第4話 ジェイドと戦う。ダンジョンを脱出する。

 ジェイドは宣戦布告の言葉とともに、地面を蹴った。

 凄まじい脚力で一気にこちらに肉薄すると、大上段からハルバードを振り下ろしてくる。


 俺はとっさに腰の剣――カミラからもらった魔剣ではなく、元から持っていた剣――を抜くと、ハルバードの一撃を受け止めた。

 思いのほか重い一撃によろめくが、なんとか足を踏ん張って耐える。

 ジェイドは更にハルバードを振りかぶると、重さなど感じていないかのように何度もハルバードを叩きつけてくる。

 その攻撃をすべて剣でしのぎながら、俺は不意に疑問に行き当たった。


 ――こいつ、俺に匹敵する身体能力を持ってやがるのか!?


 身体能力が高いだけでも厄介なのに、戦闘技術も高いおかげで一撃一撃の攻撃も鋭い。

 しかも、ジェイドの能力はそれだけではなかった。


「イーヴィル・フレア」


 ジェイドはハルバードを振り回しながら、至近距離からノータイムで第六階梯かいてい魔法をぶち込んできやがった。

 避ける隙もなく、ミスリルをも溶かす火球が腹を直撃するが、体質のおかげで服が少し焦げた程度で済んだ。

 それを見てもジェイドは動揺した素振りさえなく、瞬時に後ろに跳んで距離を取った。


「フィジカル・ブースト」


 退いた瞬間にすばやく支援魔法を構築し、自身の筋力を増強する。

 俺は舌打ちし、それ以上支援魔法を使われないようジェイドに正面から斬りかかる。

 だが、ジェイドは支援魔法で強化された筋力で、俺の斬撃を真っ向から受け止めた。

 凄まじい勢いで武器同士がぶつかり合い、その衝撃波でダンジョンの壁や床が揺れる。

 真正面からジェイドとつば迫り合いをするが、支援魔法のせいで腕力勝負ではわずかにジェイドのほうに分がある。


 力負けする前に退こうとするが、その前にジェイドが口からツバを飛ばしてきた。

 顔に向けて放たれたツバは、よく見ると氷漬けにされて氷柱つららのように尖っていた。


 とっさに顔を首をひねってツバを避けるが、いくつかは避けきれずに頬に傷を作る。

 俺の体質で防げなかったということは、どうやら魔法によって作られた氷ではなかったらしい。

 おそらく口内で急激に気温が下がるような水魔法を発動し、ただのツバを凍らせてから飛ばしてきたのだろう。

 幸い直撃は避けたものの、ツバを避けたせいで俺は体勢を崩してしまい、ハルバードを押さえる力がわずかに緩んでしまう。


 当然、その隙を逃すジェイドではなかった。

 やつは渾身の力で長剣の腹にハルバードを叩きつけ、俺の長剣を真っ二つにぶった斬る。

 俺は折られた長剣をジェイドの顔面に投げつけると、後ろに跳んでやつから距離を取った。

 当然、俺の投げた長剣の柄は首をひねって避けられたが、追撃の気勢を削ぐことはできたようだ。


 腰にいたもう一本の剣――魔剣チャンドラハースに手をかけながら、俺はジェイドに問いかけた。


「おいおい兄貴、一体どういうことだ? しばらく見ない内に、化け物じみた強さになっちまったじゃねえか」

「……てか、ありえなくない? 火魔法使いなのに、今口から氷を吐いたっしょ。二属性の魔法を操るなんて、魔族でも見たことないんだけど?」


 俺の背後から、カミラが問いを重ねてくる。


 カミラも後方で魔法の準備をしていたようだが、俺達の戦闘速度のせいで、魔法の照準をジェイドに定められずにいたようだ。

 俺の体質を当てにして、俺ごと攻撃魔法を当てる手もあるが、カミラの闇魔法は闇を操る性質上視界を遮る恐れがある。

 闇魔法で俺の視界を遮ったせいで、ジェイドの攻撃が俺に当たる――という事態にならないように、おそらく注意深くタイミングをうかがっていたのだろう。


 俺とカミラの問いを受けて、ジェイドは感情のない声で淡々と応じる。


「言ったはずだ。『お前に勝つため、そして最強になるために、相応しい力を手に入れた』と」

「……どういうことだ?」

「まだわからんのか? 一体なぜ、俺がゼクス・レヴァインについたと思う?」


 ジェイドに指摘され、俺はようやく理解した。

 同時に、ジェイドの内にあるに身震いした。


「あんた……まさか、自分の身体をゼクスにいじらせたのかっ!?」

「その通り。人工魔物キメラ魔将ましょうと同じ要領だ。俺の場合、特にここを大幅に改造された」


 言って、ジェイドは自らの口を指さした。


「口と胃を改造することで、魔物の血肉を食らって特性を取り込むことができるようになった。おかげで今の俺は四属性の魔法を使いこなし、お前と同等の身体能力を持つ最強の存在になったというわけだ」


