第11話 カミラの死を思いとどまらせる。軍の襲撃から仲間を逃がす。

 ひとしきり感傷にひたってから、俺は顔を上げた。


 エントランスにはすでに全員が集まっていた。

 二階にいたカミラもエントランスに下りてきて、エリシャ達に遠巻きに見られていた。

 だが、カミラは周りから向けられる奇異の視線をまったく気にしてない様子で、俺の眼前まで歩み寄ってきた。


「これで一段落ってところかな?」

「そうだといいんだがな」


 俺が嘆息混じりに応じると、クラリスがおずおずと話に割って入ってきた。


「……それで、一体ここで何があったんですか? ゼクスさんと口論してましたけど、カミラさんとゼクスさんは一体どういう関係だったんですか?」

「あー……話せば長くなるんだが」

「待ってください」


 俺が話を始めようとしたところで、それまで黙っていたメリエルが口を開いた。

 彼女は妙に切迫した様子で続ける。


「風の探知魔法に反応がありました。すごい数の軍勢がこちらに近づいています」

「軍勢?」

「はい。おそらく……千から二千近くの兵が、この屋敷に移動してきています」


 もしかしすると、カミラを探してダンジョンをもぐっていたレヴァイン家の私兵が戻ってきたのだろうか。

 俺がカミラに視線を向けると、彼女は首を横に振った。


「いやいや、ダンジョンにもぐってきてたのは数百人くらいよ? ダンジョンにもぐって数が減ることはあっても、増えることはないっしょ」

「なら、別の誰かがレヴァイン家に軍を差し向けたってことか? 一体誰が……?」

「その話はあとにしましょう。それより、早くここを出ないと」


 メリエルがそわそわした様子で言うのに、カミラは気楽そうに言った。


「まぁまぁ。いざとなれば、カイルっちの脚なら一瞬で全員を連れて逃げられるっしょ。それより、一個頼みがあるんだけど」

「頼み? 今じゃなきゃダメか?」

「っていうか、今が一番ちょうどいい感じ?」

「? どういうことだ?」


 俺が問い返すと、カミラはバツが悪そうに俺の魔剣を指さした。


「悪いけど、それであーしも殺してくんない?」

「…………冗談言ってる場合か」

「冗談じゃないって。てか、冗談でこんなこと言うわけないっしょ」


 カミラはケラケラと笑ってから、自分の胸を親指で示す。


「あーしは不死の体質を持ってるけど、その魔剣でなら生命力を吸い切って、あーしを殺せるはずなんだよね。そのために、あーしとアンリで設計して作った魔剣だし」

「……ちょっと待ってくれ。どうしてそんな物騒なものを、わざわざ自分で作ったんだ?」

「元々、アンリ……カイルっちの体質の元になった魔族の子と約束してたのよ。アンリが死ぬ時がきたら、あーしのことも殺してくれって。不死の体質のせいで、たったひとりの親友が死んだあともひとりぼっちで生き続けるなんて、地獄じゃん?」

「そんな……っ」


 カミラの告白に、クラリスはショックを受けたように口元を押さえた。

 エリシャとメリエルも何も言えず、気づかわしげな視線をカミラに向ける。


 ……カミラの苦しみは、俺にもなんとなくわかる気がする。

 もしエリシャが死んだあと、俺ひとりになってしまったら、俺はどうするだろう。

 エリシャを殺した原因をすべて殺し尽くしてから、自分も死ぬだろう。

 エリシャの元に行きたい――なんて、甘いことを考えているわけではない。エリシャがいない世界にも、目的のない人生にも耐えられないからだ。


 たぶん、今のカミラはその状態なのだ。

 たったひとりの親友を失い、そのかたきを討ち、これから待っている「目的のない長い人生」に怯えているのだ。

 ――いったい、いつまで正気を保っていられるだろうか、と。


 俺は少しだけ言葉に迷ってから、カミラに問うた。


「……つまり、お前とアンリとの約束を、俺に肩代わりしろってわけか?」

「嫌なん? 一応、カイルっちにもメリットはあるよ? ここであーしを殺しておけば、この屋敷で起きた惨劇を全部あーしひとりのせいにできるよ? そうすれば、カイルっち達は追われずに済む。あーしも死ねてハッピー。ウィンウィンじゃない?」

