第7話 魔法実習の授業を受ける。実力を見せつける。

 ホームルームが終わると、魔法実習のために全員で訓練場に移動した。


 訓練場はコロッセオに似た形状をしており、円状の広い闘技エリアを囲むように、階段状に観客席が設置されている。

 武闘大会などを開くこともあるので、その際は観客席があふれんばかりの人で埋まるらしい。

 闘技エリアには生徒の訓練用に、丸太に鎧を着せた的が並んでおり、鎧にはおびただしい数の傷が刻まれていた。

 今まで多くの学生達が鎧に魔法をぶつけ、己の技を磨いてきたであろう歴史が感じられる。


 学生達は闘技エリアの入口に整列して、ヘイゼル先生の説明に耳を傾けていた。


「魔法実習は基本的に、自主的に自分の魔法能力を鍛える時間よ。使い慣れた魔法をより素早く出す練習をしたり、より高度な魔法に挑戦したり、クラスメイトと連携魔法を試したり、時間をどう使うかは完全に自由。もちろん、次からは武器や魔道具も自由に持ち込んでいいわ。やることに困ったら、あたしに相談してくれてもオッケーだから」


 ざっくりと説明したあと、ヘイゼル先生は俺とアルス、そしてロルフに視線を向けた。


「それで、副級長決めの対決だけど……授業の最後にやる? 最初にやっちゃう?」

「どちらでも構いませんよ。勝つのは俺と決まっているんですから」

「僕もどちらでも構いません」


 ロルフが不遜ふそんに断言し、アルスも胡散うさん臭い笑顔を浮かべたままうなずく。

 全員の視線が俺に集まってきて、俺は内心で嘆息をもらしながら言った。


「……じゃあ、最初にやるのでどうでしょう?」

「おいおい、無能者。魔法の練習をする時間がなくてもいいのか? お前、今まで一度だって魔法を発動させたことがないじゃないか」


 ロルフが露骨になめくさったことを言ってくるが、シカトしてヘイゼル先生を見る。

 彼女は俺の覚悟を見て取ると、小さくうなずいてから宣言した。


「じゃあ、最初にやっちゃいましょう。三人とも、武器棚の道具は自由に使って大丈夫だから、さくっと準備しちゃって」

「「「はい!」」」


 威勢よく返事をすると、俺達は闘技エリアの入口に置かれた武器棚に歩み寄った。

 ロルフは斧を手に取り、アルスは長剣を手に取っていく。俺は二人から少し遅れて、長剣を手に取ってから二人の後を追った。


 この世界の魔法は、発動するために魔力を集めるアンテナとして魔石を必要とする。

 魔石の質によって魔力の集約効率に差は出るが、魔法の威力に関しては使い手の魔力操作技術が大きくものを言う。

 例えば、俺が以前食らった第一階梯かいていの風魔法ウィンド・エッジだが、並の使い手なら肉を斬るくらいの威力しかないが、凄腕の魔法師なら鋭さを高めて鋼をも切り裂く威力を生み出せる。


 要するに、道具の差がこの勝負の結果に影響を与えることはないってことだ。

 それくらい、魔法というものは使い手の能力が物を言う技術なのだ。


「最初は俺から行かせてもらいますよ」


 そう言って最初に鎧の前に立ったのは、ロルフだった。

 ロルフは俺とアルスを交互に見下すように見てから、嘲笑ちょうしょうを浮かべた。


「男爵家と無能者風情ふぜいが。お前らに『本物の才能』ってやつを見せてやる」


 宣言すると同時に、ロルフは斧の柄にはめ込まれた魔石に魔力を集約していく。

 燃え盛る炎がロルフの周囲に渦巻き、凝縮されて三つの槍を作り出す。

 炎の槍が完成すると、ロルフは斧を鎧に向けて突き出し、高らかに魔法を発動させる。


「行け、フレイム・ランス!」


 声とともに、三つの炎の槍が鎧に向かって突撃する。

 炎の槍は鎧に衝突すると、爆散して鎧をえぐって傷を残す。硬貨大にえぐれた傷を見て、ヘイゼル先生は感心したようにうなった。


「へぇ……第三階梯の魔法をちゃんと使いこなしているね。ミスリル製の鎧にここまで傷をつけるなんて、さすがセレナイフ家の御子息だね」

「ふふんっ。そうでしょうとも」


 俺はロルフは偉そうにふんぞり返ってから、俺とアルスに再び嘲笑を向ける。


「さて。これで、お前ら二人に勝ち目がないことは十分わかっただろう? 時間の無駄だから、さっさと降参しろ」


 ロルフの挑発を無視して、アルスは鎧の前に移動した。

 長剣を構えて魔力を集約させ、燃え盛る炎を生み出す。そして――それを槍の形に凝縮させていく。


「何っ!?」


 驚きの声をあげたのは、ロルフだった。

 アルスは集中を切らすことなく、ロルフより素早く魔法を完成させると、の炎の槍を鎧に向けて射出する。


「フレイム・ランス!」


 四つの炎の槍は鎧に激突し、硬貨大よりやや小さくミスリル製の鎧を削っていた。

 アルスは魔法を効果を見届けてから、いつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべてロルフを見やった。


