第5話 メリエルの家に駆け込む。メリエルの助けを得る。

 俺達はなんとかダンジョンを抜け出すと、夜陰やいんまぎれながら市街地まで戻ってきた。

 学生寮に戻るべきか考えたが、さすがに男子寮に女子を連れ込んでいたら騒ぎになる。

 その上、俺の部屋はおそらくゼクスにマークされている。その状態でカミラを連れて帰ったら、今度は俺の部屋に軍勢を差し向けられるだろう。

 そうなれば、状況はかなり不利になる。


 とはいえ、他に逃げ込める場所はそう多くない。

 エリシャやクラリスも女子寮生活なので、二人の部屋にもぐり込むのは不可能だ。

 帝都の宿に泊まるにしても、宿に一泊できるほどの金は持ってきていない。

 安宿に泊まろうものなら、不衛生で眠れもしない上に、速攻でレヴァイン家の間者に俺達の情報が渡って追手が来るだろう。


 しばらく考えた結果、俺はシャフレワル家の別邸に足を向けた。

 シャフレワル王家は何度も帝都に参勤させられているため、帝都内に別邸を持っている。

 メリエルもそこから士官学校に通っており、原作ゲームでは主人公アルスが何度となくシャフレワル邸に通っていた。


 そのため、俺にもシャフレワル邸の場所はわかるのだが――果たして、いきなり押しかけて協力してくれるだろうか?

