第13話 最深層まで到達する。ギャル吸血鬼と勝負する。

 二人で進むと、ダンジョンの攻略はかなり楽だった。

 ダンジョンの深層だけあって、魔物が使ってくる魔法はいずれも高度な魔法ばかりだが、いかに高威力な魔法と言えど避けてしまえば意味はない。

 更に言えば、魔法が直撃しても無意味とあっては尚更だ。


 ――まぁ俺の体質でどの魔法が防げてどの魔法が防げないかは正確にはわかってないので、第六階梯以上の魔法をまともに食らいたくはないんだけど。


 そんなこんなであっという間に百層のボス部屋前までたどり着くと、なぜかカミラは呆れたような顔をしていた。


「いや〜……凄腕なのはわかってたけど、さすがにここまでトントン拍子に来られると、ちょっと引くわ〜」

「それを言うなら、お前も楽勝そうだったろうが」

「そりゃ、あーしはこのダンジョンの主だし? 勝てないほうがやばいって感じだけど……ただの人間にこんな簡単に踏破されるなんて、マジ生まれて初めてなんですけど」

「はあ……」


 そう言われても、来れちゃったもんはしょうがない。


 ……というか、フィジカルで俺に勝てる魔物がいないってのは意外だったな。

 その分、どの魔物も高度な魔法を使ってきたが……人間社会が魔法絶対主義なのと同じように、魔族も似通った社会を築いていたのかもしれないな。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、カミラが唐突に百層のボス部屋の扉を開けた。


「…………って、おい! 何勝手に開けてんだ! こっちにも心の準備ってもんがあるんだぞ!?」

「えー? 今更それ言う? カイルっちにそんなもん必要ないっしょ」


 ざけんな! ここまで無事に下りて来られたのだって、万全の準備と警戒をしてたからだっつーの!

 俺が反論を口にする前に、カミラはからからと笑ってボス部屋の中に入っていく。


「それに、準備する必要なんてないって。だって、このボス部屋にボスなんかいないし」

「…………は?」

「だから、ここにボスなんかいないんだって。人間が下りてきたらシャドウ・ドールを使って分身を戦わせてるけど、基本的にはここはただの応接間だから」


 言って、部屋の内装を見ろと言わんばかりに、カミラは両手を広げた。

 よく見てみると、確かに室内にはテーブルやらソファやらが置かれており、ボス部屋というには妙な生活感が漂っていた。


 …………そういや、原作でも最新層のボス部屋はこんな感じだったな。

 かつて魔族が住んでましたよ的な雰囲気を残しつつ、ボス部屋に残された魔族の残留思念――実際はただの影分身――と戦う、という感じで妙なエモさがあったのを覚えている。

 まぁ、そもそもこのダンジョン自体原作ゲームではおまけ要素的な扱いで、百層のボス部屋までたどり着いても魔族周りの設定が深堀りされるだけで、何のお宝もないんだけどな。

 そう考えると、カミラも俺と同様、原作におけるであるという点で、似たような立場の人間なのか。


 妙な親近感を覚えながらボス部屋を眺めていると、カミラが俺の顔をのぞき込んできた。


「なになに? あーしの生活空間に興味しんしんな感じ? やー、ちょっと照れるなー」

「いや、そういうんじゃないんだが」

「えー? じゃあ、なんでまじまじ部屋を見てたわけー?」


 裏設定云々の話は言えないし、なんとなく言いたくないので、それは適当にはぐらかすことにした。


「いや、ボス部屋なのにお宝的なものはないんだなと」

「そんなの、踏破された時にとっくに持ち帰られてるってー」

「そりゃそうなんだろうが……ダンジョンの奥まで来て、ボスもいなけりゃお宝もないっても風情がないよなぁ」

「おっ。じゃあカイルっち、あーしと勝負しようよ!」

「勝負……?」


 唐突な提案に眉を寄せると、カミラは指を立てて説明してくる。


「そうそう! あーしと戦って、あーしが勝ったらカイルっちはあーしの言うことを聞く! 代わりに、カイルっちが勝ったらなんでも言うこと聞くからさ!」

「いや、それ俺に何のメリットもないだろ」

「そんなことないじゃん! カイルっちが勝ったら、あーしに何でも要求できるんだよ? この究極美麗な身体を自由にし放題ってワケ。ね、テンション上がるっしょ?」


 カミラがゴスロリドレスのスカートを、下着が見えないギリギリまでたくし上げ、ニーソックスとガーターベルトに包まれた細い足を見せびらかしてくる。

 精一杯色仕掛けしてるつもりなのだろうが、俺は鼻で笑ってやった。


「悪いが、女児に興奮するような変態じゃないんでな」

「はっ!? あーしが女児!? こう見えて千年は生きてるんですけど!? てか、見た目の年齢もカイルっちと三歳くらいしか離れてないじゃん!」

「急に正論っぽいことを……とにかく、俺はお前の幼児体型には興味ないんだよ!」

「なにそれ、超ムカつくんですけど!? こうなったら、無理やりにでもわからせてやるし!」


 言うなり、カミラは後ろに跳んで俺から距離を取った。

 そして、道中に見せた第七階梯かいてい魔法を組み上げ始める。


 ――って、ふざけんな! そんなもん直撃したら死ぬだろうが!

