第17話 魔将が顕現する。ぶちのめす。

 ザリツと呼ばれたその魔物はクルトの魔力を取り込み、魔石を核にして受肉した。


 紫色の肌をした人型の魔物だが、顔には金色に輝く目のみが存在し、髪もなくつるりとした見た目をしている。

 人型だけあって四肢があって二足で立っているが、その手も足もゲル状になっていてぼとぼとと床に溶け落ちている。

 溶け落ちた手足の欠片はダンジョンの床を酸のように溶かし、本体と同様に毒々しい瘴気しょうきを放っている。


 ――冗談じゃないぞ! なんでこんなところで、終盤の敵と戦わなきゃならないんだ!


 非常事態に俺は焦るが、それを見たクルトは意気揚々ようようとこちらを指さしてきた。


「見たか、兄さんが生み出した我が家の将を! いかに貴様が強かろうと、こいつを倒せるわけが……ごふっ!」


 突然、クルトが吐血してその場に倒れた。

 まぁ、それも当然だろう。強烈な瘴気を放つザリツのそばにずっと立っているのだ。体の中に瘴気が入り込んで、毒が体内を侵していてもおかしくはない。


 自業自得のクルトは放っておいて、俺は背後に目をやった。

 エリシャ達やメリエル達生徒会メンバーでは、当然こいつと戦えるわけがない。

 かといって、この怪物をここに放置することはできない。

 放っておいたら無関係の探索者を殺戮しかねないし、何よりこいつ自身俺達を逃がす気はないだろう。


 俺はザリツに向き直ってから、後ろの面々に向けて声を上げた。


「こいつは俺がなんとかする。君達は先に逃げろ!」

「ま、待ちなさい、カイル! あなた、ちゃんと勝算があって言ってるんでしょうね!?」

「そ、それは……」


 エリシャの問いに、俺は思わず口ごもってしまった。

 正直、こいつ相手に勝てるかどうかなんて自信はない。俺もそれなりには強いはずだが、このレベルのボスキャラとはまだ戦ってなかったしな……

 俺の不安を感じ取ってしまったらしく、エリシャはすかさず詰めてくる。


「やっぱり、勝ち目があるかわからないんじゃない! 言っておくけど、私はあなたひとりを犠牲にして生き残る気なんてないわよ!?」

「そ、そうですよ、カイルさん! 私の回復魔法だって、役に立つはずです!」


 クラリスまで言い募ってくるが、正直俺は戸惑っていた。

 ……いや、気持ちはありがたいけど、逃げてくれって! ザリツの攻撃を受けたら、みんな一撃で死んじまうんだぞ!?


