第14話 決闘前日になる。エリシャと密談する。

 そんなこんなで、あっという間に決闘の前日になった。

 この一ヶ月間、基本的に日中はエリシャ達とダンジョン探索、夜はカミラと深層でレベリングを繰り返していたため、それなりに疲れがたまっていた。

 今日は明日の決闘に備え、ダンジョン探索は一切なしで、全員休養日ということになった。


 放課後になると、エリシャがひとりで教室を出ていった。

 俺はすかさず席を立つと、エリシャの後をこっそりとつける。

 案の定、エリシャは訓練場に入っていくと、むちを手に取って鎧に向き合おうとしていた。


「ちょっと待った!」


 俺は慌てて止めに入ると、エリシャは特に驚いた風もなく俺を見た。


「つけてきてるんじゃないかとは思ってたけど、本当に来てたのね」

「バレてたのか……」

「カイルの行動パターンくらい、さすがに読めるわよ。どうせ私が気負って、自主練するんじゃないかって心配してついてきたんでしょう?」

「まぁな。実際、そうだったみたいだし」


 エリシャは手に持った鞭を見下ろして、小さく苦笑した。


「私の人生がかかってるからね。ほんの少しでも手を抜きたくないのよ」

「そうは言うけど、エリシャは第五階梯かいていの魔法も使えるようになったし、三人で三十層までもぐれるようになってたじゃないか。俺も一緒に戦えば、クルト達に負けることはないと思うぞ」

「そうだといいんだけど、どうしても不安なのよ」


 ……まぁ、エリシャが不安がるのも当然か。

 明日の勝負に負ければ、エリシャはクルトと婚約させられる。

 エリシャは皇女として政略結婚は避けられない立場だが、クルトは俺から見てもエリシャの結婚相手としては最悪だ。

 エリシャとは考えがまったく合わないし、エリシャの意見を立てる気も毛頭ない。

 皇家の血筋と都合のいい妻が欲しいだけで、エリシャの人格などどうでもいいとすら思っている風だった。

 あんなやつをエリシャと結婚させるくらいなら、死刑になってでも俺の手でクルトを暗殺するほうがマシだ。


 俺が黙考していると、エリシャが俺の顔をのぞきこんできた。


「また何か考え込んでる」

「またって何だよ、またって」

「自覚ないの? 最近、たまにぼんやり考え事してる時があるでしょう? ダンジョン探索でも、いつの間にか前みたいに『戦闘に参加させてくれ』って言わなくなったし。あんまりわかりやすいから、クラリスもたぶん気づいていると思うわよ?」


 …………俺、そんなわかりやすかったのか。

 自分の間抜けさ加減に呆れ返っていると、エリシャはくすりと笑みをこぼした。


「あなたの考えてることくらいわかるわ。生徒会長の悪巧わるだくみに備えて、色々考えて動いてくれてたんでしょう?」

「そ、そこまでバレてるのか……」

「私はあなたの主人なのよ? それくらいわかって当然よ」


 なぜか自慢げに言うが、俺としてはあまりにも全部見透かされててめちゃくちゃ恥ずかしい。


「ま、あなたのことだから多少無茶をしてるのは想像つくけどね」

「……俺が何をしてたのかとか、聞かないのか?」

「プライベートなことをあまり詮索せんさくしすぎるのもね。もちろん、あなたが話したいのなら喜んで聞くけど?」


 エリシャに問われ、俺は苦笑いでごまかした。


 ――夜にひとりでダンジョンの最深部までもぐっていたなんて、エリシャにはあまり言いたくない。

 士官学校は夜にダンジョンにもぐることを許可していないし、無断で夜に寮を抜け出すのも普通に規則違反だ。

 そんなルール的にアウトなことをしてると知られたら、エリシャの潔癖さならクルトに不戦敗を申告しかねない。


 そういう汚い部分は、俺が勝手に進めて、いざという時に俺ひとりで責任を取ればいい。

 俺のやったことでエリシャに迷惑をかけるなんて、死んでもごめんだ。


 俺は秘密を腹に飲み下すと、話題を変えることにした。


「ま、まぁ、君がクルトと結婚なんて最悪だからな。そうならないように全力を尽くすよ」

「……そうね」


 思案げなエリシャの反応を見て、俺は思わず不安になってしまった。


「ま、まさかクルトと結婚してもいいなんて思ってないよな?」

「当然よ。あんなやつと結婚するくらいなら、死んだほうがマシだわ。でも……」

「で、でも……?」


 エリシャは少しだけ言いよどんでから、口を開く。


「でも……今は逃れられても、いつかは政略結婚させられるのよね。クルトは最悪だけど、家柄が釣り合ってるって理屈はわかる。結婚させられるとしたら、たぶんレヴァイン家かセレナイフ家のどっちかになるのよね……」

「そ、そうだよな……」


 理屈ではそうなるのだろうが、実家の兄貴どもを見てきた俺としては、誰一人エリシャに推薦する気にはなれない。

 どいつもこいつも、ロルフに負けず劣らずの難物なんぶつばかりだった。

 正直、あの中から結婚相手を選ぶつもりなら、絶対にやめておけとしか言いようがないのだが……


「……ねえ、カイルはどう思う?」

「えっ!? な、何が!?」

「だから……私が二大名家と結婚するの、カイルはどう思うのかな……って」


 なぜか頬を赤らめて、勇気を振り絞った感じでエリシャが言うが、俺は頭がパニクって冷静に状況を判断できていなかった。


「い、いやー……エ、エリシャがいいなら止めないけど、相手はちゃんと選んだほうがいいかなーって、俺は思うけどなぁ」

「……………………は? あー…………そういうことね」


 エリシャは何かに気づいたように冷めた顔をすると、呆れたように嘆息した。


「……人がせっかく勇気出したっていうのに、この朴念仁ぼくねんじんは……」

「え? 俺、何かまずいことした……?」

「何でもないわよ、もう」


 もう一度ため息をもらしてから、エリシャは吹き出した。


「ぷっ……あはははっ! もう……カイルってば、本当にこっち方面の話はダメなんだから」

「は、はあ……なんかごめん」

「いいわよ、もう。それに……カイルと話してたら、婚約のことなんかで真剣に悩んでるのがバカらしくなってきたわ」

「そ、それならよかった。君が望まない結婚をするなんて、絶対に嫌だからな」

「安心なさい。あなたがそばにいてくれる限り、私は心を捨てて生きるつもりはないわ」


 何がどうなったのかさっぱりわからないが、エリシャの悩みが吹っ切れたのなら何よりだ。


「……でも、ここまで言って伝わらないということは、もっと強引な手を使うしかないかもしれないわね」


 訓練場を出ながら、エリシャが何やら物騒なことをぶつぶつとつぶやいていたが、俺は聞かなかったことにした。

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