第13話 クーデター阻止のために動く。宮殿前で長兄と戦う。

 メリエルの部屋に戻ると、エリシャ達は俺の顔を見て気づかわしげな視線を向けてきた。

 俺は思わず、エリシャに尋ねる。


「なんかあったのか?」

「カミラからレヴァイン邸であったことを聞いていたのよ。それで……ごめんなさい。あなたとゼクス・レヴァインとの関係も聞いてしまったの」

「あぁ……そのことか」


 彼女らの雰囲気が暗い理由がわかり、俺は苦笑した。


「生まれのことは気にしないでくれ。親父殿のことを親と思ったことはないし、母親も元々記憶がないくらいだからな。天涯てんがい孤独の身だからって、別に何か変わるわけでもないさ」

「……そう。あなたが気にしてないのなら、私達も気にしないことにするわ」

「そうですよっ! それに、カイルさんは天涯孤独なんかじゃありませんっ! 私達がいるじゃないですか!」


 エリシャがほっとした顔で言ってから、クラリスが両手で拳を作って力説してくる。

 いつもなら適当にはぐらかすところだが、今はクラリスの実直な優しさが妙に沁みた。

 俺は彼女の頭に手を乗せて笑いかける。


「あんがとな。素直に嬉しいわ」

「えっ……あっ……そ、そのっ……ど、どういたしましてっ」


 顔を真っ赤にしてうつむくクラリスを見て、カミラがにやにやと笑いながら言う。


「クラりん、意外と隅に置けないねぇ〜。こりゃあエリーも油断できないね」

「クラりん? エリー?」

「……クラリスと私のことよ」


 俺が首を傾げていると、エリシャが苦笑まじりに補足してくれた。

 弛緩しかんしかけた空気の中、メリエルが咳払いをしてから話を本題に戻してくれる。


「それで……レヴァイン邸に来ていた軍については、何か情報がつかめましたか?」


 問われ、四人と別れてからレヴァイン邸で起きたことを話す。

 メレトとの戦いについては誰一人驚いた様子もなかったが、ヴァルド・セレナイフがクーデターに動き始めそうだという話を聞くと、彼女達は一斉に顔色を変えた。

 エリシャは深刻な顔をして、独り言のように言う。


「……まさか、セレナイフきょうがそんなことまで考えていたなんて……」

「親父殿はよほどゼクスを高く評価してたみたいだな。逆に言えば、ゼクスさえ排除できればクーデターの邪魔になるものはないと思ってるらしい」

「それについては、あながち間違いとは言えないわね。宰相のエクトル・レヴァイン卿は武闘派ではないし、武力に関してはゼクス・レヴァインに頼り切りだったから」

「それで……クーデターを阻止するために宮殿に行くべきだと思うんだが、どう思う?」


 俺の問いかけに、エリシャとメリエルはあごに手を当てて思案を始める。

 おそらく、俺には想像もできない政治的な点なども踏まえて、どう動くべきかを考えてくれているのだろう。


「皇家の親衛隊と宰相の手勢では、到底セレナイフ卿の軍勢にはかなわないはず……当然、セレナイフ卿は宰相を排除すると思うけど、お父様……皇帝陛下の処遇については一筋縄ではいかないはず」

「皇帝陛下を殺しでもしたら、大義名分を得た反セレナイフ家が一斉に動きますよね。私の実家や他の属国も、それを静観したりはしないと思います」

「つまり……セレナイフ卿の目的は、皇位こうい禅譲ぜんじょう……お父様を脅迫して、正式な手続きを踏んで皇帝になるつもりでいるのね」

「あー……親父殿の考えそうなことだな」


 俺は呆れ半分の思いで、エリシャの出した結論を肯定した。

 力ですべてをねじ伏せ、不要なものをすべて切り捨てながら望みのものを手にしてきたあの男が、皇帝の座を欲するのはしごく当然に思える。

 実際、原作ゲームでも二大名家の勢力が弱まっていく中、皇帝を自らの手で殺害して自らをセレナイフ朝の最初の皇帝だと名乗っていた。

 長男のクラトスが生き残っている以上、そこまで極端なことはしないだろうが、ゼクスという抑止力よくしりょくがなくなった親父殿が何をするかは、俺にも予想がつかなかった。