 メリエルからすれば、俺につくより二大名家についたほうがメリットがある。

 普通に考えれば、俺とカミラをレヴァイン家に売って、シャフレワル家に便宜べんぎを図ってもらうほうがいいに決まっているが……

 エリシャはメリエルを信じて、二大名家の支配を終わらせる戦いに彼女を巻き込んだ。

 エリシャが信じるのなら、俺もメリエルを信じてみるべきだろう。


 俺はカミラに事情を伝えつつ、メリエルの家の裏口までたどり着いた。

 二階にあるメリエルの寝室に明かりがついているのを確認してから、音を立てずに寝室のベランダに侵入する。

 ベランダのガラス戸をノックすると、カーテンが開き、フリルが多めのワンピース風の寝間着を着たメリエルが戸の向こうに現れた。


 彼女は俺とカミラを見ると、驚いたように目を丸くしてからガラス戸を開けた。


「カイルくんに、カミラさん? どうしてここに……」

「色々あってな。悪いが、少しの間かくまってもらえないか?」


 俺が拝むように両手を合わせて頼むと、メリエルはしばし逡巡してから覚悟を決めた顔でうなずいた。


「わかりました。とりあえず中に入ってください」


   ◆


 メリエルの寝室は少女趣味な感じだった。

 天蓋付きのベッドには、フリルがふんだんに施された枕やクッション、ぬいぐるみが配置されている。

 壁際に置かれた本棚には教養のための本とは別に、恋愛小説と思しきタイトルの本が整然と並べられていた。


 俺とカミラは床に腰をおろし、ベッドに腰掛けるメリエルに対して、ダンジョンからここまでにあったことをざっくりと説明した。

 この期に及んで隠してはおけないので、カミラの素性すじょうや俺の体質についてもすべて打ち明ける。


 すべての話を聞き終えると、メリエルは頭痛をこらえるように額を押さえていた。


「……それじゃあ、カミラさんは千年以上生きた魔族で、ゼクス・レヴァインきょうは研究のためにカミラさんを捕まえるつもりだと?」

「今んとこ、ただの仮説だけどね」

「それで、レヴァイン家の追手おってであるジェイド・セレナイフ卿と戦闘になって、殺してしまった?」

「そういうことだな」


 カミラと俺が肯定すると、メリエルは両手で頭を抱えて盛大に嘆息をもらした。


「…………いくらなんでもメチャクチャです。レヴァイン家を敵に回してまで魔族をかくまうなんて、一体どういうつもりなんですか?」

「そうは言うが、カミラがいなかったらクルトが暴走した時に、お前達を守りきれなかったかもしれないんだぞ?」

「それはそうですが……本当に、信用して大丈夫なんですか?」


 メリエルがカミラを見やると、カミラは脳天気な顔で笑った。


「あ。やっぱ魔族は信用できない系? これでも、歴史的にはあーしらのほうが人間に侵略された側なんだけどな〜。ま、人間側の歴史では違うんだろうけどさ」

「それについては、私も事実を確かめようがないので議論は避けますが……とにかく、これからどうするんですか?」


 メリエルに問われ、俺は正直に答えることにした。


「これから俺とカミラでレヴァイン家を襲撃して、ゼクス・レヴァインを殺す」

「……正気ですか? そんなことをしたら、下手すれば国家反逆罪で指名手配されますよ?」

「それでも、やつを野放しにしてたら危険な気がするんだ」


 実際、ゼクスの部下になったジェイドは半分魔物と化し、俺を殺して食おうとしてきた。

 ゼクスほど頭の回る男が、ジェイドのような危険分子にただで力を与えてやったとは到底思えない。

 やつはおそらく、ジェイドの目的――俺を食って最強になること――を利用して、俺に対する刺客として使おうとしていたのではなかろうか。

 自意識過剰のようにも思えるが、初めてゼクスと対面とした時のことを思い出すと、とてもそうは断言できなかった。


 ゼクスと会った時に感じた、あの得体の知れない寒気。

 まるで俺の身体が本能的にゼクスという男に恐怖を抱いたような、奇妙な感覚。

 オカルトめいているかもしれないが、今はこの本能に従うべきだという気がしてならなかった。


 俺が意見を曲げないつもりなのを察したのだろう。メリエルは深々と嘆息してから問いを重ねてきた。


「それで、カイルくんは私にどうしろと? 言っておきますけど、私や私の私兵を動かすことはできませんよ? 力を貸したところで大した戦力にはなりませんし、下手したらシャフレワル王国によるクーデターと誤解されかねませんから」

「わかってる。君に頼みたいのは二つだけだ」


 俺は前置きしてから、手のひらを向けて指を折りながら説明する。


「ひとつは、エリシャとクラリスに連絡を取ってもらうこと。俺がこれからやろうとしていることを、他の誰にも知られずに二人だけに知らせて欲しい。

 もうひとつは、エリシャとクラリスをどこか安全な場所で大人しくさせておくこと。ゼクスとの戦いに巻き込んだら、あの二人まで国家反逆罪に問われかねない」

「それなら、最初から伝えないほうがいいんじゃないの?」

「いや、俺が死んだ場合に備えてもらう必要がある。俺の行動と無関係だと主張するか、最悪逃げる準備をしておいてもらわないといけないからな」

「……死ぬかもしれないとわかってて、それでも行くんですか?」

「今行かなきゃ、『死ぬかも知れない』が『確実に死ぬ』になりそうな予感がするんだ」

「予感……そんな曖昧なものを当てにして、そんなだいそれた行動を起こすなんて……」


 メリエルはまだ納得が行ってなさそうだったが、それも仕方あるまい。

 俺自身でさえ、ゼクスから感じるを正しく言語化できる自信がない。

 原作ではマッドサイエンティストくらいにしか思っていなかったのに、どうしてこれほどゼクスに怯えるのか、我ながら理解不能だ。


 俺が黙りこくっていると、カミラが脳天気そうに言った。


「ま、大丈夫だって。要は、正体がバレずに全員倒せばいいんでしょ? あーしとカイルっちならなんとかなるって」

「簡単に言ってくれるな……」


 原作では、ゼクスはラスボスであるヴァルドの直前のボスであり、実質ヴァルド戦より厄介とまで言われた難敵だ。

 ゼクス自身の魔法の腕もさることながら、魔法の天才であるオルガを従え、更には研究の末に生み出した魔将達まで意のままに操る。

 そんなタチの悪い相手に、たった二人で挑まねばならないとは……正直、俺もこんな状況でなければ絶対に避けたい事態だった。


 だが、カミラは俺の苦渋の決断さえ笑い飛ばすように、陽気に目の横でピースサインを作った。


「あーしに任せときなって! だてに千年生きてないんだからっ」

「……ま、頼りにさせてもらうけどな」


 底抜けに明るく振る舞われ、俺は拍子抜けして肩の力が抜けた気がした。

 そんな俺達の様子を見て、メリエルは再度深々と嘆息をもらしてから言う。


「…………お二人がどうしても行くというなら、止めはしません。どのみち、止めようとしたところで、私の力ではお二人を止められるわけもありませんし」

「面倒事に巻き込んで悪いな」

「本当に悪いと思うのなら、ちゃんと生きて帰ってきて、恩を返してくださいね?」

「努力するよ」


 俺が曖昧に答えると、メリエルは寂しげに笑って立ち上がった。


「では、私は皇女殿下とクラリスさんに使者を送ってきます。お二人とも、くれぐれもお気をつけて」

「頼んだ」

「サンキューね、メルメルっ」

「メ、メルメル……?」


 カミラに勝手につけられたあだ名に困惑したような眉を寄せながら、メリエルは寝室を出ていった。

 その背中を見送ったあと、俺とカミラも立ち上がる。


「さて、俺らも行くとするか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る