第15話 決闘が始まる。生徒会長を追う。

 週末を迎え、決闘の当日になった。


 休日の午後、俺達はダンジョンの入口に集まっていた。

 守衛が見守る前で、俺達一年生パーティと生徒会パーティがそれぞれ列をなしながら対面していた。

 今回の探索に先生の同行はなく、俺達はいつもの同級生メンバーだけだ。

 生徒会も俺達と同数の四人で、会長のクルト、副会長のメリエルもいつもの制服姿に上に武装をしていた。


 クルトは鋼鉄製の肩当てに派手な装飾が施された槍を持っており、メリエルも弓をたずさええている。

 他の二人――両方男だ、ちなみに――も剣や杖で武装しており、それぞれ誰が前衛で誰が後衛なのかぱっと見でわかる。


 俺達もダンジョン探索で稼いだ資金で、武装を整えていた。

 エリシャとクラリスは魔法耐性と防刃性の高いマントを羽織り、アルスも魔物の皮製の肩当てを装備している。

 ちなみに俺は、士官学校の制服に、実家でダンジョン探索に使っていた剣というシンプルな出で立ちだ。

 実家で使っていた装備一式を使おうかとも思ったが、クルトに難癖をつけられたら面倒なので、一応剣だけにしておいた。


 クルトは俺達のコスパ重視の装備を見て鼻で笑ってから、エリシャに話しかけた。


「念のためルールを確認しておきましょうか。お互いのパーティで同時にダンジョンにもぐり、より深い層までもぐったパーティが勝ち。制限時間は……そうですね。三時間としましょうか」

「問題ないわ。どちらがより下層へもぐったかの証明は、この魔道具の位置情報発信機能で行う……ですよね?」


 エリシャが胸につけたブローチ型の魔道具を示すと、クルトは黙ってうなずいた。


 魔道具と言っても、基本的にこの世界の魔道具に強力な効果のものは多くない。

 高度な魔力文明を誇っていた魔族の魔装まそうの類は別だが、それ以外の魔道具はちょっとした便利機能がついてるだけのアイテムって程度だ。

 魔道具に魔力を流れ込むことで、魔道具内部に刻まれた術式が自動的で魔法を発動させる仕組みだが、当然、一流の魔法師が組み上げる魔法とは比較にならない。

 位置情報を伝えたり、魔力の流れを発信するくらいのシンプルな魔法なら有用だが、戦闘で使えるような魔道具はほとんどないらしい。


 ちなみに、このブローチはエリシャとクルトだけでなく、俺とメリエルの胸にもついている。

 魔道具による不正防止のため、お互いのパーティで二つずつ魔道具を用意した上で、一つを交換してリーダーとサブリーダーに装備している形だ。

 これで仮にクルト達が「強制的に百層の位置を発信するインチキ魔道具」を用意していたとしても、俺達が渡した魔道具のほうが正確な位置を伝えてくれるので、不正はできないってわけだ。


「開始は……三時ちょうどになったタイミングでいいかしら」

「構いませんよ」


 クルトはうなずいてから、懐中時計で時計を確認する。

 三時ちょうどまであと三分。

 その場にいる全員に張り詰めた緊張感がただよう中、クルトは特に気負った様子もなくエリシャに雑談を振っていた。


「皇女殿下、念のため申しておきますが、くれぐれもご無理はなさらぬよう。我々と実力差があったとて、それは恥ずべきことではありません。皇女殿下のお身体を危険にさらすのは、我々も本意ではないので」

