第12話 次兄と戦う。父のクーデターを知る。

 俺の宣戦布告とともに、俺を遠巻きに取り囲んだ重装歩兵達が一斉に魔法を組み上げる。

 構築されるのは、第四階梯の火魔法フレイム・ピラーのようだ。

俺の周囲の空間を大量の炎の柱で焼き尽くし、逃げ場も与えず灰にするつもりだろう。


 ――どうやら、俺を捕まえて事情を聞き出そうって気はまるでないようだな。

 俺のあおりが効きすぎたのか、レヴァイン家を叩き潰せるだけの実力者を放置するのは危険と判断したのか……あるいは、その両方だろうか。


 いずれにせよ、俺のやることは決まっていた。

 フレイム・ピラーが発動する前に地面を蹴り、向かって右手側の重装歩兵の列の正面に移動する。

 連中は突然現れた俺相手に驚いたようだが、俺は構わず拳を突き出す。

 素早い拳速けんそくによって生み出された衝撃波――飛翔拳ひしょうけんによって、重装歩兵の群れが吹き飛び、列に歯抜けができる。

 俺はその歯抜け部分に入り込むと、飛翔拳を連続で放ち、重装歩兵の列を横手から吹き飛ばしていく。


「お、落ち着けっ! 散開して、やつの攻撃を分散させろ! その隙に魔法を当てれば勝てる!」


 メレトが必死な声で指示を出し、兵達はなんとか冷静さを取り戻し、隊列を解いて散り散りになる。

 俺の近くにいた兵達は、槍を構えて俺を取り囲んでくる。おそらく、火魔法の身体能力強化魔法フィジカル・ブーストを使って、身体能力も上げてきているだろう。

 四方八方から突き出された槍の穂先をすべて紙一重で避け、魔剣を振るってすべての槍を半ばから斬り落とす。

 槍を斬り落とされた兵達は、明らかに怯えた様子で俺のそばから後ずさっていく。


 見れば、散開していた兵達の魔法が完成しつつある。

 俺は後ろに大きく跳躍すると、屋敷のエントランスに逃げ込んだ。

 それと同時に、敵の魔法が完成する。


「フレイム・ピラー!」


 魔法の宣言と同時に、エントランスの床から一斉に炎の柱が立ち昇る。

 逃げ場がないほど広範囲から炎の柱が上がり、俺の全身どころかエントランスを丸ごと炎で飲み込んでいく。

 立ち昇る炎の柱がすべて消え去り、炎がレヴァイン邸全体に燃え広がっていく中――焼け落ちたエントランスに無傷で立っている俺を見て、兵達が一斉に後ずさる足音が聞こえた。

