第12話 ギャル吸血鬼と再会する。二人でダンジョンをもぐる。

 翌日も夜になると、俺はひとりでダンジョンに入った。

 カミラに教えてもらった近道を通ると、二十階層から昇降機を使って一気に八十階層のボス部屋の先に移動できる。

 かなりありがたい設備だが、その分セキュリティも厳重で、カミラに教えてもらわなければ絶対に見つけることは不可能だったろう。


 八十階層で昇降機を下りると、通路でカミラが笑みを浮かべて待っていた。


「ちぃーっす。昨日ぶりだね、カイルっち」

「……まさか、俺が来るまでここで待ってたのか?」

「そこまでヒマじゃないって。昇降機が動くのを感知したから、ここで待ってただけ」


 いずれにしても、わざわざ出迎えてくれたことは確からしい。

 魔族相手からの厚意をどう受け取っていいものか悩みつつ、俺はとりあえず下の階層へ下りることにする。


 八十一階層以降は未知の魔物が出る領域なので、油断は禁物だ。

 あらゆる包囲に気を配り、敵の気配に神経を尖らせなければいけない……のだが。

 俺は少し歩いてから立ち止まると、後ろをついてくるカミラを振り返った。


「なあ、お前もついてくるのか?」

「え? 当たり前じゃん。それともカイルっちは、こんな危ないところで女の子をひとりにする気? ひどくない?」

「いや、そもそもここはお前のダンジョンだろうが」

「そこでマジレスしちゃう? 冷たいなー、カイルっち」

「……っていうか、お前に後ろを歩かれてると、後ろから攻撃されそうで怖いんだよ」


 本音をぶちまけると、カミラは合点が言ったように手を打った。


「あー……そう言われると警戒されるのもわかるわー。てか、やっぱ魔族は信用できない感じ?」

「……魔族がっていうか、お前が何考えてるかわかんなくて怖いんだよ」


 正直、先入観持つほど魔族について知識も偏見もないしな。

 どちらかと言うと、原作知識が役に立たないカミラという存在自体に得体の知れなさを感じている。

 彼女はエリシャにとって敵なのか、味方なのか……それがわからないので、いまいち対応に困っているというのが正直なところだ。


 俺の言葉に気分を害したかと思ったが、カミラはなぜか面白がるように笑って俺の前に回り込んできた。


「魔族じゃなくて、あーしのせい? マジ? カイルっち的には、あーしのどのへんが信用できない感じ?」

「まずは、そのしゃべり方だな」

「え? これ? このダンジョンにもぐりにくる若い子のしゃべり方を参考にしてるんだけど、なんか変なん?」

「変……というか、めちゃくちゃギャルっぽいというか……」

「ギャル? なんそれ?」


 何と聞かれても説明に困るな。

 何にせよ、ギャル言葉で話しかけられると、前世の高校時代のトラウマがよみがえって猛烈に気分が沈む。


「そう言われても、もうこのしゃべり方で慣れちゃったしな〜。カイルっちにも慣れてもらうしかないね。で、他には?」

「……お前、なんで俺の前に姿を現したんだ?」

「わーお。いきなり核心つくじゃん。それ、そんな気になる?」

「気になって当然だろ。長い間存在を知られずに隠れてきたお前が、どうしていきなり俺の前にだけ姿を現した?」

「うーん……一言で言うのは難しいかなぁ」


 カミラは考えるようにあごに手を当ててから、爪の伸びた指を折りながら続ける。


「ずっとひとりでいたから単純に人恋しかったってのもあるしぃ、カイルっちが異常に強い理由が気になったのもあるかな。他には……」

「他には?」

「あーし、千年くらい生きてきたけど、恋愛したことが一度もないんだよね。みんな、あーしの魔眼で勝手にあーしを好きになっちゃうから、全然ときめかなくて」

「それがどうした」

「だから……魔法が効かないカイルっちを見て、もしかしたらこの子なら魔眼も効かないんじゃないか……あーしをときめかせてくれるんじゃないかなーって、期待しちゃったんだよね」


 言って、カミラは恥ずかしそうに頬を染めながら歯を見せて笑う。

 だが、俺は猛烈に違和感を覚えていた。


 ――魔族の感覚はわからんが、そんな理由でわざわざ人間の前に姿を現すものか?

