第6話 レヴァイン邸に忍び込む。ゼクスに真実を明かされる。

 俺とカミラは路地の物陰にひそみ、レヴァイン邸の裏門をのぞいていた。

 レヴァイン邸の裏門には二人の守衛が槍と鎧で武装して立っており、油断なく周囲に警戒の視線を巡らせている。

 気づかれずに中に入ることは容易なのだが、事前に邸内の警備について把握しておきたい。

 そう言うと、カミラが確実な手段を提案してくれた。


 彼女はひとり物陰から足を踏み出すと、二人の衛兵のもとに歩み寄っていった。

 当然、衛兵達は訝しげな視線をカミラに向けてくる。


「ん? なんだお前は?」

「お嬢ちゃん、ここから先は君のような子どもが入れる場所じゃ……」


 言いかけて、二人の衛兵は同時に動きを止めた。


「あーしについてきな」


 カミラは小声で指示を出してから、俺がひそんでいる物陰のほうに戻ってくる。

 彼女の後ろを、二人の衛兵が夢遊病者のようなおぼつかない足取りで追ってくる。

 二人の衛兵は路地裏にひそむ俺を見ても、何のリアクションもなくぼーっとカミラを見続けている。

 それを見て、俺は思わず感心してしまった。


魅了チャームの魔眼ってやつ、マジだったんだな」

「当然っしょ。てか何? カイルっち、まだあーしのこと信用してない感じ? さすがに心外なんですけど」

「そういうわけじゃないんだが」


 原作ゲームにないスキルのことなんて、当てにしていいのか確信がなかっただけ……とはさすがに言えない。

 カミラは魅了状態の衛兵に質問を投げつけ、屋敷の警備体制について細かく聞き出すと、衛兵を魅了状態のまま裏門に戻した。


「あいつら、門に戻して大丈夫なのか?」

「心配ないって。あーしの魔眼の効果、半日は持つし」

「それなら大丈夫か……」


 ひとまず安心してから、二人で邸内に侵入する作戦を練る。


 衛兵から聞き出した情報によると、警備体制は思いのほか緩いようだ。

 表と裏の門に衛兵が二人ずつ、邸内の庭には二人一組の歩哨が二班に分かれて一時間おきに巡回がある。

 邸内にはオルガが寝泊まりしているのと、魔将を持ったゼクスがいるのを除けば、数人のメイドしかいないらしい。

 おそらく、ダンジョンに大量の私兵を投入した結果、警備に回す人員が少なくなっているのだろう。

 つまり、今なら邸内にもぐりこめば暗殺は容易ということだ。


 邸内の間取りも聞き出しており、ゼクスとオルガの寝室がどこにあるかも把握できている。


「やっぱ、先にゼクスをやる感じ?」

「……いや、オルガを仕留めたい」

「そっちなん? 魔将を操れる親玉を仕留めておいたほうが、色々都合よくない?」

「戦闘能力で言えば、魔将よりもオルガのほうが怖いんだ」


 それに、ゼクスには色々と聞きたいこともある。オルガを放置したままで、ゼクスに尋問するほどの余裕は俺にはない。

 カミラは俺の意見に首を傾げた。


「オルガって、魔法の天才くんなんでしょ? カイルっちの体質なら、脅威にならないと思うけど」

「……色んな意味で、あいつは別格なんだよ」


 苦い思いで俺が言うと、カミラはそれ以上追及せずに俺の意見に従ってくれたようだった。

 オルガの寝室は一階の使用人部屋の一室。静かに中に入って迅速に事を済ませば、オルガとの戦闘を避けられるかもしれない。


 そんな甘い期待を抱きながら、俺は腹をくくって屋敷に潜入する。

 夜陰やいんまぎれて塀を乗り越え、歩哨の視線をかいくぐって庭を突っ切り、屋敷の近くの茂みに身を隠す。

 屋敷の裏口の施錠を、カミラが遠隔から闇魔法で破壊するのを見届けてから、俺達は一斉に茂みから飛び出して裏口から中に入る。

 厨房を抜け、食堂を通過し、エントランスに出たところで――天井や壁の明かりが一斉にともり、俺は反射的に魔剣を抜いていた。


「随分と遅かったじゃないか、カイルくん」


 見れば、エントランスから階段で繋がっている二階部分に、ゼクスとオルガが立って俺達を見下ろしていた。

 ふたりとも寝間着姿ではなく、昼に会った時と同じ格好をしている。

 ……どうやら今の発言はハッタリではなく、本当に俺の襲撃を待ち受けていたようだ。


 俺が苦い思いで歯噛みしていると、ゼクスはカミラのほうに視線を向けた。


「そっちの子が、例のカミラくんかな? わざわざ連れてきてくれるなんてありがたいね」

「そーゆーあんたは、ゼクス・レヴァインってことでオッケー?」

「僕のことももう話してくれてるみたいだね。話が早くて助かるよ。……おっと、一応言っておくけど、魔眼を使おうとしても無駄だよ。そんなの、目を合わせなければいいだけなんだからね」

「は? あんた、どうしてあーしの魔眼を知ってるわけ?」

「僕が何もせずに、のんきに君達を待っていたとでも思ったかい? 君達が守衛から警備情報を聞き出していたのも、とっくに把握済みさ」


 ――クソ。屋敷に入る前から、俺達の行動を監視してたってわけか。

 嬉しそうに笑みを浮かべるゼクスに対して、俺は疑問をぶつける。


「……なぜ、俺の襲撃が予測できた?」

「予測なんかしてないよ。僕はただ、君がそう動くように仕向けたってだけ」


 肩をすくめて答えてから、ゼクスはなんでもないことのように続ける。


「君のことはオルガやジェイドから聞かされていたからね。僕の顔を見れば、君ならなんらかの反応を示すと思ってたんだよ。カミラくんの話題を出せば、彼女のもとに向かうとも思ってたしね」