「そんなことまで考えてたのか」

「じゃなきゃ、この状況でわざわざ呼び止めないって。それよりほら、早く決めたほうがよくない? もうすぐ軍が来ちゃうよ?」


 言って、カミラは心臓を差し出すように両腕を広げる。

 ほとんど女児のような見た目のカミラが、自分の死を受け入れている様が、俺にはどうにもグロテスクに見えてならなかった。

 この世界は、そんな風に命を捨てなきゃならないほど腐ってはいない――前世では人生に絶望してた俺も、この世界で生まれ直して、今では素直にそう思えるようになっていた。


 だから、俺は答える。


「わかった。が、ひとつ条件がある」

「何? あんま時間かけてる余裕ないと思うけど」

「俺は、お前とアンリの約束をそのまま引き継ぐ。だから、。俺が死ぬ時に、お前がまだ死ぬ気だったら殺してやる」

「……マジ? あーしにまだ生きろって? さすがにひどくない?」

「それはお互い様だろ」

「? どゆこと?」


 カミラが首を傾げるのに、俺は続ける。


「俺はお前のこともダチだと思ってんだ。俺にお前を殺せと要求するのだって、よっぽどひどい話だろ」

「そんな……だって、あーしはアンリを殺したやつを探すために、カイルっちを利用してたんだよ?」

「関係ねえよ。どんな理由にしろ、俺のレベリングに付き合ってくれたし、エリシャ達を守ってくれただろ? 頼むから、これ以上俺にダチを殺させないでくれ」

「…………たったそれだけで友達なんて、カイルっち甘すぎ。その内、足をすくわれるよ?」


 そう言うカミラの真紅の瞳から、一筋の涙が流れる。

 少なくともカミラにとっても、俺と過ごした時間が完全に打算的なものだったわけではなかったようだ。

 そうでなければ、俺の言葉で涙を流すほど心を揺さぶられるはずがない。


 カミラは涙を拭ってから、困ったように笑った。


「……しょーがないな。じゃあ、もうちょっとだけ待ってあげるよ。その代わり、あーしを殺さなかった責任は取ってよね?」

「責任って……どうすりゃいいんだ?」

「んー……とりあえず、毎日あーしをかまってくれればいいかな」

「毎日かぁ……」


 こいつも思ったより激重げきおもな女なのかもしれねえ。

 言葉に迷って思わず視線をめぐらすと、エリシャとクラリスが半目で俺をにらんでおり、メリエルは呆れたように苦笑していた。


「……まぁ、善処するよ」


 俺の返答に満足げにうなずくと、カミラが話を戻してくる。


「そんじゃ、ぼちぼち逃げとく? そろそろ軍がついちゃう頃じゃない?」

「そ、そうでしたっ。もうすぐ軍勢がここに到着します! 皆さん、早くここから撤退しましょう!」

「逃げるなら、表より裏口からのほうがいいだろ。食堂から厨房に行くと、裏口に出られるぞ」


 メリエルが慌てた様子でうながすのに、俺が逃走ルートを提案する。

 全員がそちらに動き出す中、俺はエントランスに立ち止まっていると、エリシャが足を止めて振り返ってきた。


「カイル、何してるの? あなたも早くこっちに来なさい!」

「俺はここに残って敵を足止めするよ」

「バカなこと言わないで。そんなことするより、全員で逃げたほうがいいに決まってるでしょ!」

「いや、念には念を入れようかと思ってな……万が一、屋敷の中に、色々とまずいだろ?」


 俺の言葉に、エリシャは思わず口をつぐんだ。

 レヴァイン家襲撃に皇女であるエリシャ、属国の姫であるメリエル、亡国の末裔であるクラリスが関わっていると知れたら、とんでもない政治問題に発展しかねない。

