第21話 本心を暴く。突破口を見つける。

「僕に忠誠を誓うか、君の主人が死ぬのを見るか。どっちがいい?」

「……クソ野郎が」


 俺の悪態など気にも留めず、アルスは淡々とエリシャの首筋に剣を突きつけ続ける。

 やはり、こいつは真っ先に殺すべきだった。例えエリシャが望まなくとも、みすみす野放しにしていい相手ではなかったのだ。

 強烈な後悔が胸を焦がしていると、冷徹な声が言った。


「ダメよ、カイル」

「エリシャ、でも……」

「絶対にダメ。あなたを殺戮兵器になんて、絶対にさせない」

「聞いてもいいかな、エリシャさん。どうしてそんなにかたくななんだい? 今の帝国を変えるという点で、僕と君のメリットは一致していると思うけど?」


 エリシャは首筋に長剣を突きつけられていることに恐怖すら見せず、アルスの問いを鼻で笑ってみせた。


「いいえ、一致なんかしてないわ。あなたは帝国に復讐を果たせれば、その過程でどんな犠牲が出ても構わないと思ってる。反乱なんか起こせば、絶対に内戦になって多くの民が更に苦しむことになる。私は今以上に、民に犠牲を強いるつもりはないわ」

「そのくらい、必要な犠牲だと思うけどね」

「そのくらい? あなたは一体、何人の犠牲なら許せると言うの? 一万? 十万? それとも百万? 本当に反乱なんて起こしたら、あなたの国が滅びた時と同じか、それ以上の犠牲が出るんじゃないかしら?」

「それは……」


 口ごもるアルスを見て、エリシャは呆れたように続ける。


「そこまで想像していなかったんでしょう? だと思ったわ。あなたは今の帝国を否定はするけど、一度だって国がどうあるべきかなんて口にしなかった。あなた、本当は帝国も祖国もどうでもいいんじゃないかしら? 祖国を取り戻すなんて言っていたけど、それは民衆の支持を得るための名目でしかない。あなたはただ、自分からすべてを奪った皇家や二大名家に復讐したいだけなんだわ」


 エリシャの鋭い言葉に、アルスの顔から作り物の笑顔が剥がれ落ちた。

 灰色の瞳にはくらい憎悪の炎が渦巻き、声音からは余裕ぶった雰囲気が消えて、優男やさおとこの面相が冷酷な殺人鬼のそれになる。


「……それの何が悪い。僕は親も兄弟も生まれ育った土地も、すべてお前達に奪われたんだぞ。城が焼かれ、民が蹂躙じゅうりんされ、親兄弟が無惨に処刑されるのを、僕はこの目で見てきた。あの光景を忘れて、僕に『くだらない理想を並べ立てる聖人になれ』って言うのか?」


 呪いの言葉のようなアルスの問いかけに、エリシャは少しだけ痛ましげに目を伏せた。

 だが、エリシャはあくまで舌鋒ぜっぽうを緩めることなく答える。


「悪いとは言っていないわ。あなたが帝国や私達皇族を憎むのは、当然の権利よ。ただ……それに、カイルや無関係の民を巻き込むことは許さない」

「許さない? そんなことが言える立場だと思っているのか? お前も、お前の家臣の命も、僕が握っているんだぞ? 僕に従わないのなら、二人ともここで殺すだけだ」

「そうね。そうやって、あなたはこれからも、暴力ですべてを解決していくんでしょう。今の帝国と同じように」

「黙れっ!」


 アルスが怒声を上げて、長剣をエリシャの首筋に触れさせるが、彼女は少しも怯えた様子を見せずにアルスを睨み返した。

 深呼吸して怒りを抑えてから、アルスは口の端を吊り上げて歪んだ笑みを浮かべる。


「まさか、ここまでバカだとは思わなかったな。みすみす自分と家臣の命を捨てるつもりか?」

「バカなのはあなたよ。私とカイルを殺して、一体どうするつもり? ただでさえ数が少ない味方の候補を失って、あなたの復讐はより実現性を失うでしょうね。仮にクラリスを説得できたとしても、たった二人で帝国に勝てるとでも?」

「わ、私だって、自分をあんな目に合わせた人と協力するなんて無理ですよっ!」


 当然だが、クラリスはエリシャを援護射撃した。

 まぁ常識的に考えて、自分をレイプさせる計画を仕込んでいたやつになんて、絶対に協力したくはないだろうな。

 歯噛みするアルスに対して、エリシャは更に追い打ちをかける。


「残念。あなたひとりになってしまったわね。次はシャフレワル王家の副生徒会長を仲間に引き込む? 私やクラリスがいれば別だけど、あなたと二人だけなんて勝算のない陣営に、彼女が加わるとは思えないけど」

