第18話 一件落着する。打ち上げの予定を組む。
俺達はダンジョンを出ると、まっすぐ治療院に向かった。
カーテンで仕切られたベッドのひとつにクルトを横たえ、俺達はようやく一息ついた。
あの後、クラリスと生徒会役員がクルトの治療を行ったが、ザリツの毒は内臓をかなり侵食していて治療が難しく、治療院に運び込むことになったのだ。
生徒会役員達もさすがにクルトへの忠誠心は失っていたようだが、かといって名家の御曹司をダンジョン内で見殺しにするわけにもいかない。
ザリツによってもろともに殺されかけた遺恨があるとはいえ、同じパーティのメンバーだからな。下手をしたら、自分達に殺害容疑がかけられかねない。
クルトを死ぬほど嫌っていたとしても、さすがにレヴァイン家を敵に回す気にはなれなかったのだろう。
エリシャ達と生徒会メンバーは全員揃っているが、カミラとはダンジョンの第一層で別れた。
不死身のカミラとはいえ、さすがに面倒事にこれ以上関わるのはごめんだったのだろう。別れる前に、自分のことは話すなと念入りに全員に口止めしていた。
俺達はクルトが横たわったベッドの周囲を取り囲みながら、複雑な表情で治療師の老女がクルトの治療を終えるのを見守っていた。
「ひとまず
「……そうですか」
エリシャは複雑な表情で治療師の言葉にうなずいた。
嫌っていた相手とはいえ、死を望んでいたわけではない。一生後遺症が残ると聞いて、彼女の良心が痛みを覚えるのは当然だろう。
そんな彼女の当たり前の善性を、俺は素直に尊敬していた。
エリシャの隣に立ったメリエルが、気づかわしげに口を開いた。
「あの……皇女殿下。ここは私達が処理しますので、皇女殿下は先にお休みいただいたほうが」
「いえ、事態を止められなかったのは私も同じだもの。最後まで付き合うわ」
「ですが……いえ、わかりました」
生徒会メンバーだけに任せて、また彼らがクルトに
悲しいが、この国では身分や立場の弱いものの心は移ろいやすい。ロルフの提案に乗って、結果的にクラリスへの暴行未遂に加担した士官学校生達がいい例だ。
エリシャがメリエルを信用できないのも、仕方のないことだろう。
ふと気づいて、俺はメリエルに尋ねた。
「クルトの部下に黒尽くめのやつはいないか? 身長はこのくらいなんだが」
言って、俺は自分のあごのあたりに手をかざして見せる。
メリエルはしばらく考え込んだ後、なにか思い出したように目を見開いた。
「そう言えば、会長がそのような方と学園内で話しているのを、一度だけ見たことがあるわ。密談しているような雰囲気だったから、話しかけられなかったけど……」
「それはいつ頃だ?」
「確か、三週間くらい前の夜だったかな。思えばその後から、会長は妙に焦った様子で無茶な探索を繰り返すようになって……」
三週間前……ちょうど、俺が単独でダンジョンにもぐり始めて、カミラと出会った頃か。
黒尽くめがクルトの部下で俺のことを密偵していたのか、それともロルフと同じようにクルトもいいように操ろうとしただけなのか……結局わからずじまいだが、放っておけばいずれまた俺の前に現れるだろう。
俺がひとりで納得していると、メリエルは怪訝そうに首を傾げていた。
「あの、まさかその方が会長になにか……?」
「それはわからん。が、前にそいつに命を狙われたことがあってな。やばいやつだから、次に見つけたら気をつけてくれ」
「命を……!? そんな人が、どうして士官学校に……!?」
メリエルは驚いているが、別に驚くほどのことでもない。
士官学校の生徒に刺客が紛れ込んでいてもおかしくないし、夜の学校なら容易に忍び込める。
俺とそれなりに渡り合ったあの黒尽くめなら、学校に潜入するくらい余裕だろう。
その後、俺達は憲兵の事情聴取を受けて、クルトの行状について包み隠さず報告した。
憲兵は当然、クルトの悪行を信じず、俺達のほうを疑ってきやがったが、皇女であるエリシャの証言と生徒会役員二人が有力貴族だったおかげもあって、ちゃんと俺達の証言は通ったようだった。
俺だけならまだしも、クルトはエリシャまで巻き込んで殺そうとしていた。司法に裁かれれば、国家反逆罪で死刑もありうる。
そうでなくとも、ザリツの毒の影響に加え、政敵セレナイフ家に破れたことで帰る家も失った。
自業自得とはいえ、クルトが残りの人生をまともに生きられることはあるまい。
◆
憲兵の取り調べが終わった後、俺達は治療院を出て生徒会役員どもと別れた。
順当に行けば、クルトは投獄されて士官学校を退学することになり、生徒会長の座にはメリエルがつくだろう。
そうなると、俺達も前よりは行動に自由が効くようになるだろうな。
すっかり暗くなった夜道を歩きながら、俺達はいつものメンツで寮への道を歩く。
さすがに全員疲れ切っているのと、想定外の厄介事に巻き込まれたことで暗い顔をしている。
だがそんな中でも、ただひとりクラリスは場の空気を明るくしようと無理に弾んだ声で言ってきた。
「色々ありましたけど、これで明日から自由にダンジョンにもぐれるし、エリシャさんの婚約もなかったことになるんですよね?」
「……バタバタしてて忘れていたけど、そうなるでしょうね」
「じゃあ、せっかくなのでお祝いしましょうよ! 明日もお休みですし、皆さんでまたパーっと飲みましょう!」
お前が飲みたいだけだろ――とツッコみたくなったが、俺はやめた。
ここ一ヶ月は全員ダンジョン探索ばかりしていて、たまの休みも完全休息日ってことで、酒を飲んだりする余裕はなかった。
ひとまずの目標が達成された今くらい、気晴らしに行くのは悪くないだろう。
刺客の脅威はまだあるが、俺が飲酒量を抑えておけば大丈夫だろう。
突然の提案に戸惑っている様子のエリシャに対し、俺は背中を押してやることにした。
「いいんじゃないか? 今まで頑張ってきたんだし、明日くらいはのんびりしようぜ」
「そうだね。この一ヶ月根を詰めっぱなしだったし、息抜きも大事じゃないかな」
「そう? まぁ、二人もそう言うなら……」
「じゃあ決まりですね! 明日はお昼からみんなで飲みに行きましょう! お店はこの間のところでいいですよね!」
浮かれた調子でクラリスが音頭を取るのに、俺は張り詰めていた肩の力が抜けるのを感じていた。
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