第16話 追いつく。生徒会長をこらしめる。

 俺はダンジョン内を全力疾走で駆けていた。

 両腕にはエリシャとクラリスを抱え、背中にはアルスを背負いながら、最短距離でダンジョンを突き進む。

 一階層を一分で踏破するスピードで突き進み、あっという間に三十階層のボス部屋の前までたどり着いた。

 フロアボスのアイアンゴーレムを蹴り一発で粉砕すると、更に下の階層へと驀進ばくしんする。


 クルト達の位置情報は、三十二階層から発信されている。

 ショートカットを使って異常なペースで突き進んでいるようだが、やはり三十層を超えたあたりから彼らの足取りも重くなっていた。

 俺達が休憩していた時ですら移動し続けていたわけだし、疲労がたまっていて当然だ。

 そして、このチャンスをみすみす逃してやるほど、俺も甘くはなかった。


 三十一階層をあっという間に踏破すると、俺は三十二階層に下りる。

 移動速度のせいで魔道具による不正を疑われても面倒なので、俺は一旦クルト達のいるほうへ向かうことにした。

 さすがに、実際に三十二階層にいるところを見れば、位置情報を偽装したなんていちゃもんをつけられることもあるまい。


 全速力でクルト達のいるほうへ向かうと、すぐに彼らの姿が見えてきた。


 クルト達は魔物どもと戦闘の真っ最中で、かなり追い詰められていた。

 クルトは槍を落とした上、体長五メートルほどのグリフォンの足で地面に押さえつけられており、なにやらわめきながら拘束から逃れようと無意味にもがいている。

 メリエルは弓を片手にもう一匹のグリフォンと交戦しているが、片腕は折れて垂れ下がっており、魔法の威力も落ちていて敗色濃厚だ。

 メリエルの背後には倒れ伏した二人の生徒会役員がおり、こちらは生きてはいるものの完全に戦闘不能状態だった。


 俺は瞬時に状況を察すると、嘆息をもらした。


 ――こいつらを見殺しにしてもいいが、そうなると次の生徒会長が決まるまで、またダンジョン探索の申請待ちになるんだよな。

 正直、それは面倒くさいし、目の前で死にそうになってる人を見捨てるのも寝覚めが悪い。

 第一、彼らを見捨てることをエリシャが許さないだろう。


 俺はメリエルとグリフォンの間に割って入ると、グリフォンの突き出してきた前肢を蹴り上げた。

 その一撃でグリフォンの前肢はちぎれて天井に吹き飛び、血しぶきが舞う。

 グリフォンは激痛のあまり絶叫を上げながら、怒りに任せて俺に突っ込んでくる。

 全身全霊の突進で俺を踏み潰そうとしてくるが、俺は軽く跳んでやつの胸を足の裏で蹴った。

 爆散しない程度の威力で蹴ったので、グリフォンは壁まで吹き飛び、そのまま壁にめり込んで原型をとどめたまま息絶えた。


 クルトのほうに向き直ると、やつは俺の戦いを見て呆然としていた。

 残ったグリフォンもこちらの戦いを見ていたらしく、クルトから完全に視線を外して俺を注視し、戦うべきか逃げるべきか悩んでいるようだった。

 俺がグリフォンをにらみつけると、やつは怯えた猫のように一目散に逃げていった。


 周囲に魔物の気配がなくなったことを確認すると、俺はようやく両腕に抱えたエリシャとクラリス、背負ったアルスを地面に下ろした。

 三人ともなぜか青ざめた顔をしてよろけているが、すぐにやるべきことを判断して行動を起こす。

 クラリスがメリエル達の下に向かい、怪我人に回復魔法をかけていき、アルスはその護衛と補佐を買って出ている。

 エリシャは俺の隣に立つと、立ち上がって槍を拾っているクルトのほうに歩み寄った。


「ご無事ですか、レヴァインきょう

「ご、ご覧の通り無事ですとも! だ、第一あんな魔物、私達だけで倒せていましたよ!」

「あら。私には武器も手放して魔法も使えず、全滅寸前に見えましたけど」

「ぐっ……そ、それは……!」


 クルトは怒りで顔を赤くしてから、メリエル達のほうを振り返った。


「そもそも、あの下民げみんどもが警戒をおこたっていたのが原因です! やつらがまともに役に立っていれば、こんな無様をさらすことなどなかったのに……」

「おやめなさい、レヴァイン卿」


 エリシャはぴしゃりと切り捨てると、絶対零度の視線でクルトを睨み据えた。


「あんな無茶なスピードでダンジョンを下りていたら、疲労で注意散漫になるのは当然です。そんなこともわからず、自分のパーティの能力を過信していたのなら、その責任を追うべきなのはリーダーであるあなたです」

