第5話 教室に入る。皇女と再会する。

 入学式を終え、新入生達が各々の教室に散っていく。

 俺も一組いちくみの教室に入ると、教室内のざわついた雰囲気が一瞬静まった。


 こちらを見る視線は侮蔑と嘲弄ちょうろう、好奇の視線がほとんどで、その原因は『セレナイフ家の無能者』という噂が原因だとすぐにわかった。

 ロルフも軽侮けいぶの視線と笑みを俺に向けてから、取り巻きの貴族どもと雑談に戻る。


 教室を見渡すと、他にも見覚えのある人物がいた。

 窓際の席に座ったクラリスは、俺と視線が合うと控えめに手を振ってきた。


 その隣の席に座っているのは、『葬国そうこくのエルロード』の主人公アルス・エルロードだ。

 灰色の髪に灰色の瞳という変わった見た目だが、顔立ちは中性的でかなりの美男子だ。

 中肉中背で、身長は俺とほぼ同じくらいか。ダンジョンで鍛えたおかげで、体格は俺のほうががっしりしている。


 そして――アルスの後ろの席には、五年ぶりに見た少女が座っていた。

 輝くような金髪を首の後ろでお団子シニヨンにし、背筋を伸ばして椅子に座る姿はどんな名花よりも美しい。

 均整の取れたプロポーションは女性らしい丸みを帯びながらも、引き締まった筋肉の存在を感じる。

 他の学生達が雑談にきょうじている中、彼女だけは真剣な表情で本を読んでいる。

 俺の視線に気づいたのか、彼女はエメラルドのような碧眼へきがんを俺に向け―― 一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。


 エリシャ・クレール・アシュメディア。

 アシュメディア帝国の第二皇女は、俺の知っている通り気高い女性に成長していた。


 俺は嬉しい気持ちを噛み締めながら、黒板に書かれた自分の席を探す。

 都合のいいことに、どうやら俺の席はエリシャの隣のようだった。


 俺は席について、エリシャに話しかけようと口を開きかけ――


「またお会いしましたね、カイルさん!」


 前の席のクラリスから声をかけられ、俺は開きかけた口を閉じた。

 クラリスはきらきらと目を輝かせながら、椅子から身を乗り出すように俺に話しかけてくる。


「こんなにすぐ再会できるなんて、奇遇を通り越して運命かもしれませんね。はっ!? まさか朝の騒動も、私が同じクラスであることを知ってて仲裁に!?」

「んなわけあるか。妙な妄想に巻き込むな」

「えへへ、ごめんなさい。カイルさんはなんとなくからかい甲斐がありそうなんで、つい」


 つい、でいじられてたまるか。

 呆れていると、クラリスの隣に座っているアルスも胡散うさん臭い笑顔でこちらを見ていた。


「二人は仲がいいんだね。元々知り合いなのかい?」

「いや、朝たまたま話す機会があっただけだ」

「えー。カイルさんったらつれないですよ〜。路上であんなに二人でしたじゃないですか〜」


 同人サイトの表現置き換えみたいな言い回しをするな! 路上でちょっと会話したってだけだろうが!


 俺が慌てて隣の席に視線を向けると、エリシャはゴミを見るような冷たい目で俺を一瞥いちべつしたあと、話が聞こえてないかのように手元の本に視線を落とした。

 弁解するために口を開こうとするが、俺の声にかぶせるようにアルスが混ぜっ返してくる。


「へ〜。二人はただならぬ関係なんだね」

「断じて違う! こいつが絡まれてたところをたまたま見かけて、助け舟を出したってだけだ!」


 俺が大声を出して否定すると、教室内が一瞬静まり返った。

 嫌な予感がしてロルフのほうを見ると、やつは俺とクラリスが親しげに話しているのを見て、怒りと屈辱で顔を歪めていた。


 …………いや、俺だって不本意なんだって! 別に、お前が目をつけた女子を横取りするつもりなんてなかったから!


 俺は猛烈に頭痛がするのを感じながら、机に突っ伏して盛大に嘆息をついた。


「カイルさん、どうしたんですか? もしかして生理痛ですか?」

「君、なかなかツッコミにくいボケをするよね」

「生理にツッコむなんてダメですよ〜。痛いし感染症の恐れがあるって――もがっ!」

「……わかったから、お前はもうしゃべるな」


 俺はとっさにクラリスの口を手でふさぐと、アルスに視線を向けた。


「自己紹介が遅れたな。俺はカイル・セレナイフ。セレナイフ家の出来損ないだ」

「セレナイフ家って……あの帝国二大名家のひとつの?」


 アルスの問いに、俺は無言でうなずいた。


 アシュメディア帝国には、皇家を支える二大名家と呼ばれる公爵家が存在する。

 ひとつは、知のレヴァイン家。代々帝国の宰相さいしょうを輩出し、非常に有能な文官を数多く傘下に置いている公爵家だ。

 もうひとつが、武のセレナイフ家。代々帝国軍の最高幹部を務めるほど優秀な武人を輩出し、帝国の軍事力の大半を支配する公爵家だ。


 親父殿と宰相のエクトル・レヴァインの二人なくして、帝国の今の繁栄はありえないと言われるほど、両家とも帝国に絶大な影響力を持っている。


 普通ならセレナイフの名を聞いたら萎縮いしゅくするはずだが……アルスは案の定、腹の底が読めない笑顔を貼り付けたままだった。


「そんな名家の方とは知らず、無礼を言って申し訳なかったね。正式に謝罪したほうがいいかな?」

「いらねえよ。さっきも言った通り、俺は出来損ないだからな。貴族だと思われてないくらいがちょうどいいぜ」

「そっか。ならそうさせてもらうよ、カイル。あ、名乗るのが遅れたけど、僕はアルス・ラムゼイ。しがない男爵家のせがれさ」

「ラムゼイ、ね」


 男爵家のせがれとは白々しい。

 アルスが五年前に滅ぼされたエルロード王国――その王家の唯一の生き残り、アルス・エルロードであることはとっくに知っている。

 だが、ここで声高でそんなことを叫んだところで、アルスがエルロード王家の生き残りだと証明できるわけではない。


 俺はそれ以上追及することはせず、クラリスの口から手を離して自己紹介をうながした。


「ぷはっ! もう、カイルさんったらスキンシップが激しいんですからっ。私は平民のクラリスです。アルスさんもよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしく」


 愛想よく挨拶を交わすクラリスとアルスを眺めてから、俺はエリシャとロルフの様子をちらっとうかがう。

 エリシャは絶対零度の視線で俺を見下ろし、ロルフは怒りで煮えたぎった目で俺をにらんでいる。


 ……………………わかっちゃいたが、平穏な学生生活なんて送れそうもないな。

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