帝都動乱篇

第1話 メリエルを仲間に引き込む。敵の本拠地に招待される。

 一日治療院で休んだあと、俺は朝早くに士官学校に登校すると、生徒会室のドアをノックした。

 中に入ると、すでにエリシャ、クラリス、メリエルが揃っていた。

 応接エリアの入口側のソファにエリシャとクラリスが座り、その向かいにメリエルが悩ましげな顔で指を組んでいる。

 俺がドアを開けたのに反応して、エリシャとクラリスがこちらを振り返る――と同時に、二人は俺の顔を見て頬を赤くして目をそらした。


 …………さすがにあの流れで、俺のことを嫌ってるわけじゃないよな?


 昨日、エリシャにキスされた時のことを思い出し、俺も反射的に顔が熱くなるのを感じる。

 クラリスの表情もエリシャのそれと同質に見え、彼女もエリシャと同じ思いなのではないかと思い上がったことを妄想してしまう。

 俺が入口でどぎまぎしていると、メリエルが咳払いをした。


「カイルくん、とりあえず座ってもらえるかな?」

「あ、あぁ……」


 俺は生返事をすると、エリシャとクラリスが空けてくれたソファの真ん中のスペースに腰を下ろした。

 メリエルは俺達の様子を見て苦笑してから、真面目な顔をして話し始めた。


「こんな時間に来てもらってありがとうございます。元会長……クルトの処遇が決まったようなので、あなた方にお知らせしたかったんです」


 他の生徒会役員を呼んでいないということは、俺達だけの間で内密にして欲しいということだろう。

 俺達が意図を察してうなずくと、メリエルは話を続ける。


「クルトは正式に憲兵に逮捕され、士官学校からも退学処分が検討されています。内臓を毒におかされて、日常生活を送るのがやっとの状態なので、皇女殿下にちょっかいをかけてくることもないと思います」

「それはよかったわ。それで、決闘の件はどうなるのかしら?」

「もちろん、生徒会長代理として皇女殿下達のパーティのダンジョン探索に許可を出すつもりです」


 そこで、メリエルは怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「そう言えば、もうひとりの男子生徒はどうしたんですか? 確か、四人パーティだったはずですよね?」

「あぁ……アルスのことね」


 エリシャは重々しいため息をもらしてから、アルスのしてきたことと最期について語った。

 それを聞き終えると、メリエルは怒るべきか悲しむべきか悩ましげな表情を浮かべた。


「それは……三人とも、災難でしたね」

「遺体も発見されていないから、一応アルスの件は学校的には失踪扱いになってるみたいだけど……おそらく、これでトラブルの種はなくなったはずよ」

「と言っても、教室じゃ色々変な噂が飛び交ってて大変なんですけどね……」


 クラリスが額を押さえて深々と嘆息をつくのに、メリエルは神妙な顔でうなずいた。


「ロルフ・セレナイフとクルト・レヴァインを学校から追いやった後に、追いやった張本人である皇女殿下のパーティメンバーが失踪したわけですからね。噂好きの貴族連中が憶測を広げるのも無理はないでしょう」

「事実ではあるんだけど、私が彼らを追いやったみたいな言い方は心外だわ。私達はあくまで、降りかかる火の粉を振り払っただけよ」

「もちろん、わかっています。ただ、バカな貴族連中はそうは解釈しない、ということです」

「……つまり、貴族連中はと思ってるってことか」


 俺の問いに、メリエルは首肯しゅこうした。


「噂を流している本人達も、別に本気でそう思っているわけではないでしょう。ですが……そんな噂を流したくなるくらい、彼らの中には不安と期待があるのだと思います」

「不安と期待? なんだそりゃ」

「それはもちろん……二大名家の権勢が弱まって既得権益がなくなるかもしれないという不安と、二大名家による支配を終わらせてくれるかもしれないという期待ですよ」

「そ、それって、もしかして学校内にも二大名家に反発してる人達がいるってことですかっ!?」


 クラリスが前のめりに尋ねると、メリエルは鷹揚おうようにうなずいた。


「二大名家といえども、すべての貴族を支配下に置いているわけではありませんから。彼らの恩恵からあぶれたものも、貴族の中に大勢いますし……私のように二大名家に祖国を奪われて、やむなく帝国に下ったものもいます」

「……あなたも、やっぱり帝国を憎んでいるわよね」


 エリシャがうかがうように問うと、メリエルは苦笑して首を横に振った。


「ご安心ください。私は帝国に個人的な感情はありません。我が国が属国になったのも、ひとえに我が国の国力の弱さが原因ですから。その責任を他者に押し付けるほど、無責任でもありません」

「でも、今の帝国に従うつもりはないでしょう?」


 きわどい問いかけに答える前に、メリエルはエリシャの目をじっと見据えた。

 エリシャの瞳に宿る強烈な意志の光を見たのか、メリエルは少しだけためらってから首を縦に振った。


「……正直に言わせていただくなら、その通りです。帝国の支配下に置かれて、我が国は一気に本来の自由な気風を失ってしまいました。シャフレワル王国は代々エルフ族と深い親交を保っていたのですが、帝国の属国になったことを機にエルフ族との親交はほぼ断たれてしまいました」

