第7話 オルガと戦う。重傷を負う。

 カミラは憎しみに燃える目でゼクスをにらんだまま、続ける。


「アンリのかたき、やっと見つけたわ。カイルっちの体質を見て、そばにいればいずれたどり着けるとは思ってたけど……まさかこんなに早く見つかるなんてね」

「ふむ。あの女魔族はアンリという名前だったんだね」


 ゼクスは興味深げに言ってから、にやりと笑みを深めた。


「彼女は素晴らしい研究対象だったよ。肌に触れた魔法をフルオートで分解する特殊な体質、魔力を体内に溜め込んで身体能力に変化させる力……その二つの体質を併せ持ち、僕の意のままに操れる兵団が作れたら、きっとこの世で手に入らないものなんてない……そう思ってたんだけどね」

「そんなガキみたいな妄想のために、アンリを殺したわけ? マジでゲス野郎だね」

「それは否定しないよ。……それにしても、自ら捕まりに来てくれるとはありがたいね。君のおかげでまた研究がはかどるし、君の細胞を使って我が家の戦力も更に増強できそうだよ」

「めっちゃバカにしてくれるじゃん? そっちこそ、あーしらの実力を舐めすぎてない? 魔族二人分の実力者を相手にして、勝てると思ってる?」

「忘れてもらっては困るね。僕はすでに、カイルと同じ体質の持ち主を倒してるんだよ」


 言って、ゼクスは懐から三つの魔石を取り出した。

 紫色の禍々まがまがしい魔石は、すでにクルトが毒の魔将ザリツを呼び出した時に見ている。

 三つの魔石がゼクスの魔力を吸い、三体の魔将を生み出す。


 三体とも人型の魔将で、一体は全身に炎をまとい、一体は緑色の身体に風をまとわせ、一体は黒い肌をして下半身が影に溶け込んでいる。

 三体とも原作で見たことがあるため、俺は名前を知っていた。タルウィ、シャルヴァ、タローマティであり、それぞれ火、風、闇魔法を司る魔将だ。


 三体の魔将が二階の廊下から飛び降り、俺達の眼前に着地する。

 それに少し遅れて、オルガが魔将の後ろに降り立った。

 やつは俺を見据えながら、腰にいた双剣を抜き放った。


「悪いがカイル、俺も仕事をさせてもらうぜ。お前を殺して、お前の身体に培養された細胞を再利用させてもらいたいんでな」

「こっちだって、大人しく殺されるつもりはない」

「なら、せいぜいあがいてみるんだな」


 言葉とともに、オルガが上に跳躍する。

 跳躍と同時に、足の裏から爆炎を放出して推進力を得ながら、空中を飛び回る。

 俺は反射的にオルガを斬空ざんくうで撃ち落とそうとするが、オルガは空中で自在に軌道変化をしながら斬空をかわしやがる。

 しかも、オルガは斬空を避けながら俺のほうに接近し、上空からの落下に加えて爆炎の推進力で加速し、更に双剣の太刀筋にすら爆炎の加速を付与しながら神速の連撃を繰り出してくる。


「――っ!」


 俺はとっさに魔剣を盾にして斬撃をしのぐが、当然オルガは守勢に入った俺を見逃すわけがなかった。

 上段、横薙ぎ、死角からの斬り上げ――とめどなく襲い来る斬撃のコンビネーションを、俺は必死に魔剣で受け止め続ける。

 オルガの斬撃は一撃一撃が必殺の一撃であり、一度でも受け損なうと確実に死ぬ。

 更に言えば、爆炎の加速と本人の剣術の腕前もあって、斬撃の重さはジェイドのそれに匹敵している。


 ――セレナイフ家では本当の実力を隠していたため、親父殿からも執事のアルフレッドからも注目されていなかったが、オルガは間違いなくセレナイフ家で最も武芸に優れた男だ。

