第11話 一人でダンジョンにもぐる。ギャル吸血鬼と出会う。

 ヘイゼル先生のおかげで教師二人体制で護衛がつくことになり、俺達のダンジョン探索はかなり安全に進められるようになった。

 ダンジョンにもぐり始めて一週間ほど経ったが、エリシャ達三人だけですでに二十階層の敵とも戦えるようになってきた。

 とはいえ、多数の敵に囲まれたりすると三人では対応できないので、俺や教師のサポートは必須だ。

 クルトとの決闘を考えると、このペースでは危ういだろう。


 エリシャ達を女子寮まで送り、アルスと男子寮で別れてから、俺は私服に着替えてフード付きのマントをはおり、ひとり男子寮を抜け出した。

 夜の新市街を音もなく駆け抜け、帝都の外縁にあるダンジョンの入口までたどり着く。


 ダンジョンの入口はこの時間でも守衛がおり、俺の他にも中に入ろうとする人間が何人かいた。

 俺はひとり分の通行料を払い、記録簿にセレナイフ領時代から使っていた偽名を記載すると、ダンジョンの中に入った。


 開放されているダンジョンの出入りについては、正直管理はかなりいい加減だ。

 この時間帯でも守衛はいるが、通行料と管理簿に名前を記載する必要があるだけで、特にチェックも中に入れる。

 士官学校は生徒の安全のためにダンジョン探索が許可制になっているが、それはあくまで生徒の安全のためで、ダンジョン探索自体に許可はいらない。

 死亡者確認のために人の出入りの記録は取っているが……商会が資材を採取するために傭兵団を雇ってダンジョンにもぐることも多いため、ひとりひとりの身分まではいちいち確認しないのが普通だ。


 ダンジョンを管理してる側からすれば、開放されてるダンジョンに乱獲されて困るような資源はないし、死者が出たところで基本は自己責任だからな。

 税金である通行料さえ払えば、見知らぬ傭兵がいくら死のうが「知ったことじゃない」というのが本音だろう。


 ダンジョンに入るなり、俺は全力で下層へ向けて走り出す。

 原作ゲームだとこのダンジョンは地下百階層まであり、確か八十階層くらいまでの魔物はセレナイフ領のダンジョンにもいた気がする。

 つまり、そのへんまでなら今の俺でも下りられるということだ。


 俺は事前に買っておいたマップと原作の記憶を頼りに、最短距離で下へ下へと駆け抜けていく。

 途中何度もフロアボスと戦うことになったが、さほど強い相手はいなかった。


 八十階層のフロアボスを倒したところで、俺はようやく一息ついた。


「ふぅ。さすがにここまで下りると疲れるな」


 じわりとにじんだ汗をぬぐってから、俺はボス部屋の大理石のような地面に腰を下ろした。

 ここから先は未知の魔物と戦うことになる。体力は万全の状態に戻しておいたほうがいいだろう。


「にしても、公開されてるダンジョンって敵も弱いんだな」


 ゲームでやった時はもっと苦戦したイメージだったのだが、バフもかかってない攻撃で一撃で倒せてしまう敵が多く、かなり拍子抜けだ。

 フロアボスでさえ、苦戦どころかケガひとつ負わずに撃破できた。

 この調子で百階層までいけるとはさすがに思っていないが、今のところ期待していたほどの危険を感じておらず、自分のレベリングになっているのか不安になってきた。


「う〜ん……これは期待外れだったかもなぁ……」

「マジ? いや〜、それはキミが強いだけっしょ。さすがにソロでこんなところまで下りてきた人、あーしも初めて見たわ」

「そんなバカな……このくらいの魔物なら、鍛えれば誰でも普通に……」


 言いかけ。

 ――俺は瞬時に立ち上がると、いつの間にか隣に座っていた少女に長剣を突きつけた。


 輝くような長い銀髪を片側だけ結んでサイドテールにし、ワインレッドの瞳は興味深そうに俺を見据えている。

 同い年の女子と比べても小柄な体は、少女というより女児に近い。

 肉付きの薄い細い手足をゴスロリ衣装に包み、付け爪のような長い爪は赤く染まっている。

 そして――にやりと笑うその口には、八重歯よりはるかに長い牙が伸びていた。


 な、何者だ……こいつ?

