第10話 刺客について報告する。ヘイゼル先生と取引する。

「刺客に襲われた!?」


 昼休み、俺達はいつものメンツで集まって、中庭の東屋あずまやで昼飯を食っていた。

 士官学校の中庭は手入れの行き届いた木々や花壇で彩られており、春の陽気もあってかなり居心地がいい。

 この最高のロケーションにいながら、俺の気分はひどく憂鬱ゆううつだった。


「それで、カイルもアルスも大丈夫だったの?」

「うん。僕はすぐ気絶させられちゃったんだけど、カイルが刺客を追い払ってくれたみたいで、事なきを得たよ」

「カイル、相手はどんなやつだったの?」


 問われ、俺は黒装束しょうぞくのことを話した。

 第六階梯かいていの魔法を一瞬で組み上げる戦闘能力も含めて話すと、エリシャは深刻そうにあごに手をやった。


「かなりの凄腕ね。しかも、そんなやつがロルフに入れ知恵していたなんて……」

「ロルフさんを誘導したり、カイルさん達を襲ったり……その黒装束の人、きっと私達を狙っているんですよね? 一体なんで……?」


 ……正直、心当たりが多すぎるんだよな。

 エリシャ、クラリス、アルスは全員皇族や王族の出なので、その出自を知った人間が殺害を計画したり、身代金目当てなどで誘拐を狙っていてもおかしくない。

 クルトが俺達の行動を牽制けんせいするために刺客を放った可能性もあるし、親父殿がロルフの一件で怒り狂って、俺を始末しようとした可能性だってある。


 全員俺とほぼ同じ考えに至ったらしく、昼食会の雰囲気が一気にどんよりし始めた。


「……黒幕が誰かなんて、考えてもわかりそうにないわね」

「でも、これからどうしましょう? 刺客に狙われているのに、ダンジョンにもぐるなんて危険じゃないですか?」

「いや、むしろダンジョン探索は続けたほうがいいと思う」


 俺が言うと、全員が視線で意図を尋ねてきた。


「とにかく今は、全員強くなったほうがいい。相手の狙いがなんであれ、俺達が弱いままなら相手の思うつぼだ」

「でも、ダンジョンで襲われたらどうするんですか?」

「少なくともダンジョン内であれば、俺と先生で刺客を相手することができる。下手に一人で行動するほうが危険だと思う」

「それは……確かに」


 クラリスが納得したようにうなずくのを見てから、俺は更に考えていたことを口にした。


「それと、もう一つ提案があるんだが……できれば、ダンジョンに入る回数を増やさないか?」

「回数を増やすって……平日は毎日ダンジョンにもぐる予定なのよ? そこから更に増やすってこと?」

「ああ。刺客に狙われてるんなら、尚更強くなっておいたほうがいいだろ? むしろ平日のどこかに休息日を置いて、週末にもがっつりダンジョンにもぐりたい」

「それは……できればそうしたいけど、護衛についてくれる先生の都合だってあるでしょう? 平日毎日手伝ってもらうだけでも大変なのに、これ以上無理は言えないわ」


 エリシャの言ってることはもっともなのだが、モラルを気にしてエリシャの死を招くなんて、俺は絶対にごめんだ。

 だから、俺は不敵に笑ってエリシャに応じた。


「俺に考えがある。たぶんだけど、先生を説得できるはずだ」


   ◆


 早めに昼食を取り終えた後、俺はひとりで職員室のヘイゼル先生のもとに向かった。


「ヘイゼル先生、折り行って頼みたいことがあるんですが」

「どうしたの、やぶから棒に」

「ちょっとこっちに来てもらっていいですか?」


 俺は言って、職員室の奥にあるパーティションで仕切られた会議スペースに、ヘイゼル先生を連れ出した。

 彼は丸眼鏡の向こうから怪訝けげんそうな目を向けてくるが、俺は気にせず話を切り出す。


「頼みたいことっていうのは、ダンジョン探索の件です。先生には申し訳ないんですが、週末にも探索に付き合ってもらうことはできませんか?」

「う〜ん……生徒会長との決闘にかかってるものを考えると、あなた達の気持ちはわかるんだけど……さすがにあたしも毎週末は付き合えないかな。無理すると本業にも影響あるし、何より、疲れた状態でダンジョンにもぐるなんて危険すぎるもの」