 俺が困惑していると、場違いなほど明るい声が割って入ってきた。


「なんだか困っているみたいじゃん、カイルっち」


 声とともに俺の隣に並んだのは、当然カミラだった。

 突然の闖入者に、背後から驚きに息を飲む音が聞こえる。俺は背後の皆を安心させるために、カミラの問いかけに応じた。


「見ての通り、超困ってるよ。わざわざ顔を出したってことは、倒すのを手伝ってくれるのか? カミラ」

「ま、カイルっちを死なせるわけにはいかないし? 安心して戦えるように、後ろの子達を守ったげるよ」


 ……一緒に戦ってはくれんのか。まぁ、それでも十分助かるが。

 なんとなくカミラに借りを作るのは危険な気もするが、今はそんなことも言ってられない。


 カミラはザリツの視線を向けたまま後ろに下がると、エリシャ達に声をかけた。


「はいはい。君達は足手まといになるから、後ろで見てよーね。あーしが魔法障壁で守ったげるから」

「あ、あなたは一体誰なんですか!?」

「そ、そうです! カイルさんとは一体どういう……」

「あーし? あーしは……まぁソロのダンジョン探索者ってところかな? お互いソロでもぐってる時に、何度か顔を合わせた感じ?」

「な、なんで疑問形……? というか、その変なしゃべり方はなんなんですか!?」

「え? やっぱりこのしゃべり方、変なん? もうこれで慣れちゃったんだけどなぁ」


 何やら後ろでもめているが、カミラが魔法障壁を張ってくれるなら安全だろう。

 俺はようやく一安心して、ザリツに全神経を集中させる。


 顔がないので何を考えているかわからないが、ザリツはこっちのいざこざが終わるまで待っていてくれた。

 ……というより、やつも俺の実力を測りかねていて、うかつに攻撃を仕掛けてこれなかったみたいだな。

 やつは俺だけに視線を向け、武道の構えのように両腕を持ち上げて静止している。


 ――かかってこい、という意味か。

 ザリツとの距離はおよそ十メートルほど。この距離でも瘴気がこっちまで漂ってきそうだが、接近すれば俺もクルトの二の舞いだろう。

 おそらく、接近戦をやれば三分ともたずに俺は死ぬだろう。


 なら、取れる戦術はひとつしかない。

 俺は腰の長剣に手を置くと、一瞬で抜き放った。

 抜剣ばっけんと同時に居合抜きの要領で斬空ざんくうを放ち、更に五回空を切って斬空を重ねる。


 六発の斬空を真正面から受けて、ザリツの体はバラバラに切り刻まれる。

 が、切断部がゲル化してすぐに結合してしまい、ザリツには微塵みじんもダメージを与えられなかった。


 代わりに、ザリツが切断した腕を振りかぶってこちらに投げつけてくる。

 俺はとっさに拳を突き出して飛翔拳ひしょうけんで撃ち返すが、それでやつは「俺が毒に耐性がない」と判断したらしかった。

 ザリツは地面を蹴ってこちらに駆け出した。間合いを詰めながら撃ち返された腕を回収して接着し、そのままの勢いで俺に殴りかかってくる。


 だが、こちらも無策で待っていたわけではない。


 俺は大上段に構えた長剣を、全身全霊で振り下ろした。

 以前、実家の執事にだけ見せた俺の必殺の剣技――空破断くうはだんだ。

 斬撃が生み出した凄まじい真空波はソニックブームを起こして爆音をとどろかせ、ザリツの身体を真っ二つに切り裂いた上に壁際まで吹き飛ばす。

 その余波でダンジョンの壁と床が切り裂かれ、壁には隣の部屋につながる横幅三メートルほどの穴が空き、床には深さ五メートルほどのクレバスが生まれる。


 かなり全力の攻撃だったが、ザリツには効いただろうか?

 俺の疑問にはすぐに答えが与えられた。


「……マジかよ」


 俺はうめくと同時に、隣の部屋の瓦礫の山が溶けて霧散し、その下からザリツが立ち上がるのを確認した。

 痛覚がないのか、やつはやはりダメージを感じた様子もなく、五体満足で俺に視線を向けてくる。


 ――クソっ! あれでもダメかよ!

 そう言えば、原作でも物理攻撃はほぼ効かない上に、毒のせいでむしろ攻撃した側がダメージを食らってたな。

 物理的なダメージが入らない以上、核となる魔石を破壊するしかないのだが……すでに何度か大技を撃っているのに、やつは核への攻撃をうまく回避している。

 おそらく、体内で核の位置を移動させることで直撃を避けているのだろう。


 魔法が使えれば範囲魔法で核ごと攻撃できるのだが、俺には魔法なんて使えないしな……

 一瞬だけカミラのほうに視線をやるが、やつは面白がるように俺の戦いを見ているだけで、戦いに介入しようという気は微塵もなさそうだった。


 ……仕方ない。あれを試してみるか。


 俺は覚悟を決めると同時に、大きく深呼吸して長剣を握り直した。

 瘴気を吸い込まないように息を止めてから、地面を蹴って一気にザリツとの距離を縮める。

 ザリツが反射的に攻撃の手を伸ばしてくるが、動きは俺のほうがはるかに速かった。


 横薙ぎ、袈裟けさ斬り、左袈裟、唐竹からたけ割り――相手に動く間を一切与えずに、一瞬の内に斬って斬って斬りまくる。

 すべての肉片を拳大より小さく細切れにしても、まだ魔石を斬った手応えがない。

 ――魔石を細かく砕いて、体の破片に分散させてやがるのか。


 だが、それも想定内だ。

 細切れにされた破片が結合して再生する前に、俺は宙に浮いた無数の紫色の肉片に向けて、左右の拳で交互に飛翔拳ひしょうけんを撃ちまくる。

 宙に浮いた肉片はすべて衝撃波でダンジョンの地面や壁に吹き飛び、叩き潰されて、跡形もなく砕け散る。


 カミラが生み出した特殊スライムとの特訓で編み出した、剣術と相性の最悪な魔物への対策技。

 一瞬で相手を細切れにした上で、肉片すら砕いて再生不能にする俺の奥義――滅尽刹めつじんさつだ。


 すべての肉片がちりと化したのを確認してから、俺は背後を振り返った。

 エリシャ達は驚嘆と呆れが混ざった顔で、生徒会連中はおびえたような顔でそれぞれ俺を見てくる中、カミラだけは愉快そうに口元を押さえて笑っていた。

 俺は全員の顔を見回してから、苦笑を浮かべて言った。


「とりあえず、ダンジョンを出るか」

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