「……ちょっと待て。どういうことだ? どうして俺が、お前の顔を見て反応すると思った?」

「まだわからない? それとも、もしかして僕の顔を覚えてない? 僕ってそんなに印象薄かったかなぁ」

「いったい何の話をしている?」


 イライラしながら問いを重ねると、ゼクスは面白がるような笑みを浮かべたまま答える。


「本気で覚えてないみたいだね。なら教えてあげるよ。

「…………お前、何をイカれたことを……」

「イカれてなんかいないさ。いや、ある意味イカれてるのかな? 伝わりにくかったなら、もっとわかりやすく言い直してあげるよ。君は自分の体質をおかしいと思ったことはないかい? 非人間的な身体能力に、あらゆる魔法を無効化するなんて、どう考えてもおかしいだろう?」

「それがなんだって――」


 言いかけ、俺はすぐにゼクスの言わんとしていることを理解した。

 最悪の予感を裏付けるように、ゼクスは続ける。


「ようやくわかったかい? 君のその体質はジェイドと同じように、。だから、ある意味で君は僕の子ども――人体実験の成功作第一号ってわけさ」

「そんな、バカな……」

「君、昔の記憶がないんじゃないかな? 特に五歳以前の。ちょうどその頃、僕は死にかけていた孤児の君を拾って、魔族の細胞移植の人体実験をしたんだよ。あの時はかなり色んな実験に、君の身体を使わせてもらったからね。忘れたくなるのも当然だと思うよ」

「ま、待ってくれ。じゃあ、どうして俺はレヴァイン家じゃなく、セレナイフ家の子どもってことになってるんだっ!?」

「ヴァルドとその部下が、僕の研究室に忍び込んで君を奪っていったからだよ。どうも、レヴァイン家にセレナイフ家のスパイが紛れ込んでいたみたいでね。ね? オルガ」

「いやぁ〜、その件については申し訳ないとは思ってるんすけどねぇ」


 ゼクスに横目でにらまれ、隣に立ったオルガは微塵みじんも悪びれた様子もなく弁解する。

 どうやら、レヴァイン家にいた俺の情報を親父殿に流したのは、オルガだったらしい。

 嘆かわしげにため息をもらしながら、ゼクスは続ける。


「そもそも、レヴァイン家のダンジョンで魔族を見つけたのが発端だったんだよね。軍を率いてなんとか討伐して、殺した魔族の細胞を色んな実験体に埋め込んで試してみたけど、君以外の実験体はみんな拒絶反応で死んでしまったんだ。やっとの思いで君を生み出したと思ったら、今度は僕の研究と君の存在を狙って、セレナイフ家が強奪に来たってわけさ」

「ま、うちの家としてもレヴァイン家が強力な戦力を持つのは避けたかったみたいでね。あわよくばうちの戦力にしようと、レヴァイン家からさらって兄弟として育ててみたんすけど……カイルが魔法を使えない無能者だったから、親父殿が激怒して大変だったんすよ」

「まったく、ヴァルド・セレナイフはどうしようもない脳筋のうきん野郎だね。よく知りもしないものを盗むからそうなるんだよ。まぁこっちも魔族の存在を秘匿しておきたかったし、人体実験は違法行為だから、君の強奪事件をおおやけにできなくて悔しい思いをしたけどね」

「そんなバカ親父だから、俺も見切りをつけたんすけどね」


 ゼクスとオルガが和やかに談笑しているのを、俺はうすら寒い思いで見ていた。

 ――こいつらの話を信じるなら、俺はそもそもセレナイフ家の血を引いていない上、魔族の細胞を埋め込まれたただの実験体のひとりってことか。

 セレナイフ家には特に愛着はないのだが、今まで信じてきたものがすべて嘘だと思うと、かなりショックではある。


 俺が呆然としていると、ゼクスは慈しむような笑顔を浮かべて俺を見下ろしてくる。


「まぁそんなわけで、僕の実験を受けていた頃の記憶が残っていたら、僕の顔を見てきっと襲撃をかけにくると思ったわけさ。君からしたら、僕は何度殺しても殺し足りないくらい憎い相手だろうからね」


 …………こいつ、一体俺にどんなえぐい実験をしてきたんだ?

 五歳以前の記憶がなくなっているのは、俺にとってラッキーだったのかもしれないな。

 とはいえ、本能的にゼクスに恐怖を抱いているからこそ、ゼクスの読み通りのこのこ襲撃をかけてしまったわけだが……


「……なるほどね。色々に落ちたってか、納得したわ」


 ぽつりとつぶやいたのは、カミラだった。

 彼女は思案げにあごに手を当てながら、鋭利な刃物のような鋭い眼光でゼクスをにらんでいた。


「その、魔族が見つかったってダンジョン、たぶんこの近くだよね? それにカイルっちが五歳まで実験動物扱いされたってことは、魔族が殺されたのも十年くらい前で合ってる?」

「それがどうかしたかい?」


 ゼクスに問い返され、カミラは口の端を吊り上げながら、その瞳に憎悪の炎を燃え上がらせた。


「その魔族、アンリはあーしの親友なのよ。つまり、あんたは親友のかたきってわけ」

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