 エリシャは思案をまとめると、ひとつうなずいてから俺に視線を戻してきた。


「お父様がすぐに皇位を譲るとは思えないけど、時間を与え過ぎると危険ね。できれば今すぐ宮殿に向かいたいけど、大丈夫?」

「俺は大丈夫だ」

「私も行けます! クーデターなんてめちゃくちゃなこと、絶対に阻止しましょうっ!」

「あーしもオッケー」

「…………はぁ。まさか、エリシャさんから協力を求められたその日にこんなことになるなんて……」


 義憤に燃えるクラリスと、のんきな調子のカミラとは打って変わって、メリエルは頭痛をこらえるように頭を抱えている。

 俺は思わず彼女に声をかけた。


「メリエル、あんたはここに残っても……」

「……いいえ、私も行きます。どうせゼクス・レヴァインの件にも関わっちゃったわけだし、こうなったらシャフレワル家の命運、あなた達に預けるわ」

「めっちゃ重いな……でも、協力してくれるなら助かる」


 俺はメリエルに手を差し出すと、彼女は気恥ずかしげに俺の手を握り返した。

 それを見て、クラリスが胡乱うろんげな視線を向けてくる。


「カイルさん、一体何を……はっ!? まさか、最終決戦の前だというのに、女子の手の感触を記憶に焼き付けて、ナニをナニするつもりで……っ!?」

「えっ!?」

「こいつの妄言を真に受けるな!」


 いつものクラリスと、ドン引きした様子のメリエルにツッコミを入れてから、俺は盛大に嘆息をついた。

 …………まったく、締まらないパーティーだぜ。


   ◆


 宮殿に向かう夜道は、不気味なほど静まり返っていた。

 深夜なので人が少ないのは当然だが、酔っ払いやチンピラの類までいないというのはかなり珍しい。

 おそらく、彼らも知らず知らずの内に感じているのだろう。今、この時に外をうろついていては危険だと。


 宮殿は帝都の中心部にあり、宮殿の周囲は高く厚い塀によって囲われている。

 塀の周囲には軍や憲兵の駐屯所があり、普段ならば警備は万全の状態だ。

 ただ――宮殿の周りを固めている軍が反乱を起こしたのなら、話は変わってくる。


 宮殿の近くまで来ると、正規軍の兵とおぼしきよろいをまとった連中がそこら中の路地を警邏けいらしていた。

 出くわしても一瞬で無力化できるのだが、無駄に騒ぎを起こすと余計な手間と時間がかかるし、相手を警戒させてしまう。

 俺達は警邏の兵をなんとかやり過ごしながら、宮殿に近づいていく。

 兵と鉢合わせしてしまうこともあったが、カミラの魅了チャームの魔眼でなんとか騒ぎを起こさずに宮殿までたどり着く。


 路地の物陰から宮殿の前をのぞくと、セレナイフ家の長男――クラトス・セレナイフ率いる軍が厳戒態勢を敷いて、宮殿の門を閉ざしていた。

 赤毛を短く刈り揃え、あごには綺麗に整えられたヒゲをたくわえ、赤目の眼光は刃物のように鋭い。

 一九〇センチ近い長身に加え、筋骨隆々とした肉体はまさに武門であるセレナイフ家の長男に相応しい見た目だ。

 身動きが取りやすいようにするためか、筋肉を誇示するためか――軍用のズボンを履いて露出のない下半身とは真逆に、上半身は素肌に肩当てや篭手こてを身につけている。

 その足元の地面には、二メートルほどもある大剣が突き刺さっていた。


「あれがカイルっちの一番上のお兄ちゃん? めっちゃいかついね」

「武家の人間だし、親父殿の一番のお気に入りだからな」

「へ〜。じゃあ、お父さんもそんな感じなんだね」

「……しっ。あなたたち、緊張感がなさすぎよ」


 カミラと小声でのんきな会話をかわしていると、エリシャに叱責しっせきされてしまった。

 エリシャの心配はもっともだが、正直俺はそれほど緊張も怯えもしていなかった。

 親父殿は確かに強いが、原作で親父殿以上の難敵だったオルガとゼクスを同時に相手して勝ったのもあり、俺はかなりこの戦いを楽観視していた。

 いくら軍勢を率いているとしても、長兄もさほど脅威とは思えない。


「カミラはここで皆の護衛を頼む」

「えー? また後方支援? あーしもカイルっちに役に立つところ見せたいんだけど?」

「みんなを守ってくれるだけで、十分役に立ってるよ。それに……これはセレナイフ家が始めた揉め事だからな」