 この世界の憲兵――前世でいうところの警察機構がどのくらい優秀なのかはわからないが、髪や汗、下足痕げそこんなんかでエリシャ達の関与が疑われたらたまらない。

 最低限、屋敷の中で軍と戦って、証拠がめちゃくちゃになるまで吹き飛ばすくらいはしておいたほうがいいだろう。


「それなら、あーしが代わりにここに残ろうか?」

「いや、カミラはみんなについて行ってくれ。俺のほうが逃げ足には自信があるし、追手おってくのにも都合がいいだろ」

「……わかった。じゃあ、メルメルの家で待ってるね」

「ま、また私の家ですかっ!?」


 メリエルが悲鳴じみた声を上げてから、額を押さえる。

 ……うん。なんか色々すまん。


 エリシャ達が屋敷を出ていくのを見届けてから、俺はツムギの遺体から黒装束のマスクを取って顔につけた。

 これで身バレせずに戦える。


 正面玄関のほうから軍勢の足音が響くのを聞きながら、俺は魔剣を抜き放った。

 正面玄関の扉はゼクスとの戦いで吹き飛ばされており、鎧で武装した軍勢がレヴァイン邸の敷地内に足を踏み入れてくるのが見える。

 見たところ、ちょうど屋敷に到着したところで、まだ裏口までは把握してなさそうだ。

 ――ここはひとつ、派手に立ち回ってエリシャ達の逃亡を助けるとするか。


 俺は魔剣を握ったまま、正面玄関からエントランスを出る。

 当然、重武装した軍勢は俺を包囲するように遠巻きに陣形を組み、各々槍や剣などの武器を俺に構えてくる。


 装備を見たところ、帝国の正規軍――親父殿ヴァルドの手のものっぽいな。

 これだけの軍勢を率いているところも踏まえると、完全にレヴァイン家を制圧しに来たような、物々しい雰囲気だ。

 俺が軍勢を眺めていると、その奥から見知った男が歩み出てきた。


 肩まで伸ばした赤毛に、神経質そうに見える銀縁ぎんぶちメガネをした中肉中背の男――セレナイフ家の次男、メレト・セレナイフだ。

 俺とは十二も歳が離れていて、俺が物心ついた頃にはすでに帝都の軍に配属されていたため、実家ではほとんど会話する機会もなかった。

 メレトは動きやすそうな軽鎧ライトアーマーで身を包み、俺に向けて弓を構えながら大声を張り上げる。


「そこの者! 貴様はすでに包囲されている! どういうつもりでレヴァイン家の屋敷に侵入したのかはわからんが、貴様のやったことは取り返しのつかない重罪だ! 大人しく投降しろ!」

「ただの侵入者を相手にするには、やけに物々しいな。もしかして、あんたはここで何があったのか、おおよそ知ってるんじゃないのか?」

「だとしても、貴様に教えてやる義理はない!」


 俺がハッタリ込みの問いをぶつけると、メレトは表情を変えずに答える。

 しばし黙考したあと、俺はやつの泣き所をつくことにした。


「大方、レヴァイン邸の警備に間者かんじゃを忍ばせておいて、何か急変が起きたらセレナイフ家に連絡がいくようにしていたんだろ? それで、状況確認のために長兄ちょうけいにあごで使われたってところか?」

「……黙れ」


 長兄――クラトスのことを持ち出すと、メレトは途端に怒りを顔に出した。

 優秀で親父殿に期待されているクラトスに対して、メレトは激しい嫉妬心を抱いている。

 俺のあおりにここまで露骨に反応するということは、図星ってことだろう。

 それに加えて、これでメレトは冷静な判断力を欠き、俺に仲間がいた可能性を考慮せずに俺を倒すことだけに執心してくれるはずだ。


 俺は更にメレトの怒りを煽るため、魔剣を構えて宣戦布告する。


「俺を捕まえたいなら、実力でなんとかするんだな」

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