 俺の考えていることを読んだように、少女は目元で横ピースを作ってウィンクしながら言った。


「あ。あーしはこのダンジョンのぬしやってる、吸血鬼のカミラね。ヨロシクぅ」

「ダンジョンの主?」

「そ。このダンジョンのフロアボスを管理したり、魔物の配置を細かく管理したり的な?」

「な、なんだそりゃ……」


 ダンジョンの主だ? そんなもん、原作ゲームにいなかったぞ。

 俺が困惑していると、彼女――カミラは剣を突きつけられるとは思えないほど呑気な声で言う。


「あれ、もしかして知らない系? あー……人間って、あーしら魔族のこととかあんま把握してないんだっけ……」

「魔族ってあれか。大昔、ダンジョンをあちこちに作って回ってたっていう」

「そーそー。魔族はまとまりがない連中ばっかだったから、あっという間に人間に数の暴力で負けちゃったけどね。ただ中には、あーしみたいに人間に見つからずにうまくダンジョンに隠れてる魔族もいるのよ」

「マジかよ……このダンジョン、とっくの昔に全フロア踏破されたはずだろ」

「そう見せかけてるだけで、めっちゃわかりにくい隠し部屋を作ってあんのよ。じゃないと、怖くてこんな出入りの激しいダンジョンに住み続けらんないって」


 パタパタと手を振ってから、カミラは地べたに座ったまま俺の顔をじっと見上げてくる。

 真紅の瞳に見つめられ、俺は反射的にカミラの首筋に刀身を触れさせる。

 俺の攻撃的な反応に、カミラはむしろ面白がるように笑いやがった。


「あーしの魅了チャームの魔眼も効かない、か……キミ、一体なにもの?」

「……魔族に素直に名前を教えるとでも?」

「えー? こっちは自己紹介もしたのに、ひどくない? 帝国の人間って、そんな失礼な感じなん?」


 ぐっ……まさか魔族に良識を疑われるとは……


「わ、わかったよ。俺はカイル。カイル・セレナイフだ。しがない貴族の六男坊だよ」

「しがない貴族、ねぇ……その体質は生まれつき?」

「た、体質って何の話だ?」

「あはは、声うわずってるって。ごまかすの下手だなぁ、カイルっち」

「カ、カイルっち?」


 …………今更だが、こいつはなんでこの状況で、こんなフランクに話しかけて来られるんだ?

 いまだ首元に突きつけられたままの長剣に見向きもせず、カミラは俺を追及してくる。


「キミ、魔法が効かない体質なんじゃない? あ、隠しても無駄だから。この階層に下りてくるまでの戦いぶりも、結構見させてもらってたし」


 ごまかしようのない念押しをされ、俺は内心でため息をもらしながら答えることにした。


「……生まれつきかどうかは知らん。ただ、物心ついた頃からはそうだったな」

「ふ〜ん。それって、具体的にどのくらいの歳?」

「さあ……五、六歳かな」


 それ以前のことは、正直何も記憶がない。

 どうせ記憶があったところでろくなもんじゃないと思っていたので、さして気にしていなかったが、カミラはなぜか興味深げに笑みを深めていた。


「ふ〜ん……なるほどね。カイルっち、やっぱ面白いわ。あーし自ら足を運んだ甲斐があったね」


 言って、カミラは地べたから立ち上がろうとする。

 俺は反射的に剣を引くべきかどうか迷い――迷っている間に、カミラは長剣の刀身をつかんで自分の首元に押し付けた。


「な、何を……っ!」


 俺は声を上げかけ、驚きのあまり口をつぐんだ。

 カミラの首筋はばっくりと裂かれていたが、その傷口からはほとんど血が出ていなかった。

 その上、見る見る内に傷口がふさがっていく。


 治癒が進む首元の傷を指さしながら、カミラは歯を見せて笑顔を浮かべた。


「カイルっちの体質を教えてもらった代わりに、あーしの体質も教えとくわ。あーし、死ねない体だから、そこんとこよろしく」


 ――そう言えば、吸血鬼はフィクションじゃ不老不死って相場が決まってたな。

 だがあまりに美しい容姿のせいか、妙に明るい性格のせいか、あまり魔物や化け物って感じはしないんだよな……


 俺は妙に感心しながら、長剣を鞘に戻した。

 俺から敵意が消えたのを察したのか、カミラは腰の後ろで指を組んで、嬉しそうな顔で俺を見上げてきた。


「とりあえず今日はもう帰りな、カイルっち。どうせまたここに来るんでしょ? そん時、また色々話そうよ」

「いや、俺はレベリングをしたいんだが……」

「レベリング? ……よくわかんないけど、強い相手と戦いたいなら手伝うからさ。あ、それと、この階層までの近道も教えてあげるよ」


 マジか。八十階層までの近道なんて、知ってたらクルトとの決闘でめちゃくちゃ有利じゃねえか。

 そう思ったものの、すぐにカミラが釘を差してきた。


「あ。でも近道のことは他の人に教えちゃダメだからね? あーしのことも絶対口外禁止。いい?」

「いいけど……そんな口約束したところで、お前は俺を信用できるのか?」

「あーしが人の器も見れないような間抜けに見える? カイルっちなら信用できるから言ってんの」


 信用できる、ねえ……出会ってすぐの人間を、信用できるもクソもないと思うけどな。

 まぁこんな風に魔族との対話に応じてる時点で、俺も大概平和ボケしている感じなんだろうが……


「ほら、カイルっち。早く着いてきなって」


 カミラに急かされ、俺は自嘲気味に嘆息してから、ボス部屋の奥へ進む彼女を追いかけることにした。

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