「ん。最後まで、アルス様に忠義を尽くす。それに……運良く生き延びられても、国家反逆罪で死刑が待ってるだけ」
「……そうか」
俺が何も言えずにいると、ツムギは勢いよく自分の胸に刀を突き立てようとして――彼女の腕が、唐突に動きを止めた。
ツムギの腕の皮膚の下で、紫色の蛇のような物体がうごめき、ツムギの意思と反する形で身体を動かそうとする。
それはツムギの右腕に移動すると、刀を俺達に向けようとする。
彼女はまだ自由が利く左手で自分の右腕を押さえながら、それの動きを必死に抑え込もうとしていた。
「いや……こんなやつに、身体を奪われるなんて……っ」
内から身体を支配しようとする魔物の細胞に抗いながら、ツムギは俺を見た。
「お願い……ツムギも、アルス様のところに行かせて……っ」
「…………クソっ!」
俺は瞬時のツムギのそばに接近すると、彼女の胸を魔剣で貫いた。
ツムギはやはり、生命力を奪われながらアルスと同じように安らかな顔で息絶えていく。
彼女の身体と癒着した魔物も、ツムギの死とほぼ同時に動きを止めた。
はっきり言って、最悪の気分だった。
ジェイドやオルガの時と違って、殺さなければ殺されるような状況でもないのに、友人二人の命を奪ってしまった。
アルス達の身体をいじくってゼクスにも
そして――あんなやつを今まで放置してきた、この国にも。
いつの間にかぼやけた視界の向こうに、エリシャが立っていた。
彼女はたおやかな指で俺の目元をそっと拭うと、決意に満ちた目で言った。
「絶対に二大名家を止めましょう。もう二度と、こんなことが起こらないように」
「……あぁ」
俺は力強くうなずいてから、目を閉じて二人の友の死を
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