第6話 ホームルームをする。副級長に立候補する。

 胃が痛くなる休み時間を耐え、ようやく教師が教室に入ってきた。


 藍色の髪を三つ編みに束ね、ファッション性をガン無視した丸メガネをかけている。

 着ているのは魔法師然としたローブで、こちらもファッション性の欠片もない。

 顔は童顔だが、確か原作の設定では二十代後半くらいだったはずだ。


 彼女は教壇の前に立つと、年齢に比してかわいらしい声で挨拶した。


「新入生のみんな、はじめまして。あたしはあなた達の担任教師のヘイゼル・ティリオンよ。これから一年間よろしくね」


 当然と言うべきか、学生達の反応はまばらだった。

 貴族連中はティリオン子爵家という家名に利用価値を感じずに鼻で笑い、そんな貴族達の反応をうかがって、平民達もリアクションを取れずにいるのだ。


 だがヘイゼル先生はその反応に慣れ切った様子で、特にへこたれた様子もなくホームルームを進行する。


「さて。早速だけど、このクラスの級長を決めちゃおうか。誰か立候補する人はいない?」


 ヘイゼル先生の呼びかけに真っ先に反応したのは、エリシャだった。

 姿勢良く椅子に座ったまま、彼女は控えめに手を挙げている。

 それを見たヘイゼル先生は、嬉しそうに笑ってから生徒名簿に視線を落とした。


「立候補してくれる子がいて助かるわ〜。級長決めっていつも時間かかるから。えーっと、あなたは……エリシャさんね」

「はい。私の力の及ぶ限り、クラスのために尽力すると約束します」

「そんな肩肘張らなくても大丈夫よ〜。まぁ、ちょっと面倒な仕事は多いけど」


 エリシャが皇女殿下だと気づいただろうに、ヘイゼル先生は微塵もへりくだる様子を見せず、あくまで教師と生徒として対応する。

 それが嬉しかったのか、エリシャわずかに口元をほころばせていた。


「他に立候補者がいなければエリシャさんに決めちゃうけど、大丈夫かしら?」


 クラスを一望するが、当然皇女殿下の対立候補になろうなどという不届き者はいなかった。


 エリシャが級長になるのは原作通りの流れだ。

 そして――エリシャが級長を務めるのなら、副級長は当然俺がやらねばならない。

 常にエリシャのそばに立ち、彼女の行動をサポートし、彼女を身の危険から守る――それこそが俺の使命だ。


「じゃあ、副級長をやりたい人は――?」

「「「はいっ!」」」


 声と同時に三つの手が上がり、教室内がにわかにざわつき始める。

 手を挙げたのは俺とロルフとアルスの三人だった。


 ――そうだった! 原作じゃこのシーン、主人公アルスが最初に悪役貴族ロルフ・セレナイフと敵対する場面じゃねーか!

 帝国に対する反乱を目論むアルスは、皇女の権威を反乱に利用するため、皇女エリシャと親密になる必要がある。

 セレナイフ家の末弟(当然俺は頭数に入っていない)であるロルフは、皇女の婿むこに入って自身の地位を高めるため、何が何でもエリシャを我が物にしたい。

 そんな序盤のクソ面倒なイベントに、俺は自ら爆薬を背負って飛び込んでいったようなものだった。


 俺は手を挙げた体勢のまま、自分の間抜けさ加減にため息をもらしそうになるが、かぶりを振って気を引き締めた。


 ――他の連中がどんな思惑だろうが関係ない。いや、むしろそんなやばい思惑を持った連中だからこそ、副級長を任せるわけにはいかない。

 絶対に俺が副級長になり、エリシャを権謀術数から守ってみせる。


 ロルフは俺とアルスと視線をかわし、二人とも引く気がないのを確認してから、いやみったらしく口を開いた。


「おいおい勘弁してくれよ。皇女殿下を支える役職に、まさか我が家の無能者と、下等貴族の男爵家がしゃしゃり出てくるなんてな。身の程を知らないってのは恐ろしいぜ」

「副級長をするのに、生まれも育ちも関係ないんじゃないかな?」

「バカ言え。どうせお前は、皇女殿下と親しくなって下等な男爵家から成り上がろうって考えだろう? そんな不届き者を皇女殿下に近づけさせるか」

「それを言うならロルフ、お前だって」

「無能者は黙ってろ。誰もお前なんか相手にしてないんだよ」


 反論をさえぎられ、俺は口を開けたまま間抜けな状態で停止してしまう。

 ぐぬぬ……前世でいじめられてた記憶やら、実家でロルフに散々罵倒されてきた影響やらで、口じゃこいつに勝てる気がしねえ。


 アルスとロルフが言い合っているのを見届けてから、ヘイゼル先生は大きな音を立てて手を叩いた。


「はいはい。わかったわかった。三人とも譲る気はないってことね。エリシャさん、級長としての最初の仕事よ。あなたが副級長を決めてちょうだい」


 ヘイゼル先生に水を向けられ、エリシャは沈思ちんしするようにあごに手をやった。

 それから、ぱっと顔を上げて提案する。


「では、こういうのはいかがでしょう? この次の魔法実習の授業で、最も優秀だったものが副級長を務めるというのは」

「面白いわね〜。三人もそれでいいかしら?」


 ヘイゼル先生に問われ、ロルフは肩を揺らしながら哄笑こうしょうする。


「ハハハハハハッ! 皇女殿下もお人が悪い! 魔法の勝負なんて、無能者と男爵家に勝ち目はないでしょうに! なにせ、相手はこのセレナイフ家の新星、ロルフ・セレナイフなのだから!」


 高らかに笑いながら、ロルフの野郎は俺とアルスに見下すような視線を向けてくる。

 さすがにカチンとは来たものの、確かに魔法の才に関しては勝てる要素は一ミリもない。

 俺は別の対決方法を提案するために手を挙げかけ――


「僕もそれで構いません」


 アルスの言葉に遮られ、俺は挙げかけた手を下ろした。

 この流れで「魔法対決は嫌なんで別の方法を考えましょう」とか言ったら、完全に俺だけチキン扱いされるじゃねえか!


 俺が内心で頭を抱えていると、ヘイゼル先生が念を押してくる。


「カイルさんもそれでいい?」

「……………………はい」


 俺がしぶしぶ承諾すると、ヘイゼル先生は鷹揚おうようにうなずいてホームルームを続ける。


「それじゃ、副級長はあとで決めるとして、次は――」


 ヘイゼル先生の話を聞くともなしに聞き流していると、横から誰かに腕をつつかれて、俺はそちらに視線を向けた。


 見れば、エリシャが人差し指で俺の腕をつついていた。

 ヘイゼル先生に見られていないことを確認してから、彼女は小声で俺にささやいてくる。


「負けないでよね」


 彼女の甘えるような声を聞いた瞬間――神すら殺せるような高揚感が全身を駆け抜け、俺は全身が熱くなるのを自覚した。

 ……推しキャラにこんなことまで言われて、期待に応えないなんてありえない。


 エリシャの囁き声と、魔法実習でどうやって勝つかで頭がいっぱいになり、その後のホームルームの話は一切耳に入ってこなかった。

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