 原作ゲームでも、オルガはラスボスであるヴァルドより厄介とされるボスキャラだった。

 魔装まそうの力でドーピングして力押ししてくるだけのヴァルドと、研ぎ澄まされた技巧と鋭すぎるセンスで攻め立ててくるオルガとでは、どちらが厄介か考えるまでもない。


 更に言うと――俺とオルガの相性は、はっきり言って最悪と言っていい。

 オルガはすでに俺の体質を知っている上、爆炎を自身の加速に利用することで、俺に有効な物理攻撃を中心に攻撃を組み立てることができる数少ない達人だ。

 そして俺との身体能力の差を補うために、オルガは近接戦闘に特化した魔法の使い方で綱渡り的に俺と互角以上に渡り合っている。

 こんな無茶苦茶な戦い方、オルガでなければとっくに魔法の制御をミスって、自分自身の体を焼いているか、隙が出来て俺に真っ二つにされているはずだ。


 だが、オルガは絶対に制御をミスらない。

 こいつの正確無比な魔法技術は、この世界でもかなり異質なレベルだ。

 ……訓練もサボって昼寝してたようなやつなのに、こんなに強いのは理不尽としか言いようがないが、これが本物の才能というものなのだろう。


 オルガの斬撃をしのぎ続けていると、ようやくオルガが後ろに下がって仕切り直しを図る。

 その隙に、俺はカミラのほうに視線をやった。


 カミラは魔将三体の魔法や打撃を紙一重でかわしているが、何度か直撃を食らって体のあちこちに傷を作っていた。

 不死の体質のおかげで、傷はすぐに回復するが、このままいけば疲労は確実に蓄積していくだろう。

 ゼクスは二階の廊下に立ったまま、必死に戦うカミラの様子を楽しげに観察している。


 俺はオルガに視線を戻すと、やつに問うた。


「お前、なんであんなやつの下についたんだ?」

「さっきも言っただろ? 俺は親父殿に見切りをつけたんだよ。あんな脳筋のうきんの下にいたんじゃ、楽できそうにないしな」

「楽……? お前、そんなことのために二大名家を天秤にかけてやがるのか?」

「ん? なんかおかしいか?」


 まったく悪びれた様子もなくオルガが答えるのに、俺は思わず閉口する。

 その隙に、オルガは続ける。


「楽したいってのは、人間として当たり前の感情だろ? 親父殿の下にいたんじゃ先が知れてる。ゼクスはイカれたやつだけど、確実に帝国を乗っ取れるだけの野心と実力があるし、有能な味方でいる内はそれなりにぐうしてくれる。ついていくならレヴァイン家のほうだろ?」

「そのために、親兄弟を殺したっていいっていうのか? お前に皇家への忠義はないのか?」

「おいおい、それをお前が言うのか? お前だって、腹違いの兄弟ってことになってたロルフを牢獄にぶち込んで、ジェイドも殺したんだろ?」

「それは……」

「情だの忠義だの、つまらんことを口にするのはやめようぜ? そんなもん抱えてたって、クソの役にも立ちゃしないぞ?」


 …………こいつ、やっぱり根本的に話が合わないな。

 オルガの行動指針は常にひとつ。楽して最高の結果が得られるかどうか、それだけだ。

 逆に言えば、自分にとって最高の結果を最短で得られると信じる道ならば、あらゆるコストやリスクを払って迷わず突き進む。ある意味、究極の効率ちゅうだ。

 その躊躇ちゅうちょとブレーキのなさこそが、この男をここまでの達人に変えたのだろう。


 歯噛みしながら、俺は静かに思案する。


 戦闘センスや技術では、俺はオルガには勝てない。

 勝ち筋があるとすれば、俺の体質――身体能力の高さと、魔法無効化をうまく利用するしかない。

 だが、先程のように体質のアドバンテージを無効化するような戦術を取られては、俺も反撃の隙がない。


 ――逆に考えろ。やつが絶対に予想しない行動はなんだ?

 楽して生きるが信条で、結果を得るために最小のコストしか払いたくない男が、この状況で取る行動と、取らない行動は?