御託ごたくを並べていていいんですか、レヴァインきょう。もうすぐ決闘が始まるんですよ?」

「問題ありませんよ、皇女殿下。何しろ――」


 そこまで言って、クルトは口の端を吊り上げた。


「これも作戦の内ですから」


 言葉とともに。

 教会のほうから、三時ちょうどの鐘が鳴り響く。


 と同時に、クルト達のパーティが一斉に動き出した。

 メリエルが妨害用の突風を巻き起こして俺達の足を止め、杖を持った男がダンジョンの入口にクリエイト・ゴーレムで巨大な土人形ゴーレムを生み出す。

 俺達が足止めをくらっている内に、クルト達は全速力でダンジョン内に走っていった。


 …………あー。そういや、「お互いのパーティに攻撃や妨害はしちゃダメ」なんてルールはなかったな。

 クルトが執拗しつようにエリシャに話しかけていたのも、一番頭が回りそうな相手に、そのことを悟らせないようにしていたのか。


 俺は納得すると同時に、自分のパーティの状況を確認した。

 エリシャとクラリスはいまだ吹き荒れる暴風に必死で耐えており、アルスはなんとか動けそうだったが土人形を相手できるほどではない。

 状況を一瞬で見極めてから、俺は腰の鞘から長剣を抜き放った。


 剣を一閃させ、その真空波で吹き荒れる暴風を押し返し、入口を塞いだ土人形も一撃で斬り捨てる。

 五メートルほどあった土人形は、俺達に攻撃する間もなく、轟音を上げて地面に崩れていった。


 その場に静寂が戻ると、俺はエリシャ達を振り返って言った。


「先を越されたが、時間はたっぷりある。焦らず行こう」

「……なんていうか、君が味方で本当によかったよ、カイル」

「この奇襲を見抜けなかった自分の間抜けさに腹が立ってたけど、なんだか急にどうでもよくなってきたわ」

「はぁ……あれだけ一生懸命頑張ってきたのに、カイルさんに追いつけている気がまったくしないです……」


 なぜか全員から呆れた顔をされてしまった。

 ……なんかわからんけど、ごめんて。


   ◆


 クルト達の後を追って、俺達はダンジョンをひたすら進んでいった。

 前衛はアルス、しんがりには俺がつき、エリシャとクラリスを挟むような陣形で進んでいく。

 事前の作戦通り、基本戦闘はエリシャ達三人で行い、俺の戦力は温存しながら進む形だ。


 ダンジョンに入って二時間ほど経ったところで、俺達は二十五階層のボス部屋で休憩を取ることにした。


「……さすがにこのハイペースで進むのはきついわね」


 エリシャは地面に腰を下ろし、額の汗をぬぐいながら言った。

 アルスもそれなりに疲労がたまっていそうで、クラリスに至っては苦しげに胸を押さえて肩で息をしていた。


 それも当然だ。二時間で二十五階層となると、一階層を平均五分ほどで踏破するペースだ。

 当然移動も最短距離を走り続ける必要があり、五階ごとに立ちふさがるフロアボスとの戦闘も、可能な限り迅速に終わらせねばならない。

 普通の探索ではありえないペースで、ほとんど自殺行為とも言えるような進み方だった。


 ――それでも、俺達はまだクルト達のパーティを追い越すどころか、追いついてさえいなかった。


 クルト達の魔道具が発する位置情報は、俺達より数階層下から発せられている。

 距離的に、おそらく二階層下の二十七階層あたりだろうか。


「一体どういうこと……? レヴァインきょう達は、どうしてあんなペースでダンジョンを進めるの……?」

「装備の差……が、ここまで探索速度に影響するとは思えないよね」


 アルスの言葉に、エリシャはうなずいた。


「入口で見た時、彼らがそこまで強力な装備をしていたようには見えなかったわ」

「じゃあ、なんらかの細工で位置情報をごまかしてるとか?」

「片方は私達が調達したものだから、それは難しいと思うわ。ダンジョンを進みながら、魔道具の術式を書き換えるなんて、それこそ至難のわざだもの」

「なら、彼らは一体どうやってこんな速度で進んでるんだろう? それとも……僕らと彼らの実力差は、それほどまでに離れているってことなのかな」


 アルスが発した言葉に、エリシャもクラリスも暗い表情を浮かべる。

 まぁ一ヶ月もかけて真剣に特訓したのに、相手との実力差が想像以上に大きかったら、そら落ち込むわな。

 だが、俺には別の考えがあった。


「あいつらは確かに強いけど、こんな強行軍をできるほどじゃないよ」

「……なら、カイルは彼らの探索速度はなぜだと思うの?」

「たぶんだけど、レヴァイン家の長男からショートカットルートを事前に聞いてるんじゃないか?」


 レヴァイン家の長男――クルトの兄であるゼクス・レヴァインは有名なダンジョンフリークだ。

 探索可能なあらゆるダンジョンにもぐり、魔物や素材を持ち帰っては実験を繰り返し、強力な人工魔物キメラを秘密裏に開発しているのだ。

 それは強力な軍事力を持つセレナイフ家に対抗するためでもあるのだが、八割くらいは本人の嗜好の問題らしい。


 そんな彼のことだから、このダンジョンも当然調べ尽くしたはずだ。

 カミラが教えてくれた昇降機には気付けなかったとしても、他のショートカットルートを知っていてもおかしくない。

 ……ちなみに、原作ではショートカットルートなどひとつもなかったので、前世の記憶は当てにできそうもない。


 俺の考えを聞いて、三人は納得したようにうなずいた。


「……確かに、それなら彼らの探索速度も納得だわ」

「まぁ、それでもだいぶ強行軍だけどな。三十階層を越えてもあの速度で進んでいたら、普通に全滅しかねんぞ」

「で、でも……もし生徒会長達がペースを落としたとしても、ショートカットルートを使われ続けたら、私達に勝ち目はないんじゃ……?」


 クラリスが言うので、俺は口の端を吊り上げて笑った。

 対照的に、なぜかエリシャとアルスが吐き気をもよおしたように顔を青ざめさせる。


「心配するな。あっちが高速で移動するなら、こっちはもっと高速で移動すればいいだけだ」

「そ、そんなことできるんですか!? さすがカイルさんです!」

「……やっぱりこうなるのね。うっ……思い出したら吐き気が」

「え? エリシャさん、どうして急に吐き気が……? はっ!? まさか、つわりですか!? カイルさん、エリシャさんに一体どんなドエロいことを……!?」

「んなわけあるか!」


 クラリスが鼻息を荒くして顔を寄せてくるのを、俺はツッコミを入れながら押し戻した。

 俺は立ち上がって三人を見下ろすと、にやりと笑って彼らに告げる。


「ま、元からこのために俺の体力を温存してくれてたわけだしな。こっから先は存分に仕事させてもらうぜ」

「はい! 頼りにしてます、カイルさん!」


 目をキラキラと輝かせるクラリスと反して、エリシャとアルスはなぜか諦めたように嘆息をもらしていた。

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