「帝国からしたら、シャフレワル王国を前線基地にしてエルフの森に侵略したいはずだものね。エルフから警戒されて当然だわ」

「はい。おかげで、私はすっかりエルフからも裏切りもの扱いです」


 苦笑しながら、メリエルは自分の長く伸びた耳を指で指し示した。

 シャフレワル王国の第一王位継承者であり、ハーフエルフでもある彼女の立場の難しさを思うと、全員なぐさめの言葉など簡単には口にできなかった。

 実際、メリエルもそんなものは求めていないだろう。

 エリシャはしばし黙考した後、慰めの代わりに提案をぶつけた。


「メリエル・シャフレワル王女殿下。私に力を貸してくれませんか?」

「……力、ですか? 私の力など、彼に比べればあまりに微力だと思いますが」


 言って、メリエルは俺のほうに視線を向けてくる。

 それにつられてエリシャとクラリスの視線も集まってきて、俺はなんだか居心地の悪い思いでたたずまいを直した。


「確かに、カイルの力は絶大だわ。でも、万能じゃないし、彼ひとりの力で今の帝国を変えられるとは思ってない。だからこそ、あなたのような方の力が必要なの」

「ですが……私は帝国内での人脈も乏しいですし、手勢も多くはありませんよ?」

「多くはないってだけで、人脈も手勢も持ってはいるのでしょう? 私にはそれだけでも十分に助かるわ」


 そう言って笑うと、エリシャはクラリスに視線を向けた。

 クラリスがうなずきを返すのを確認してから、エリシャはメリエルに打ち明ける。

 クラリスがモルダード王国の末裔であること、エリシャが二大名家による支配を終わらせて、国を変えようとしていること。

 唯一俺の体質についてだけ伏せた以外すべてを打ち明けると、エリシャはメリエルに右手を差し出した。


「これが今の私に示せる最大の誠意よ。私を信じるに足ると思うなら、私の手を取ってちょうだい。私が信じられないというなら……せめて、私の敵にだけはならないで」


 ――殺さざるをえなくなるから、という意図を言外に込めているのは、勘の鈍い俺でもさすがにわかった。

 それも当然だ。クラリスの素性とエリシャの意志を開示したからには、敵に回られれば国家反逆罪で裁かれる危険がある。

 そのリスクを負っても、エリシャにはメリエルを味方につけられる勝算があるのだろう。


 メリエルは怯えた様子もなく、くすりと笑みを浮かべてエリシャの右手を握った。


「あなたのような皇族に協力できるなんて、光栄です。必ずや役に立ってみせますわ」

「頼りにしているわ」


 奥の窓から朝の日差しが差し込み、固い握手を交わす二人に光を当てる。

 二人の結束が世界から祝福されているような気がして、俺は眩しさに目を細めた。


   ◆


 クラスメイト達のうるさい噂話を聞き流しながら、なんとか放課後まで耐え抜いた。

 授業から解放された後も、連中は教室のあちこちで集団を作りながら、俺達の噂話を小声でささやいている。

 正直気になって授業どころではなかったが、エリシャが何も言わないので俺も黙っていることにした。


 すっかり疲れて机に突っ伏していると、前の席のクラリスが振り向いてきた。


「どうしたんですか、そんなうつ伏せになって? ……はっ!? 年頃の男子がうつ伏せになる理由と言えば、当然アレがナニして……っ!? しかもカイルさんの席の前には私がっ!? カ、カイルさんっ、私をおかずに一体ナニをしてたんですかっ!?」

「……………………なんか、お前のそれもめちゃくちゃ懐かしい気がしてきたわ」


 もはやツッコむ気力もなく受け流すと、クラリスは残念そうに唇を尖らせた。


「もぉー、カイルさんもつれないですねぇ。女の子にはちゃんと優しくツッコんであげないと、甲斐性がないって思われますよ?」

「……なんか不穏なニュアンスを感じたんだが、ボケとツッコミの話だよな?」

「当たり前じゃないですか〜。それとも、カイルさんは他に私にツッコみたいものでもあるんですか〜?」


 にやにやしながら切り返されてしまった。

 ……クソ、こっち系の話でこいつにかなうわけがなかった。


 隣席を見ると、エリシャは呆れたような顔をしてから、小さく笑みをこぼしていた。

 まぁエリシャの笑顔が見れたので、よしとするか。


 俺が机から身体を起こすとほぼ同時に、教室の入口のほうからざわめきが広がってきた。

 反射的に入口を見て――俺は思わず、目を見開いた。


 教室の入口には、士官学校の制服に身を包んだ男子生徒が立っていた。

 俺よりやや高い長身に、がっしりとした筋肉が張り巡らされた体つき。短く切り揃えられた赤毛と赤い瞳は、否応なく身近な血筋を思い出させる。


 ――士官学校の二年生。セレナイフ家の四男。暴れ馬のジェイド・セレナイフ。


 やつは傷痕だらけの顔を俺に向けると、感情の薄い声で言った。


「ゼクス・レヴァインから、お前をレヴァイン邸に招待しろと言付ことづかっている。黙って俺についてこい、カイル」

「ジェイド、なんであんたがレヴァイン家の小間使いなんか」

「……お前には関係のないことだ。抵抗するなら力付くで連れて行くことになるぞ」


 言って、ジェイドは背中に背負ったハルバードに手をかける。


 ――こんなところでジェイドが暴れたら、クラスメイトやエリシャ達も無事ではすまない。

 俺は歯噛みしてから、ジェイドに答えた。


「……わかったよ。ついて行けばいいんだろ」


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