 カミラを説得すると、俺は魔剣を抜いてから物陰から飛び出した。

 クラトスと手勢が素早く反応し、俺に向かって魔法を放とうとしてくるが――俺のほうが数段速い。

 俺は遠距離から無数の斬空ざんくうを放つと、クラトスの手勢を一気に戦闘不能にする。


 だが、クラトスだけは魔法を完成させていた。

 やつはこちらに手を差し出して強大な魔力を解き放つと、燃え盛る炎の波とともに、周囲一帯を破壊しかねない大爆発を巻き起こす。

 第七階梯かいていの火魔法メガフレア・バースト。

 カミラの得意魔法であるグラビティ・プレスに匹敵する、人外の領域の魔法だ。


 ――まぁ、だからといって何の意味もないのだが。


 俺は炎と爆発の中に手を差し伸べる。

 メガフレア・バーストが俺の指先に触れた瞬間、強力極まる第七階梯魔法は連鎖的に崩壊していき、街並みを焼き払うことなく消失してしまった。


「な、なんだと……っ!?」


 クラトスは驚愕に目を見開くが、俺の顔を見てあごが外れんばかりに口を開いた。


「き、貴様はカイル! 出来損ないの弟が、一体ここで何をしている!?」

「あー、もう全部知ってるから。わざわざ俺に兄貴ヅラしなくていいぞ」


 俺が告げると、クラトスは怒りを噛みしめるように歯ぎしりした。


「……すべて思い出したというわけか。では、俺の魔法を消してみせたのも、貴様の本来の実力なのだな」

「そんなところだ」


 実際は何も思い出しちゃいないんだが、まぁわざわざ説明してやる必要もあるまい。

 クラトスは実家にいた頃と同様、沸点の低い性格をむき出しにして俺に吠えてくる。


「それで……俺の部下を殺したということは、育ててもらった恩も忘れて父上に逆らうということか!?」

「育ててもらったって……衣食住以外、ほぼ何にもしてくれなかったし、なんなら役に立たなきゃ俺のことを殺そうとしてただろ?」

「それくらい、武家の人間として当然のことだ! その程度のことで逆恨みして我が家に弓引くとは、言語道断!」

「いや、そんなブチ切れんでも……」

「問答無用っ! その腐った性根ごと、貴様を叩き斬ってくれる!」


 クラトスは怒り狂ったまま、地面に刺していた大剣を抜き放った。

 自らにフィジカル・ブーストをかけて身体強化を行うと、背中から爆炎を放射して加速し、俺に急接近しながら大剣を振り下ろしてくる。

 ――アドリブにしてはかなり上出来だが、オルガの美技の後ではあまりにお粗末な技だな。


 俺は振り下ろされた大剣の刀身を根本から断ち切ると、クラトスの心臓を魔剣で貫いた。

 この男はメレトと違って放置すると危険だし、俺が親父殿を止めたと知れば、一生怒りを忘れずに俺を追いかけてくるだろう。

 だから、見逃してやるわけにはいかなかった。


「がはっ……!」


 クラトスが吐血し、魔剣に生命力を奪われてその場に崩れ落ちる。

 やつが動かなくなるのを見届けてから、俺はクラトスの体から魔剣を引き抜いて、背後を振り返った。


 見れば、カミラを先頭にエリシャ達が物陰から出てきたところだった。

 彼女らはクラトスの亡骸なきがらを見てから、俺に気づかわしげな視線を向けてくるが、俺は手をパタパタと振って笑いかけた。


「そんな気にしなくていいって。クラトスとはあんま思い出もないし、たまに実家に帰ってきた時にバカにされてた程度の関係だから、愛着もなにもないしな」

「カイルさんの家族って、本当にひどい人しかいなかったんですね……」

私の家皇家も大概だと思っていたけど、何事にも上がいるものね……」

「人間のことはよくわかんないけど、貴族ってまともなやつひとりもいないん?」

「二大名家だけです。たぶん……それより、警邏けいらの兵が来る前に、中に入っちゃいましょう」


 焦るメリエルに促され、俺達はそそくさと宮殿の中に入っていった。

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ラスボス一家の六男に転生してしまったので、無双しないと生き残れない……! 森野一葉 @bookmountain

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