 俺は数瞬で思考をまとめると――オルガに背を向け、外につながる扉に向かって全力で走り出した。

 ――三十六計、逃げるにかず、ってね!

 悪いが、カミラにはおとりになってもらって、ここはとんずらさせてもらう。この戦況ではあまりに勝ち目がない。


 俺は全速力でエントランスの扉にたどり着き、扉の取っ手を掴んだところで――背後から発される殺気に気づき、身体を横にずらしながら魔剣を振り上げる。

 俺の両肩を狙ったオルガの斬撃は、俺が横に動いたおかげでわずかに狙いをそれた。

 とっさに振り上げた魔剣が片方の斬撃を防ぎ、もう片方の斬撃が俺の左肩にめり込む。爆炎によって加速を得た斬撃は肩甲骨をたやすく裂き、鎖骨に到達したところでようやく止まる。

 激痛で意識がとびかけるのを自覚しつつ――俺は口の端を吊り上げ、魔剣を振りかぶりながら背後を振り向いた。


「バカがっ! 誰が逃げるかよっ!」


 咆哮ほうこうとともに、振り向きざまにオルガの胴体を横薙ぎに切り裂く。

 オルガはとっさに背後に飛ぼうとしたようだったが、俺の反撃はまったく予想外だったらしく、回避が一瞬遅れた。

 腹を横一文字に深々と切り裂かれた上に魔剣に生命力を吸われ、オルガは血を吐いてよろけながら後ずさる。

 その両手にはまだ双剣が握られているが、オルガは構えを取る余力も残っていないようだった。

 そもそも致命傷を負った状態で、こいつが戦うわけがない。


 俺がオルガに魔剣を突きつけると、やつは苦笑してから双剣を手放した。


「……まさか、逃げると見せかけて、自分の命を囮にして反撃してくるとはな」

「お前なら、逃げるのが最善だと判断すると思ったんだよ。案の定、俺が本気で逃げたと思ってくれたみたいだしな」

「ったく……お前もゼクスと同じくらい、イカれてるよ」


 それだけ言って、オルガは両手を広げて瞑目めいもくする。

 無駄に苦痛が長引くのはごめんだから、さっさと殺せということだろう。生き方も死に方も極端なやつだ。


「あばよ、クソ兄貴」


 別れの言葉を告げてから、俺はオルガの首をねた。

 倒れ伏すオルガを見届けたあと、左肩の失血と痛みでぼやけ始めた視界で、なんとかカミラを探す。

 彼女は相変わらず三体の魔将の攻撃をしのぎながら、闇魔法を駆使して魔将にダメージを与え続けている。


 俺がオルガを倒したことに気づき、ゼクスは驚いたように目を丸めたが、それでも余裕の表情を崩さずにこちらを観察していた。

 ――まぁ実際、俺も重傷でまともに戦えないし、カミラも防戦一方で疲弊ひへいしている。

 ここはどう考えても、逃げるのが最上だ。


「カミラ、こっちまで退いてこれるかっ!?」

「…………ここで退く? 悪いけどカイルっち、それはできないわ」

「は!? お前ももうぼろぼろだろ!」

「関係ないし。あーしはこの十年、この瞬間のために生きてきたんだ……今まで生きてきた中で、一番長い十年だったよ。だから、誰にも邪魔はさせない」


 言って、カミラは敵の魔法をかわしながらこちらに顔を向ける。

 憎悪に燃えた彼女の赤い瞳は、ゼクスを殺すこと以外頭にないように見えた。


 ……まずいな。完全に冷静さを欠いている。

 このまま戦うより、一旦退いて万全を期したほうが勝率は上がるのだが……ここで退いたことで、万が一にでもゼクスを取り逃すことを恐れているのだろう。

 俺は嘆息してから、痛みをこらえて魔剣を握り直した。


「わかったよ。元々俺が誘った襲撃だしな。俺も腹をくくるぜ」


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