 いや、俺の体質なら大丈夫なのかもしれんが、自分の身体で確かめる気になどならない。

 カミラは俺のほうに指を向けると、組み上げた魔法を解き放つ。


「グラビティ・プレス!」


 声とともに、俺の頭上に球状の強力な重力場が発生する。

 凄まじい力に身体が勝手に引き寄せられそうになるが、俺は全力で地面を蹴って前に跳び、重力場の影響範囲から逃れた。


 と同時に、正面からカミラが肉薄してきた。

 右手の手刀しゅとうで俺の胸を突こうとするが、俺は半身になってなんとかかわす。

 だが、カミラの体術は俺の予想以上に優れていた。

 踏み込んだ右足を軸に身体を回転させながら、その回転の力を利用して左手で俺の顔面に殴りかかってくる。


 だが予想外ではあったものの、回避不能な一撃というわけではなかった。

 顔面に迫る拳を右手で受け止めると、俺はカミラのがら空きの頭に頭突きを叩き込む。

 ドゴォ――とすさまじく鈍い音がしてから、カミラが吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 カミラが痛みと衝撃でふらついている間に接近すると、俺は背後から彼女を組み伏せた。


「ったく、いきなり暴れ出しやがって……これで満足したか?」

「うぅ……まさか、あーしがこんなあっさり負けるなんて……カイルっち、マジで強すぎない? タイマンで魔族に勝つなんて、マジ化け物級の強さなんですけど」

「いや、俺の得意分野に持ち込んだだけだからなぁ。お前がもっと遠距離から魔法を撃ってきてたら、正直どうなってたかわからんぞ」

「いやいや、カイルっちの体質ならあーしの魔法も効かないって。あーしの魔眼だって防げるんだから、間違いないよ」

「どうだかな」


 カミラは俺の体質の絶対性を主張してくるが、根拠があって言ってるというより、本人の願望が多分に含まれてそうなんだよな……

 いきなり勝負を仕掛けてきたのも、本当のところ、俺の体質でどこまでの魔法に耐えられるかを試したかったんじゃなかろうか。


 そんな疑惑の目でカミラを見ていると、カミラは組み伏せられたまま首をひねってこちらに視線を向けてきた。


「それで、カイルっちはあーしに何をさせる気なん? もしかして、このまま抵抗できないあーしにドエロいことをする気、とか……?」

「んなわけあるか」


 カミラの戯言たわごと一蹴いっしゅうしてから、俺は少しだけ思案してから言った。


「じゃあ、明日からも俺のレベリング……特訓に付き合ってくれ、ってのはどうだ?」

「え? そんなんでいいの? てか、それくらい元から手伝うつもりだったけど」

「元々そっちに何のメリットもない話だからな。俺が勝負に勝った条件として手伝ってもらうなら、こっちも気兼ねしないで済む」

「そんな、気兼ねなんてする必要ないのに。あーしらの仲じゃん?」

「いや、どんな仲だよ……」


 俺はツッコみながら、カミラの拘束を解いて距離を取った。


 ――正直、他にもカミラへの要求に関しては候補があった。


 ひとつは、俺に一切ちょっかい出さないこと。

 妙に人懐っこいが、何か企んでそうなカミラに付きまとわれるのも不安だったので、これも候補のひとつだったのだが……目の届かないところで暗躍されるほうが厄介だと思い、却下した。


 もうひとつは、ダンジョン内でエリシャを危険から守ること。

 クルトが決闘で何を仕掛けてくるかわからないため、安全のためにカミラの協力を得ることも考えたのだが……さっきも言った通り、こいつはどうにも何か企んでそうな気がする。

 そんなやつにエリシャの情報を握らせてしまったら、最悪エリシャを人質に取って、俺の生殺与奪権を握られかねない。

 そんな危険をおかすくらいなら、自分でエリシャを守ったほうが安全だろう。


「じゃ、早速特訓しようか!」


 こっちの思惑に気づいていないのか、カミラはギャルらしい明るい笑顔で、再度交戦の構えを取った。

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