第2話 レヴァイン邸に行く。ゼクスに尋問される。

 新市街にあるレヴァイン家の別邸は、かなり豪奢ごうしゃな造りだった。

 広大な庭に、華美な装飾を施した門扉もんぴと建物、あちこちに配備された衛兵など、露骨に自らの権威を誇示している。


 俺達は広い食堂に案内され、長いテーブルの前に腰を落ち着けた。


「……で、なんでお前らまでついてきたんだ?」


 俺は椅子に座ったまま、両隣に座ったエリシャとクラリス――そして、ガチガチに緊張している様子のメリエルを見た。

 エリシャは余裕ありげに腕組みしながら、俺の疑問に応じてくる。


「当然でしょう? あなたは私の剣なんだから、一人でレヴァイン邸に送り込むわけにはいかないわ」

「いや、その気持ちはありがたいんだが……」

「あなた一人のほうが戦いやすいのはわかってるわ。でも、闇討ちせずにあんな堂々とあなたを招待したってことは、この場で戦闘になることはないはずよ」

「だからって、わざわざ君が敵の本拠地に来る必要はないだろ」

「敵の本拠地だとわかってて、あなたを一人で送り出すわけないでしょう」

「そうですよ! それに、体質のことを考えたら、私も一緒にいたほうが安全だと思います! ……はっ!? べ、別にカイルさんと……キキキ、キスがしたいとかそういうわけではないですからねっ!?」

「いや、そんなことは誰も聞いてないが……メリエル、あんたまでどうしてここに?」


 俺が水を向けると、メリエルは少し緊張がほぐれた様子で苦笑した。


「私のところにもレヴァイン家の使者が来て、別で招待されたのよ。なんでも、前生徒会長が起こした事件について話したいとか」

「クルトの……?」


 レヴァイン邸に呼び出されて、クルトの事件について話をさせられるとか、針のむしろだな。

 難癖をつけられて面倒になりそうな予感しかしないが、かといってレヴァイン家の招待から逃げ回るわけにもいかない。


 と、話の途中で食堂のドアが開いた。

 ドアの向こうから、三人の男が入ってくる。


 三人の内、ひと目で中央の男がクルトの兄だとわかった。

 長く伸びた金色の髪を背中で束ね、クマが浮かんだ藍色の瞳には、知性と飽くなき獰猛どうもうな好奇心がのぞき見える。

 一九〇センチ近いひょろっとした長身にシャツとスラックス、更にシワの寄った白衣を着ていた。

 彼は俺達の姿を一望すると――俺を見るなり、口の端を吊り上げた。


「――――っ!」


 ぞわっ――と全身に寒気が走り、俺は反射的に腰の長剣に手を伸ばしかけた。

 だがこの状況で剣を抜くわけにもいかず、自分の感じた寒気の理由もわからず、ただ相手の視線を睨み返すことしかできなかった。


 レヴァイン家の長男にして、終盤の重要ボス。ゼクス・レヴァイン。

 原作の後半にあたる反乱編で登場するため、前半にあたる学園編のラスボスであるエリシャと絡みはないが、帝国の現体制を守るためにアルスと死闘を繰り広げた超重要人物だった。


 俺達はゼクスを出迎えるため、ほとんど反射的に椅子から立ち上がった。

 エリシャは皇女モードに切り替え、沈痛な面持ちで彼に挨拶する。


「お久しぶりです、ゼクス・レヴァインきょう。この度は、弟ぎみがこのようなことに……」

「あ〜。それは全然気にしないでください、皇女殿下」


 ゼクスは軽く調子でそう言うと、俺達に椅子に座るよう促してから自分も席についた。

 一緒に食堂に入ってきた二人の男達は、やつを守るようにゼクスの両隣に立ち、俺達を威圧してくる。


 二人の男の内、一人はジェイドだったが、もう一人の男のほうも俺はよく知っていた。

 小柄な体躯で、長い赤髪を背中まで伸ばし、この状況でやる気なさそうにあくびをかましてやがる。

 俺とジェイドの十歳ほど上の兄であり、セレナイフ家の三男――オルガ・セレナイフだ。

 原作でもセレナイフ家とレヴァイン家の二重スパイのような働きをしており、どちらにもいい顔をして勝馬かちうまに乗ろうとしていた。


 だから、オルガがここにいるのはわかる。

 だが、ジェイドはどうしてここに……? 原作では、セレナイフ家の人間として主人公アルスの前に立ちはだかったはずだが、やつも実は裏でレヴァイン家と繋がっていたのか?


 一人で考え込んでいると、ふと視線を感じて俺は顔を上げた。

 正面の席では、ゼクスが俺を観察しながらにやにやと笑みを浮かべている。

 それにいい知れぬ不気味さを感じて、俺は少しだけ身震いした。


 ゼクスは俺の反応に満足したように笑みを深めてから、エリシャに視線を戻した。


「愚弟から色々聞いてます。セレナイフ家の末弟くんに決闘を申し込んで負けたんですよね? 決闘に負けた上に、皇女殿下まで危険にさらすなんて……まったく、レヴァイン家として恥ずかしいったら」

「念のためお尋ねしますが、彼の体のことは……?」

「ええ、ええ、聞いていますとも。うちの愚弟はどうやら、勝手に僕の研究成果を持ち出してみたいでしてね。ヤケになってそれを使ったあげく、自滅したんでしょう。まったくバカな弟です」