「……つまり、何が言いたい?」

「わかるでしょう? 私達を仲間に引き入れられなければ、あなたの復讐はその時点で頓挫とんざする。あなたには最初から、私達を殺す選択肢なんてないのよ」


 エリシャの言葉は図星だったのか、アルスの顔は怒りでみにくく歪み始めていた。


「……僕が自暴自棄になって、お前達全員を皆殺しにするとは思わないのか?」

「ここまで計算高く立ち回ってきたあなたが、こんな些細な怒りですべてを投げ出すとは思わないわ。もしそんなことになったとしたら、その時は私もあなたもその程度の人間だったということよ」


 エリシャの堂々たる論説に、俺は舌を巻いていた。

 自分達を殺せない理由をあげつらい、アルス自身の器を問い、エリシャはアルスに「暴力ではなく交渉で私達を味方につけてみせろ」と言っているのだ。

 両手両足を縛られて抵抗できない状態であるというのに、エリシャはむしろアルスを窮地きゅうちおとしいれている。


 アルスは必死に思考を巡らせているが、当然、復讐を捨ててちっぽけなプライドを守るなんて選択はやつにはないだろう。

 そんなことをするくらいなら、多少妥協をしてでも俺達と組む方法を選んだほうがいい。

 当然、俺達と手を組んでいる間に、裏で俺達を出し抜く罠を仕込む計画まで織り込んだ上で。


「アルス様」


 と、ツムギが唐突に口を開いた。

 アルスは驚いたようにツムギを見るが、ツムギと俺を見るなり、やつは急に冷静さを取り戻したようだった。

 それを見て、ツムギはほっとしたように息をつく。


 ――なんだ? やつは一体何をする気だ?


 俺の疑問は、すぐに解消されることになった。

 アルスは余裕たっぷりの笑顔を浮かべ直してから、エリシャに告げる。


「なるほど。君の言い分はよくわかったよ、エリシャさん。でも残念ながら、僕達には何もゆずる気がないし、そんな必要もない」

「そう。なら祖国の再興も、帝国への復讐も諦めて、大人しく故郷に帰ることね」

「ははは。もちろん、僕にはそんな選択肢もないんだよ」


 芝居がかって仕草で肩をすくめてから、アルスは胡散臭い笑顔のままこちらを振り返った。

 そして、虫も殺せないような優しい声音で言う。


「ツムギ、やれ」

「はい、アルス様」


 返事と同時に。


 ――ずぶり、と俺の腹に冷たい異物が入り込んできた。

 自分の身体を見下ろすと、ツムギの持つ刀が俺の腹に深々と突き刺さっていた。

 刀が俺の腹から抜けて、腹から血があふれ出す。流れていく血液とともに、自分の生命力が流出していくのを感じる。


 それを微笑ましげに見つめてから、アルスはエリシャを振り返る。


「これで、一時間も待たずに彼は出血多量で死ぬだろうね。さて、もう一度聞こうか。僕に協力する気になったかい、クラリス、エリシャさん」

「アルス・エルロード……っ!」


 顔を青ざめさせて絶句するクラリスと対照的に、エリシャは憎悪に満ちた声で敵の名を吠えた。

 だがアルスはそれすら楽しむように、一層笑みに余裕を浮かべる。


「そんなに動揺してどうしたんだい? 君の言った通り、僕は暴力に頼った問題解決をしただけだよ? それとも、自分が殺されることは想定してても、カイルに手を出されることは想定外だったのかな?」

「……今すぐ彼を解放して、治療師に見せなさい。さもないと、あなたは未来永劫、私の助力を得られることはないわ」

「勘違いをしてもらっては困るな。君の要求なんて、僕には聞く義理がないんだから」


 アルスは芝居がかった調子で肩をすくめてから、続ける。


「カイルを守るために、君達が僕に従うなら最上。カイルが死んでしまったら、仕方ないけど君達には非合法の薬を投与させてもらうよ。依存性がとても強い薬でね。一ヶ月もすれば、君達は薬欲しさに僕の言いなりにならざるを得ないだろうね」

「このクズ……っ!」

「ア、アルスさん、本気なんですか……!?」

「そんな顔をしないでくれよ。僕にこんなことをさせたのは、君達自身なんだよ? 君達が僕の大義に同調してくれれば、僕もここまでするつもりはなかったのにな」

「大義ですって!? 笑わせないで! あなたはただ、帝国に復讐したいだけでしょうが!」

「まだ水掛け論を続けるつもりかい? そんなことをしている内に、カイルはどんどん死に近づいているよ? 僕だって、カイルの武力を有効活用したいんだ。みすみす彼を死なせないで欲しいな」


 言って、アルスは俺を手で示す。

 柱に鎖で縛り付けられ、腹からは絶えず血が流れ出し、俺は完全に無力だ――とでも思っているのだろう。


 バカめ。ここからは俺のターンだ。


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