「バ、バカな……私は間違ってなどいない! 私は誰よりも賢く、誰よりも優れているんだ!」

「――いい加減にしてください!」


 二人の会話に割り込んできたのは、メリエルだった。

 折れた腕はクラリスに治癒してもらったようだが、疲労が色濃く残った顔でこちらに歩み寄ると、エリシャの隣に並んで彼女は続ける。


「あんなペースで進んでいたら危険だと、何度も生徒会長に進言したじゃないですか! それなのに、あなたは『下民は黙って言うことを聞け』と言って聞かなかった……この戦いに負けられない事情はわかりますが、それでも仲間の命まで危険にさらすなんて許せません!」

「仲間? 笑わせるな! 貴様らは私の道具に過ぎん。貴様ら下民どもが私のために命を尽くすのは当然のことだろうが! その程度のことでいちいちわめき立てるな!」


 …………こいつ、マジで終わってんな。

 俺が呆れ果てていると、エリシャが俺の腕を肘でつついてきた。


「セレナイフ卿、あなたも何か言ってちょうだい」

「お、俺?」


 エリシャに無茶振りされ、俺はクルトに向き直った。

 先程の戦闘を見たせいか、クルトは俺と視線が合うと怯えたように一歩後ずさった。

 だが、すぐにそれに恥じたように顔を赤くし、怒りに任せて暴言を吐いてくる。


「セレナイフ家の出来損ないごときが、私に何を言う気だ!? どうせさっきの戦いも、何かインチキしていたんだろうが!」

「いや、あんなやつらインチキするほどの相手でもないだろ」

「な、何っ!?」

「っていうか、あの程度のザコ相手に苦戦するようなら、無理してこんなところまで下りないほうがいいぞ」


 親切心から言うと、クルトは更に怒りで顔を真っ赤にした。


「ふ、ざけるなぁ……っ!」


 雄叫びとともに、クルトは一瞬で第五階梯かいていの風魔法ブラスト・ファングを組み上げ、俺達に向けて解き放ってくる。

 無数の暴風が牙となって襲いかかり、対象をずたずたに斬り裂く強力な攻撃魔法だ。

 それを一瞬で構築して解き放つ魔法制御能力は、実際大したものだ。

 が。


 ――これ、効果範囲に俺どころかエリシャとメリエルも入ってるじゃねえか!


 俺だけなら避けりゃいいだけなんだが、それでは二人が無事では済まない。

 俺は腰だめに拳をためると、全力で突き出した。

 突き出した拳が生んだ衝撃波が、正面から襲い来る暴風の牙をかき消し、その向こうにいたクルトまで壁際まで吹き飛ばす。

 カミラとの特訓で編み出した体術――名付けて、飛翔拳ひしょうけんだ。


 メリエルは唖然とした顔で俺を見てくるが、エリシャはやはり誇らしげに胸を張っていた。


「だから言ったでしょう? 、って」

「この国でも随一の逸材って、ハッタリじゃなかったのね……」

「……いや、それは普通にハッタリだ」


 メリエルの驚きの声に小声でツッコんでから、俺はクルトに視線を戻した。

 やつは怒りと屈辱を噛み締めているのか、凄まじい形相で俺のことを睨んでいた。

 壁に打ち付けられた痛みすら感じていないのか、クルトは憎悪のこもった声をもらしながら制服の懐をまさぐっていた。


「カイル・セレナイフ……貴様さえ……貴様さえいなければ……っ!」

「責任転嫁はやめなさい。あなたの破滅は、あなた自身の傲慢ごうまんが招いたものよ。それを理解しなければ、あなたは一生同じ過ちを繰り返し続けるわ」

「黙れ! お飾りの皇女ごときがっ! 私の思い通りにならないゴミどもなど、この場で全員消してやるっ!」


 エリシャに対して暴言を吐くと、やつは制服から禍々まがまがしい紫色の魔石を取り出した。

 邪悪な色をしたこぶし大のそれに、俺は見覚えがあった。


 ――原作である『葬国そうこくのエルロード』の終盤、学園を卒業したアルス達が反乱軍を率い、レヴァイン領を攻め込んだ時に出てくる代物。

 レヴァイン家の長男ゼクス・レヴァインが心血を注いで作り上げた人工魔物キメラ、その最高傑作のひとつが封じられた魔石だ。


 俺は慌ててクルトに飛びかかろうとするが、魔石がクルトの魔力を吸収するほうが遥かに速かった。


「出でよ、毒の魔将ましょうザリツ!」


 クルトの声と同時に、ダンジョン内に凄まじい瘴気しょうきが立ち込めた。

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