 口に出された理由はどれもそれっぽくはあるが、なんとなく胡散うさん臭さを感じる。

 特に最後の理由なんかは、俺を動揺させて煙に巻こうとしているのが見え見えだ。


 おそらく、こいつはなんらかの計画があって、それに俺を利用しようとしているのだろう。

 だが、今のところその計画が何なのかまるで見当もつかない。

 仮に見当がついたとしても、昨日のを見せられたあとでは、俺にカミラを殺せないことは明白だ。

 ――結局、しばらくはこいつを信用したフリをして一緒に行動するのが無難か。


 そう結論すると、俺はカミラにうなずいてみせた。


「わかった。一旦それを信用することにする」

「えー? あーし、結構勇気出して告白したんだけど、その反応? カイルっち、そんなんじゃモテないよ?」


 ――俺がモテないことくらい、わかっとるわい!

 反射的にツッコミたくなったが、あまりにも虚しいのでやめておいた。


 会話が途切れたところで、俺はカミラと並んで歩きながら八十一階層を進んでいく。

 しばらく通路を進むと、魔物が待ち構える広い部屋に出た。


 待ち構えていた魔物は、いかにもな感じの悪魔達だった。

 禍々まがまがしい山羊やぎつのを生やした黒山羊の頭、巨大なカラスから移植したような黒い翼。

 山羊頭の下は人間風の筋肉質な上半身につながっているが、下半身は黒山羊のようで、つややかな毛並みとひづめが生えていた。

 こいつらはいわゆるところの、バフォメットというやつのようだ。


 バフォメットは大部屋に四体たむろしており、俺達の存在に気づくと一斉に魔法を組み上げ始めた。

 俺は反射的に斬空ざんくうを放ち、中央の二体を一撃でなぎ倒す。

 だが左右に残った二体が一瞬で魔法を構築し、俺に向かって解き放ってきた。


 第六階梯かいていの火魔法、イーヴィル・フレア。

 鉄どころかミスリルまで溶かす超高熱の二つの火球が、予測不能な軌道を描きながら俺に迫ってくる。

 地面を蹴ってそれを避けると、俺は一瞬で左のバフォメットに肉薄し、一撃で斬り伏せる。

 すぐに残った一体を振り返るが――残ったバフォメットは、すでに原型をとどめていなかった。


 バフォメットは真っ黒い球状の重力場に飲み込まれ、四肢があらぬ方向に捻じ曲げられていた。

 重力場は次第に収縮していき、バフォメットを四方から押しつぶして豆粒ほどのサイズまで圧縮してしまった。


 第七階梯の闇魔法、グラビティ・プレス。

 第五階梯魔法を常人の限界、第六階梯魔法を天才の限界とするなら、人外の領域とすら言える第七階梯魔法を使える人間など、この場にひとりしかいない。


「ふふんっ。どう、カイルっち? あーしも結構やれるっしょ?」


 鼻高々に言って、自慢げに薄い胸をそらしていたのは、当然カミラだった。


「ま、こんなザコ相手に第七階梯魔法なんて使う必要ないんだけど、派手な魔法使ったほうがカイルっちもテンション上がるっしょ? どう? ちょっとはあーしを見直した?」

「見直したというか、余計怖くなったというか……」

「は!? なんで!?」


 いや、あんな一瞬で第七階梯魔法を構築してぶっパナせるやつなんて、怖いに決まってるだろ。

 ツッコみたい気持ちを抑えつつ、俺は代わりに別のことを口にした。


「それより、今のやつ殺しちまってもよかったのか? 一応、お前のダンジョンの手下だろ?」

「あー。そんなん気にしなくてオッケーよ。あいつら、魔石で作ったただの魔物だし。あーしら魔族と違って、別に高い知能とかないから」

「そういうもんなのか」

「そーそー。人間で言うところの食用家畜に近い感じ? あ、もちろん食べないけどね。たまに血は吸うけど」

「……いや、吸うんかい」


 それ、マジで食用家畜じゃねえか。

 ツッコまれてなぜか嬉しげなカミラをほっといて、俺は先に進むことにした。

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