 ゼクスが笑い話のように話すのに、俺は言い様のない寒気を感じ続けていた。


 ――こいつ、さっきからクルトのことを一度も名前で呼んでいない。

 弟に対して一ミリも情がないのか、それとものか……いずれにしても、原作同様まったく信用ならない相手だということは瞬時に理解できた。


 ゼクスはひとりで勝手にうんうんとうなずきながら、エリシャに向けて話を続ける。


「いえね。実は僕も愚弟には手を焼いていたのですよ。能力に見合わぬ傲慢ごうまんきわまりない性格で、『自分が父の跡を継いで宰相になる』と言って聞かなくてね。この僕を差し置いて宰相だなんて、まったく身の程知らずもはなはだしい」

「そうなんですね……弟君の話では、ゼクス殿は研究がお好きと聞いていたので、てっきり宰相の座に興味はないのかと」

「ははは。もちろん、研究も大好きですよ? でも、宰相の座も欲しいんです」


 当然でしょう? とでも言いたげに、ゼクスはエリシャに笑いかけた。


「魔物の研究もダンジョンの研究も続けますし、宰相もやります。一度きりの人生なんですから、欲しいものはすべて手に入れる。やりたいことは全部やる。それもできないんじゃ、生きていたって楽しくないでしょう?」

「は、はあ……」


 不気味な迫力に気圧けおされて、エリシャの鉄壁の皇女モードがほとんど解除されつつあった。

 ゼクスは相変わらず笑みを崩さないまま、クルトの話に決着をつけようとする。


「とにかく、愚弟の処分は皇女殿下達にお任せします。家名を汚した愚弟は、どのみち父に勘当かんどうされるでしょうし、気兼ねなくやっちゃってください」

「……では、司法に処分をゆだねても構わないと?」

「もちろんです。それで愚弟が死刑に処されるなら、それが分相応の人生というものでしょう」


 こいつ、マジか。

 クルトはザリツを使って、俺どころかあの場にいた全員を殺しかけた。いわば大量殺人未遂の現行犯になる。

 司法にかければほぼ死刑になるというのに、弟の助命嘆願すらしないとは。

 あまりの冷たさに妙な考えが脳裏に浮かんでくる。


 ――こいつまさか、政敵になりうる弟を追い落とすために、俺達を利用したんじゃないだろうな。


 自分のおぞましい邪推じゃすいに身震いしていると、ちょうどこちらに視線を向けていたゼクスと目が合った。


「君がカイル・セレナイフくんだよね? いやぁ、愚弟が迷惑をかけて申し訳ない」

「い、いえ……」

「ところで君、前に僕と会ったことはなかったかな? なんとなく見覚えがある気がするんだけど」

「そ、そんなことはないと思いますが……」

「そうだったかな? なら、僕の思い違いかもしれないね」


 ゼクスはほがらかに笑ってから、更に別方向から追撃してくる。


「そう言えば、愚弟を倒した時にもう一人ダンジョン探索者の女性がいたって聞いたんだけど、君達は知ってるかな?」


 ――まずい。カミラのことまで知っているのか。

 俺は思わず「やばい」という気持ちを顔に出しかけ、なんとかこらえた。

 とっさに口をつぐんだ俺を横目で見て、エリシャが俺の意をんで話をでっちあげてくれる。


「たまたま通りかかった方で、実は私達も素性をよく知らないんです。その方がどうかされたんですか?」

「いえ、他の生徒会の子から小耳に挟んでもので、念のため愚弟の不始末の尻拭いをしてもらったお礼と謝罪をしたいと思ってましてね」


 ……クソっ。カミラに口止めされてたのに、あの生徒会のやつらチクリやがったのか。

 俺が内心で苦虫を噛みつぶしている間に、ゼクスが更に踏み込んでくる。


「皇女殿下もご存知ないとは意外でしたね。愚弟の不始末から守ってくれた功労者だから、てっきり褒賞を与えるために連絡先くらい把握しているものかと」

「私もそう提案したのだけど、固辞されてしまったの。また会う機会があればいいのだけれど……」

「ふむ、そうですか。では仕方ないですね」


 ゼクスは存外あっさり引くと、にこやかに笑って椅子から立ち上がった。


「僕が話したいことは大体話せたので、これで失礼します。わざわざお呼び立てしてすみませんでした」

「いえ……」


 エリシャは控えめに受け流すが、探るような目つきでゼクスをうかがっていた。


 ……ゼクスのやつ、俺やカミラのことを追及してきた割りに、ダンジョン内で実際に起きたことについては聞かないのか?

 ダンジョン内でのことは憲兵にも説明したが、ザリツの強さについてはかなり差し引いて説明した。

 だからこそ俺の強さについて追及されずに済んだのだが、ゼクスはザリツの強さを重々承知のはずだ。

 その上で、どうやってザリツを倒したかを尋ねてこないとは……生徒会のやつらから話を聞いていたとしても、普通はもっと情報を欲しがるもんじゃないのか?


 ――もしかして、すでに必要な情報はすべて握っているのか?


 俺は反射的に、ジェイドとオルガに視線をやる。

 実家でレベリングをしていた頃、二人とは日常的に顔を合わせていた時期があった。

 あの時期に、どちらかが俺の体質に気づいた可能性は十分にある。

 いずれにしても、今回の招待は「レヴァイン家はお前達のことを知っているぞ」という牽制けんせいなのだろう。


 ゼクス達が食堂から去るのを見届け、誰もが呆然としている中、俺はひとり必死で思考を巡らせていた。


 ――やつはやばい。ロルフやクルトとは格が違う、もっと絶対的な脅威きょういだ。やつを放置していたら、俺だけでなくエリシャの命までやつの魔の手に絡め取られる。

 理由はわからないが、俺の全細胞が全力でゼクス・レヴァインに対して警告を発している。

 俺は体の震えを押さえながら、静かに決意した。


 ゼクス・レヴァインを殺す。エリシャにも誰にも気づかれずに、あの男を暗殺する。

 耳が痛いほどの無音の中、俺はタールのようにくらい思いを胸にたぎらせていた。

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