「もちろん、タダでお願いするわけじゃありません」


 俺は先生の言葉をさえぎってから、声をひそめて取引の条件を切り出す。


「この話に乗ってくれたら、以前お見せしたあのミスリルの槍……あれを先生に差し上げます」

「……えっ!? そ、それホント!?」


 予想通り、ヘイゼル先生は小声だが目を見開いて食いついてきた。

 俺は不敵な笑みを浮かべながら、彼女の問いにうなずいて続ける。


「あれを売れば、帝都に豪邸を建てられるくらいの金になるんでしょう? そのくらいの金があれば数十年は働かずに食っていけるし、それに……先生の魔法研究費用の足しになるのでは?」

「ぐっ……」


 痛いところを突かれたように、ヘイゼル先生は胸を押さえた。

 原作でもそうだったが、ヘイゼル先生は趣味で魔法学の研究を行なっており、授業の合間などにそのことを公言している。

 とはいえ、平日は教師の仕事で忙しく、研究はもっぱら週末に行うことになる。当然それでは研究ははかどらないので、まとまった研究時間と費用を確保するために教師業でお金をためているのだ。


 だからこそ――あのミスリルの槍は、ヘイゼル先生ならのどから手が出るほど欲しいはずだった。

 が、


「うぅぅぅ…………めちゃくちゃ欲しい! めちゃくちゃ欲しいけど……でも、やっぱり週末に連続でダンジョンにもぐるなんて危険よ。私も体力が持つか自信ないし、やっぱり許可できないわ!」

「ええっ!?」


 ――マジかよ! まさか、この提案を断られるとは思ってなかった!

 このままじゃ、カッコつけてエリシャ達にハッタリかましてきた俺がめちゃくちゃ間抜けに見えるじゃねえか!


 俺は内心冷や汗をかきながら、必死に頭を回転させてヘイゼル先生の説得を試みる。


「ちょっ、ちょっと待ってください。あの槍と同額を稼ぐのは、教師業じゃすごく大変なはずじゃないですか?」

「それはそう……っていうかホント、他の条件なら絶対受けてたと思うんだけど……さすがに、生徒の命に危険があるようなことは許容できないわ」

「そ、そこはほら。俺も頑張って護衛しますし」

「確かに君は尋常じゃなく強いけど、君も生徒の一人なんだからね? 君に頼りすぎて君が危険になったら、意味がないのよ?」


 ぐぬぬ……言ってることは完全に正しいし、めっちゃいい先生なんだが、今はそれだと困る!

 俺は足りない脳みそをフル回転させて、なんとかヘイゼル先生を丸め込もうとする。


「じゃ、じゃあ他の先生を巻き込んでもらえませんか? 槍の売却額を少し分ければ、他の先生の協力も得られると思いますが……」

「確かに……でもそれなら、あたしに調整を丸投げするより、君が自分で調整したほうが安く済んだんじゃない?」

「問題ないです。他に信頼できる教師のツテなんてありませんし、ヘイゼル先生に信頼できる人を見つくろってもらいたいです」


 エリシャならそのへんうまく調整できたかもしれないが、彼女は金で教師を買収するような真似を好まないだろう。

 だが、今はそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。


 クルトとの決闘にも絶対勝つし、刺客の襲撃にも完璧に備える。

 それこそが、エリシャの剣として俺が果たさねばならない使命だった。


 決意を新たにしてから、俺はヘイゼル先生と細かい打ち合わせを行った。

 刺客のことも打ち明け、俺が先生に報酬を渡したことはエリシャには口止めするように頼んでおく。

 一通り話を聞くと、ヘイゼル先生は眉間にシワを寄せていた。


「う〜ん……まさかそんな事情になってたとは。確かに、皆に戦える力をつけておきたい気持ちはわかるけど……」

「い、今更撤回とかなしですからね!?」

「わかってるって。正直、君達自身が強くなる事にはあたしも賛成だし……こっちももう、大金が手に入る想定になっちゃってるもの」


 ヘイゼル先生はよだれを垂らさんばかりの顔で言ってから、口元をぬぐって顔を引き締める。


「でも、やっぱり護衛体制は万全にしたほうがいいわね。少なくとも教師が二人、君たちのパーティーに随行できるように調整してみるわ」

「よろしくお願いします」


 俺は諸々の調整をヘイゼル先生に頼んでから、職員室を出た。

 これでひとまず、安心してダンジョンにもぐれそうだな。


 ――あとは、俺がどうやって今より十倍強くなるかだな。


「まぁ、やっぱりしかないか」


 教室に戻る廊下を歩きながら、俺はひそかに計画を練り始めた。


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