第3話 カミラから魔剣をもらう。ジェイドと遭遇する。

 その日の夜、俺は一人私服に着替えて男子寮を抜け出した。

 いつもの要領でダンジョンに入り、尾行されていないことを確認しながら、昇降機を使って一気に最深部まで下りる。


 百層のボス部屋に入ると、カミラがソファに寝転んでいた。


「どしたん、カイルっち? なんかめっちゃ慌ててる風だけど」

「見ての通り、めっちゃ慌ててるんだ」


 答えると、俺は早口でゼクス・レヴァインについて説明した。

 やつから感じた不穏な予感については根拠を説明できなかったが、それでも俺の感じている恐怖の度合いは伝わったらしい。

 俺の話を聞き終えると、カミラは思案げにあごに手を当てた。


「へえ〜……話聞いてる感じ、そのゼクスって人にあーしもマークされちゃってる感じ?」

「悪いが、そうみたいだ」

「一応だけど、その人がこないだの毒の魔将を作った人なんよね?」

「ああ」

「それで、そいつがあーしとカイルっちに興味を持っていると?」

「そうなんだが……何か気になることでもあるのか?」


 疑問に思って尋ねると、カミラは彼女らしくなくあいまいな笑みを浮かべた。


「や、ちょっとね」


 それ以上は何も語らず、虚空を見つめて思案にふける。

 なんとなくうかつに踏み込めない雰囲気を感じて、俺は黙って彼女の考えがまとまるのを待つことにした。

 しばし黙考したあと、カミラはひとり納得したようにうなずいた。


「……なるほどね。なんとなく事情は飲み込めたかな」

「マジか? 俺にはゼクスの野郎が何を考えてるのか、さっぱりわからないんだが……」

「ゼクスは魔物の研究をしてるんでしょ? なら、カイルっちとあーしを狙う理由なんてひとつしかないっしょ」

「まさか……」

「そ。あーしらのを研究したいんだよ、きっと」


 カミラの言葉に、俺は思わず絶句した。

 確かに、カミラの説には説得力がある。ゼクスのやつなら、俺の魔法無効化体質とカミラの不死の体質に興味を持つのは当然だろう。

 だが、ひとつ疑問がある。


「俺の体質はともかくとして……ゼクスはどうして、お前の体質のことを知っているんだ? 生徒会の連中にも不死の特性は見せてないはずだろ?」

「たぶん、あーしは魔族だと怪しまれてるんじゃないかな? ダンジョンの出入りの記録簿を見られたら、あーしがダンジョンに入った記録が残ってないのはすぐバレるし」


 ……なるほど。確かに、カミラがダンジョンに入った時の記録なんてつけているわけがない。

 一人でダンジョンにもぐるやつはかなり珍しいし、クルトが事件を起こした時間帯にひとりでダンジョンにもぐった探索者の記録がなければ、カミラはということになる。

 それで、カミラは魔族なのではないかとゼクスは当たりをつけたわけか。


「悪い。俺を手助けしたせいで、結果的にお前にまで迷惑をかけちまった」

「いいっていいって。あーしが勝手に助けに入っただけだし。それより、カイルっちはどう対処するつもりなん?」

「……ゼクスが何かしでかす前に、こっちから襲撃をかけてやつを殺す」


 とはいえ、一筋縄ではいかない。

 レヴァイン邸にはザリツ以外の魔将どもが揃っているし、オルガとジェイドもかなりの腕前だ。

 正直、一人で挑んで勝てる自信があるかというと、かなり怪しい。

 それもあって、俺はカミラのところにやってきたのだ。


「カミラ、悪いが力を貸してくれないか? ゼクスに狙われてるもの同士、利害は一致してるだろ?」

「ま、あーしも捕まって実験動物にされるなんてごめんだし? 手を貸してあげてもいいかなー」

「……何か含みありげな言い方だな」

「ふふん、察しがいーじゃん」


 にやにやと笑いながら言うと、カミラはボス部屋の奥の壁に手を当てた。

 壁に魔力が通されると、何らかの装置が起動して壁が動き、壁があった場所に通路ができる。

 カミラはその通路に足を踏み入れてから、こちらに手招きした。


「カイルっち、ちょっとついてきて」


 誘われるがまま、カミラを追って通路の奥へと入っていく。

 しばらく通路を進むと、厳重に施錠された扉にたどり着いた。

 カミラは扉に手を触れて鍵を解錠すると、扉を押し開ける。


 中は宝物庫になっており、宝石や魔石、アンティークと思しき陶器や装飾品が並んでいた。

 その中で、ひときわ異様なオーラを放つ剣が宝物庫の中央に配置されていた。

 石碑のような台座に刺さったその剣は、黒く禍々しい形状の刀身をしており、つばには大粒の魔石がはめられている。

 見るからに魔族の遺産――魔装まそうといった雰囲気だな。


 俺がその剣を眺めていると、カミラもその剣に近づいて指さした。


「この剣、カイルっちにあげるよ。使いこなせたら一緒に戦ってあげる」

「これ、魔装……っていうか、魔剣だよな? もらっちまっていいのか?」

「ダメならこんなこと言わないって。さ、持ってみてよ」


 カミラに促され、俺は魔剣を手に持った。

 見た目の割りに軽く、振った時の違和感や空気の抵抗などがほとんど感じられない。