 自慢する風でもなく、あくまで淡々とジェイドは言う。

 正直、『自らを魔物化してでも最強を目指す』という発想にはドン引きしていたのだが、実際にやられるとかなりの脅威なのは間違いない。

 そもそも、俺と同等の身体能力に加えて、四属性の魔法を使いこなせるなんて、完全に俺の上位互換じゃねえか。

 こんな化け物相手に、武器なしで戦うわけにはいかない。


 仕方なく、俺は腰のさやから魔剣チャンドラハースを抜剣ばっけんした。

 これで斬れば間違いなくジェイドは死ぬが、四の五の言っていたらこっちが殺されるだけだ。

 カミラは一人でもなんとか逃げおおせるだろうが――俺の死はすなわち、エリシャのピンチを招く事態になりかねない。


 俺が覚悟を決めたのがわかったのか、ジェイドはハルバードを構え直した。

 しばし静止したまま互いに睨み合うが、戦闘再開の合図を告げたのはカミラの魔法だった。


「グラビティ・プレス!」


 声とともに、ジェイドの頭上に球状の強力な重力場が発生する。

 重力場に引き寄せられてジェイドの身体が浮きかけるが、やつはハルバードを地面に突き立ててなんとかその場に踏みとどまった。

 当然、その隙を逃すわけがない。


 俺はその場で魔剣を大上段に構え、ジェイドに向かって全力で振り下ろす。

 超音速の剣閃――空破断くうはだんによって、ソニックブームとともに鋭い真空波がジェイドに襲いかかる。

 剣閃の余波でダンジョンの床がえぐられて断層が生まれ、ボス部屋全体が激しく振動する――が、肝心のジェイドは横に跳躍して空破断の効果範囲から逃げ去っていた。

 とはいえ、地面に突き刺したままのハルバードは真空波と衝撃波が直撃して、縦に両断された上にひしゃげて使い物にならない状態になっている。


 これで、少しはジェイドの戦力を削れたか――と思ったのもつかの間、ジェイドは四足歩行動物のようにダンジョンの床に両手をついた。


「がああああああ――っ!」


 雄叫おたけびを上げながら、やつの身体が急激に変化していく。

 口からは鋭い牙が生えて口腔こうこう外にまで伸び、両手両足の爪も伸びて靴を突き破り、ナイフのように鋭利に尖っていく。

 ジェイドは獰猛どうもうに歯をき出しにしながら、獣のように俺に飛びかかってくる。


 俺は斬空ざんくうでジェイドを斬り伏せようとするが、やつは斬空のモーションを見て真空波の飛来を察知し、ジグザグに避けながら距離を詰めてくる。

 更に、ジェイドはこちらに肉薄しながら水魔法を発動し、地面に水をき散らしたあとに周囲の空気を一気に凍りつかせる。

 体質のおかげで俺が氷漬けにされることはなかったが、地面に撒かれた水が凍りついて足が滑り、踏ん張りが効かなくなる。


 そこに、ジェイドが牙を剥いて襲いかかってきた。

 とっさに魔剣を振るってジェイドの右腕を斬り落とすと、魔剣に生命力を吸われてジェイドの動きが劇的に鈍るが――それでも必死で俺の肩にしがみついてくる。

 ジェイドは俺の首筋に牙を突き立てようとしてくるが、俺はやつの額をつかんで動きを制する。


 だが当然、ジェイドはその程度では諦めない。

 土属性魔法で俺の直下に巨大な落とし穴を作り、俺を押さえて下敷きにしたまま下層まで落下する。

 高さはおよそ三〇メートル。このまま頭から落ちれば死ぬし、相当運が良くても気絶する。


 落下しながら、俺はジェイドの拘束をほどこうと必死にもがくが、ジェイドの拘束からは逃れられない。

 さすがに死を覚悟したところで、救いの声が耳に届いた。


「シャドウ・ランス!」


 声ともに、落下地点から長く伸びた無数の影の槍が生えてくる。

 影の槍は俺の身体を貫く――が、俺の身体や衣服に傷一つつけることはなく、別の角度から伸びたシャドウ・ランスがジェイドの身体を刺し貫く。

 無数の影の槍がジェイドの全身を貫き、やつの力が緩んで俺は拘束から逃れる。


 俺は空中で姿勢を制御すると、両足で地面に降り立ってジェイドを見上げた。

 やつは影の槍で体中を串刺しにされ、ほぼ虫の息状態になりながらも、必死に俺に手を伸ばし続ける。


「お前を食って、お前を超えてやる…………最強になれば、きっと親父も、俺のことを…………」


 うわごとのような言葉に胸が痛むのを感じ、俺は魔剣を握り直した。

 地面を蹴って跳躍し、身動きが取れないジェイドの首を斬り落とす。

 ジェイドが完全に動きを停止し、息絶えたのを見届けてから、俺はようやく安堵の息をついた。


 いつの間にかカミラが上階から俺の隣に降りてきており、ジェイドの首を見下ろしながら口を開く。


「彼、きっとカイルっちを食べようとしてたんだね」

「俺を?」

「そ。カイルっちの異常な身体能力と魔法無効化能力を手に入れて、最強になるためにさ。父親に愛されたいがために体中を魔物化させるなんて、すごい執着だね」

「……まぁ、そうでもしないと見向きもされないからな」


 親父殿――ヴァルド・セレナイフの顔を久々に思い出す。

 あんな男から愛されたいなどと思ったことはないが、兄弟の中にはそんな風に思っていたやつもいたのか。

 ヴァルドがもう少しまともな人間であったなら、ジェイドもここまで狂わずに済んだのだろうか?

 そういう意味では、こいつも二大名家の被害者だったのかもしれない。


 俺はかぶりを振ってくだらない感傷を振り払ってから、カミラに向き直った。


「そんなことより、援軍が来る前に早くここから脱出しよう」

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