「どうです? 僕の魔法も捨てたもんじゃないでしょう?」

「バ、バカな……どうして下等な男爵家ごときが、俺と同じ魔法を……」

「う〜ん。見たところ槍の数も多かったし、魔法の発動速度もアルスさんのほうが早かったかな。これはアルスさんの勝ちってことでいい?」

「じょ、冗談じゃありませんよ、先生っ!」


 ヘイゼル先生の講評に、ロルフは猛然と食らいついた。


「鎧についた傷の大きさを見てくださいよっ! 俺のほうがずっと大きくえぐれているじゃないですか! 威力だったら絶対に俺のほうが上です! それなのに俺が負けるなんて、納得いきませんっ!」

「……こう言ってるけど、どうする? エリシャさん」


 ヘイゼル先生がエリシャに水を向けると、彼女は皇女らしい一分いちぶの隙もない笑顔で応じた。


「どちらも素晴らしい魔法で、甲乙つけがたいですね。引き分けということでどうでしょう?」

「それはいいけど……それだと、決着がつかなくならない? カイルさんも残ってはいるけど……さすがに一年生で今のを超える魔法が使えるなんて、想像がつかないな」

「そうですね。ですが、私は少し楽しみです」


 そう言って、エリシャは俺にちらりと視線を向けると、面白がるように笑みを浮かべた。

 その笑みには他の生徒達と違って、俺が恥をさらすことへの期待など微塵もない。

 むしろ、自慢の騎士の実力をようやく見られる――そんな期待感に満ちた笑みだった。


 ――まったく。そんなに期待されちゃ、裏切るわけにはいかないよな。


 俺は鎧の前に移動すると、右足を前に踏み込み、腰を落として腰に帯びた長剣の柄に手を添えた。


 ――結局のところ、俺にできることはこれしかないんだよな。


 俺は一瞬で長剣を鞘から抜くと、居合抜きの要領で横薙ぎに剣を振り抜いた。

 そして、一瞬で鞘に納刀する。


 音速を超えた素早い斬撃に空気が震え、爆音のような音が訓練場に響き渡る。

 背後で学生達がざわついてるのが聞こえるが、それは爆音のせいだけではないだろう。


 俺の眼前にあったミスリル製の鎧は、胴体から真っ二つにされ、地面に転がっていた。

 更に――眼前の鎧の一個先にあった鎧まで、胴体が切断されて地面に残骸をさらしている。

 ……ミスリル製とは言っていたが、相当な期間使われたものらしいし、老朽化していたのかもしれないな。うん。


 一人で納得してから、俺は背後を振り返った。

 エリシャも、ヘイゼル先生も、ロルフも、アルスも、他の学生達も、皆何が起こったのかわからないと言いたげに口をぽかんと開けている。

 彼らに向けて、俺はややうわずった声で言った。


「ウ、ウィンド・エッジです」


 大嘘である。

 本当は斬空ざんくうで、ただの物理攻撃に過ぎない。

 …………あとはただ、誰も『俺が剣を抜くところを視認できなかった』ことに賭けるしかない。


 内心冷や汗だらだらだったが――俺が魔法名を申告した途端、生徒達が一斉にざわつき始めた。


「あれがウィンド・エッジ!? 冗談だろ!? 第一階梯の魔法だぞ!?」

「第一階梯の魔法が、第三階梯の魔法の威力を超えるなんて……どんだけウィンド・エッジだけを研ぎ澄ませてきたんだよ」

「いや、第一階梯の魔法でミスリル製の鎧を真っ二つにできるわけないだろ! こんなの……悪い夢としか思えない……」

「っていうか、発動まで一秒もかかってなくなかった!? 他の二人は五秒くらい時間がかかってたのに!」


 学生達が騒いでいる中、よく見るとエリシャだけは口元を手で押さえて肩を震わせていた。

 あれは……笑ってる、のか?

 周囲の喧騒をよそに必死に笑いをこらえながら、俺だけに見えるように小さく親指を立ててきた。


 そうこうしている内に、いまだ混乱が収まらぬ様子でヘイゼル先生が声を張り上げた。


「み、みんな静かに! え、えーっと……これはさすがに予想外というか、あたしもちょっと理解が追いついてないんだけど……エリシャさん、どうする?」

「…………こほん。そうですね。第一階梯の魔法とはいえ、この練度と威力を見れば結果は明白でしょう」


 そう言って、エリシャは俺の前まで歩み寄ってきた。


「カイル・セレナイフ、副級長として私を支えてくれますか?」

「無論です、エリシャ様」


 エリシャと呼びたい衝動をこらえてそう応じると、俺は差し出されたたおやかな手をそっと握り返した。

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