 俺は彼らに不敵に笑いかけ、問う。


「で、次はどうするんだ?」


 その一言で、彼らの恐怖心をとどめていたダムが決壊したらしい。


「な、なんなんだ、あいつは……っ!」

「化け物……っ!」

「じょ、冗談じゃない! あんなやつに勝てるわけがない!」


 悲鳴のような叫びとともに、兵達は一斉にこちらに背を向けて逃げていく。

 それも当然だ。軍に所属する人間の大半は、領地を継げなかった貴族の子女で構成されている。

 やつらは軍属に特別強い熱意があるわけではないため、魔法の才能はあっても、強敵と戦うための覚悟や使命感などは乏しい。


「き、貴様らっ! 勝手に撤退するんじゃない! 軍法会議にかけるぞ!」


 メレトが大声を張り上げるが、虚しく響くだけで潰走する部下を止める役には立っていなかった。

 残ったのは二百人ほどの兵力とメレトのみ。残った兵達は覚悟の決まった目で俺をにらんでくるが、その顔からは恐怖は拭いきれていなかった。


 俺はメレトに視線を戻し、再びやつをあおるように言う。


「おいおい、随分数が減っちまったな。一旦逃げ帰ってお兄ちゃんに泣きついたほうがいいんじゃないか?」

「……貴様、俺をコケにしやがって……っ!」


 メレトは怒りを爆発させながら、魔法を構築させる。

 弓につがえた矢の先端に魔力が凝縮していき、黒い炎が宿ると同時に、メレトは魔法とともに矢を解き放つ。


「行けっ、黒炎弾こくえんだん!」


 黒い炎をまとった矢は通常の矢の数倍の速度で、俺の心臓に飛来してくる。

 矢に付与された魔法は、おそらく第六階梯魔法のイーヴィル・フレアだろう。

 必殺の一撃を放ったメレトは、勝利を確信したようににやりと笑った。


 ――なんでそんな自信満々でいられるのか、俺にはまったくわからんが。


 俺は矢が間合いまで近づくと、高速で魔剣を振って矢を叩き落とした。

 矢が地面に刺さるのを見て、メレトは驚愕したように目を見開き、あごが外れんばかりに口をぽかんと開けた。


 まぁ、メレトの実力はこんなもんだろう。

 原作では、物語の後半にあたる反乱編の序盤の敵であり、真っ先にやられるネームドキャラでもある。

 原作にない魔改造を施されたジェイドや、ラスボス相当の強さを誇るオルガとは比べるべくもない。


 俺は地面を蹴ってメレトまでの距離を一気に詰めると、やつの首元に魔剣を突きつけた。

 メレトが怯えた顔で動きを止めるのを見てから、俺はやつに要求を突きつける。


「ここで死ぬか、俺の言う通りにするか、選んでもらおうか」

「……お、俺をなめるなよ……貴様ごときの命令に、従うとでも……っ!」

「なら殺すか」

「よ、よせっ!」


 メレトの首元に触れそうなほど魔剣を近づけると、やつは手に持った弓を手放して、降参するように両手を上げた。


「き、貴様の言い分を聞いてやるし、抹殺も捕縛もしないと約束するっ! だから、早くこの剣を下ろせっ!」

「口の利き方には気をつけたほうがいいぞ。腹が立ってうっかり殺しちまうかもしれないからな」

「…………っ」


 メレトはプライドと命を天秤にかけたようだった。

 しばし瞑目めいもくして葛藤かっとうしてから、やつは目を見開いて俺に答える。


「わ、わかった。何をすればいい」

「よし。まずは持ってる情報をすべて吐いてもらおうか。どうしてお前達は、こんな大軍でレヴァイン家に押し寄せてきた?」

「……貴様の言った通りだ。この屋敷に潜ませていた間者かんじゃから、レヴァイン邸で激しい戦闘が起きていると報告が来たからだ」

「それで、襲撃者を殺すついでに、あわよくばゼクスまで殺すつもりだったってわけか?」

「…………そんなところだ」

「それは誰の指示だ?」

「俺の独断だ」

「下手な嘘をつくな。お前にそんな度胸があるわけないだろ」


 メレトの答えをばっさりと切り捨てると、やつは屈辱に染まった顔で俺をにらんできた。

 だが、やはりメレトには俺に逆らうほどの度胸はないらしい。顔を真っ赤にしながら、やつの持っている情報を吐く。


「……父さんの指示だ。ゼクス・レヴァインの死亡を確認するか、殺せるチャンスがあれば確実に殺してこいってな」

「ヴァルド・セレナイフはなぜ、そんな命令を?」

「レヴァイン家を一掃して、政権を乗っ取るために決まっている」


 まぁ、親父殿ならそのくらい考えてるだろうな。

 元々親父殿がレヴァイン家の隙を見計らっていたところに、俺が襲撃をかけてしまったということか。


「ヴァルド・セレナイフはゼクス・レヴァインの死を知ってるのか?」

「……やはり、ゼクスは死んだのか」


 しまった。うっかりこっちから情報を与えてしまった。

 俺が答えずにいると、メレトは肯定と解釈したらしい。感心したような目で俺を見てくる。


「まさか、本当にあのゼクスを殺していたとは……父さんですら正面衝突を避けていたというのに、貴様一体何者だ?」

「……質問してるのは俺のほうだ。ヴァルドはゼクスの死を知らないんだな?」

「ふん。エントランスを焼き払ったのにゼクスが出てこない時点で、やつの死を報告する使者を送ってある。早馬はやうまを飛ばして、数分と待たずに父さんの耳に入るだろうよ」


 ――まずいな。俺がゼクスを殺したせいで、親父殿のクーデターが始まっちまう。

 今すぐ使者を追いかけたところで、親父殿がどこで待機してるのかもわからんし、追いつくかどうかはかなり怪しい。

 目的地が宮殿であることはわかっているので、そちらに先回りしたほうがいいだろう。


 とはいえ、事が事だ。

 俺ひとりで宮殿に行って親父殿を止めたところで、皇帝がセレナイフ家の人間である俺を信用するとは思えん。


 ……とりあえずこの場を収めて、エリシャ達と合流してから宮殿に向かったほうが無難か。

 エリシャがいれば宮殿に入る名目ができるし、少なくとも俺よりは皇帝から信頼を得られるのではないだろうか。

 皇帝からお飾りの皇女として扱われ続けてきたのもあり、エリシャとしては心境は複雑かもしれんが。


 俺はひとしきり思案したあと、メレトの首元から魔剣を離した。

 メレトが安堵したように息を吐いてから、俺に屈服した屈辱を思い出したようににらみつけてくる。

 まぁこいつを生かしておいたところで、オルガやゼクスのような厄介な敵にはならんだろう。

 俺も急いでいるし、正直こいつらにかまっている時間はない。


 俺は魔剣をさやに収めながら、メレトに告げる。


「おおむね状況は理解した。情報の見返りに、お前らは見逃してやる」


 それだけ言って、メレトの横を通り過ぎた――瞬間。


「バカがっ!」


 俺の背後で、メレトが吠えた。

 肩越しに振り返ると、地面に落とした弓を拾い上げ、俺に向けて再度至近距離から黒炎弾こくえんだんを放ってくる。

 だが――俺は放たれた矢を、振り向きざまにつかんだ。


「なっ――!」


 メレトは驚愕に目を見開くが、俺は嘆息をもらしながら矢を振りかぶった。


「……ったく、無駄な殺しはしたくなかったってのに、余計なことしやがって」

「ま、ま、待ってくれ! もう一度話し合おうっ! 話せばわかり合え――」

御託ごたくを並べるより、自分の軽率さを反省しろ」


 吐き捨てるとともに、俺は振りかぶった矢を全力で投げる。

 凄まじい速度で放たれた矢はメレトの肩に突き刺さり、そのまま勢いを止めずにメレトを吹き飛ばし、燃え盛るレヴァイン邸に突っ込んでいく。

 矢に残ったイーヴィル・フレアの火力とレヴァイン邸の炎によって大火傷やけどを負うだろうが、まぁあいつも腐っても火魔法使いだ。火や火傷の扱いには慣れているはずだし、運が良ければ生き延びられるだろう。

 ……相手の強さも見極められずに無謀な戦いを挑むようでは、生き残ったとて長生きはできなさそうだが。


 焼け落ちていくレヴァイン邸と、呆然としたまま立ち尽くす兵達を背にして、俺は今度こそその場を後にした。


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