 なんだか不気味な雰囲気のする剣だが、武器としてはかなりの業物わざもののようだ。


 俺が魔剣を手にしたのをみて、カミラは嬉しそうに目を細めていた。


「やっぱ、カイルっちならその剣を使えると思ってたよ」


 そう口にする彼女の目は、俺を通り越して別の誰かを見ているように見えた。


「使えるって言ったって、ただ手に持ってちょっと振っただけだぞ?」

「それがむずいんだって! てかその剣、呪いの武具カースド・アイテムだし」

「はぁ!?」


 俺は反射的に魔剣を台座に戻し、距離を取った。


「おいっ! なんてもん触らせてんだっ!」

「いやいや、カイルっちなら大丈夫だって。実際影響なかったっしょ?」

「そりゃ、身体に異変はないが……時間差で来るかもしれんだろうが!」

「それなら大丈夫。その魔剣の呪いの効果は知ってるから」


 カミラはけらけら笑ってから、台座に戻った魔剣を指さした。


「これは触れたものの生命力を奪う魔剣、チャンドラハース。普通は手に持った時点で立ってられないくらい生命力を奪われるから、あんだけ持ってられるんなら普通に大丈夫だよ」

「だからって、何の説明もなく触らせるなよ! 死んだらどうすんだっ!」

「ま、あーしなりに絶対大丈夫だって確信があったからね。それに、刀身に触れなければちょっと気絶するくらいで済むし?」

「勝手に根拠のない確信をしないでくれ……」


 俺が深々と嘆息をもらすと、カミラは台座の側に置いてあったさやを投げてきた。


「まーまー、うまく行ったんだからいいじゃん。てか、これから強敵と戦うんでしょ? なら、装備も整えたほうがいいって」

「それはそうだが……」

「それに……悩んでる時間もあんまないみたいだし?」

「何?」


 俺が問うと、カミラは意識を集中するように目を閉じた。


「ダンジョン内に大勢の兵隊が入ってきてるね。カイルっちから聞いた情報を踏まえると、たぶんゼクスって人の私兵かな?」


 カミラの言葉に、俺は絶句した。


 まさか、俺がダンジョンに入るのを尾行していたのか?

 いや、尾行がないことは十分に確認していた。おそらく、ゼクスはカミラが魔族と踏んで、軍勢を率いて一気に確保することにしたのか。


 カミラは台座に刺さった魔剣を指で示すと、なぜか楽しげに笑って言った。


「とりま、これ持って二人で逃げとく?」


   ◆


 カミラと二人、八十階層の昇降機を目指してダンジョン内をひた走る。

 魔物は俺とカミラなら一蹴できるので問題なかったのだが、すぐに別の問題が発生した。


「やば。兵隊と距離が離れてたから、探知がれてた。一人だけ、八十階層まで下りてきてるやつがいるっぽい」

「あー……なんとなく想像がつくな」


 とっさに思い浮かべたのは、兄のオルガだった。

 怠惰なくせに圧倒的な魔法の才能を持つオルガなら、本気を出せば十分可能だろう。

 俺は気合を入れて上階に上がっていくと――予想していなかった男が、そこで待ち構えていた。


 八十五階層のボス部屋で、ジェイドがフロアボスであるブルードラゴンを倒し、その死骸の前でこちらに背を向けていた。

 床には斬り落とされたブルードラゴンの首が転がっており、ジェイドはブルードラゴンの腹のあたりに両手をついたまま、何やらもぞもぞと動いている。

 その様子を注視して、俺はぞっとした。


 ――ジェイドの野郎、ブルードラゴンを食ってやがる。

 魔物を食うなんて発想がまずどうかしてるが、その上ブルードラゴンのうろこを人間の歯で貫通し、噛み砕いているというのも常軌を逸している。

 一体、どういうことだ? 原作のジェイドには、単独で八十五階層まで下りてくるほどの実力はなかったはずだが……どうして、こんな化け物じみた存在になっている?


 俺が絶句していると、ようやくジェイドはこちらを振り向いた。

 やつは口元をブルードラゴンの青い血液で汚したまま、表情を一ミリも動かすことなく俺に言った。


「やはり、お前はカミラとかいう女と繋がっていると思っていたよ」

「……おいおい。リアクションが薄いぜ、兄貴。一族の恥さらしの俺が、こんな階層まで一人で下りてきてることに、まず驚くべきじゃないか?」

「お前を一族の恥さらしなどと思ったことはない。それ以前に、お前は……」


 言いかけて、ジェイドは途中でやめて首を振った。


「お前の実力が優れていることは、実家にいた頃から知っていた」

「嘘つけ。あんたとは模擬戦すらやったことないだろ」

「興味本位で何度かお前の後をつけて、森やダンジョンでの戦闘を見たことがある。正直、震えたよ。俺が一生努力しても、お前の強さには勝てないと悟った」


 あの頃の俺を尾行するなんて、なんて暇なやつだ。

 俺が内心で呆れていると、ジェイドは半身になってハルバードを構える。


「だが、俺もあの頃の俺じゃない。お前に勝つため、そして最強になるために、相応しい力を手に入れた……今度は俺が、お前に最強の力を見せてやる」


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