第8話 褒められる。そして難癖をつけられる。

 魔法実習をなんとか乗り切って教室に戻ってくると、俺は自分の席でようやく一息ついた。


 あの偽ウィンド・エッジ以降、ヘイゼル先生は一旦俺の魔法使用を禁止して、他の生徒の魔法実習の手伝いや見学を言い渡した。

 それも当然だろう。初級魔法と揶揄やゆされる第一階梯かいてい魔法のウィンド・エッジで、ミスリル製の鎧を真っ二つにしたのだ。

 それ以上の魔法なんかを使われた日には、訓練場ごと吹き飛ばしかねないと想像したのだろう。


 ……まぁ当然、俺にそんな強力な魔法を使う才能なんてないわけだが。

 とりあえず、魔法が使えないことがバレずに済んでよかった。実習の時間中、マジでずっと心臓がバクバク鳴ってたわ。


 俺が自席で呼吸を整えていると、前の席のクラリスが前のめりになって話しかけてきた。


「カイルさんって、めちゃくちゃ凄い人だったんですね! あんな威力のウィンド・エッジ、私初めて見ました!」

「ちょっ、ち、近いって」


 ほとんど鼻が触れ合う寸前の距離まで顔を近づけられ、俺は慌ててのけぞった。

 だがクラリスは気にした風もなく、立て続けに質問をぶつけてくる。


「一体、どうやってあんなにウィンド・エッジを研ぎ澄ませたんですか!? 他にはどんな魔法が使えるんです!? あとあと、一体どんな先生に師事して魔法を教えてもらったんですか!?」

「え、えーっと……とりあえず秘密ってことで」

「え〜! 教えてくれないんですか〜!? はっ!? まさか、『ぐへへ。俺の秘密を知りたければ、お前の秘密の場所を見せてもらおうか』的なことですか!? 英雄色を好むとは言いますが、カイルさん、ドスケベですね……」

「ドスケベはお前だっ!」


 俺は反射的にツッコミを入れてから、助けを求めるようにアルスに視線を向けた。

 だが、アルスも相変わらず胡散うさん臭い笑みを浮かべながら、目だけは笑っていない表情で俺に追い打ちをかけてきた。


「正直、僕も知りたいな。一体どうすれば、あそこまで魔法を磨き上げることができるのかな?」

「それは……」

「やめておきなさい」


 俺が返答にきゅうしていると、隣の席からエリシャが助け舟を出してくれた。


「彼の魔法は、彼だけが重ねた研鑽けんさん賜物たまものよ。同じことをしても、同じ結果が得られるとは限らない。第一、無償で強くなる近道を教えてもらおうなんて、そんな虫のいい話は通らないわ」

「……皇女殿下のおっしゃるとおりです」


 アルスは反省したようにうなだれてから、俺に視線を合わせて頭を下げた。


「すまない、カイル。君みたいな達人が同学年にいるなんて思ってなくて、動揺して礼を失してしまった」

「私も、ごめんなさいっ! カイルさんがあまりに凄いから、ついはしゃいで色々聞き過ぎちゃいました!」

「いや……クラリスもアルスも、わかってくれればいいんだ」


 俺はやんわりと二人に頭を上げさせると、エリシャに視線を向けた。


「助け舟を出していただいてありがとうございます、エリシャ様」

「……様」

「…………エリシャ様?」

「き、気にする必要はないわっ。級長として、当然のことをしただけだもの」

「はぁ……」


 一瞬すねた顔をしていたように見えたのは、俺の見間違いだったんだろうか。

 少し気になったものの、俺は再びクラリス達に視線を戻そうとし――


「うまくやったよなぁ、無能者」


 どかっ――っと背後から椅子を蹴られ、俺は嫌々背後を振り返った。

 見れば、そこにはロルフが取り巻きの貴族どもを連れて立っていた。

 俺の椅子に前蹴りをした体勢のまま、ロルフは忌々しげに顔を歪めて続けてくる。


「なにがウィンド・エッジだ。たかがウィンド・エッジで、ミスリル製の鎧が二つも切断できるわけないだろ。絶対、なにかイカサマしてやがったに違いないんだ」

「そう思うなら、証拠でも探してきたらどうだ?」

「言われなくてもそうしてやるよ。まったく、これだから下賤げせんやからは……母親のメス犬と同じで、人をだまくらかすことばかりにけてやがる」


 ……………………こいつ、マジで口喧嘩なら全一ぜんいち狙えるんじゃないか?

 毎度毎度、絶妙にイラつく言葉を、絶妙にイラつく顔と態度で言ってきやがる。


 俺が深呼吸して怒りを抑えていると、ロルフはエリシャに矛先を向けた。


「皇女殿下も目を覚ましてください。こいつはただの無能者で、セレナイフ領にいた時は一度だって魔法を発動させられなかったんです。そんなやつがあんな芸当、できるわけがありません。絶対なにかイカサマがあったに決まってます」

「……つまり、あなたは私の目が節穴だとおっしゃっているのね?」


 エリシャが発した絶対零度の声に、ロルフがぶるりと身を震わせた。

 彼女は氷の刃のように鋭く冷たい瞳でロルフをにらむと、容赦なくロルフに追撃する。


「先ほどからあなたはイカサマを主張しているようですが、見たところいまだ証拠も解明の糸口も持ち合わせていないようですね。そんな言い分を、一体誰がまともに取り合うというのです? 真剣に訴える気があるのなら、権威に媚びるのではなくあなた自身が行動したらどうですか?」

「うっ……くっ……!」


 公衆の面前で叱責しっせきされた屈辱と怒りで、ロルフの顔には目に見えて血がのぼっている。

 だが、後ろ盾のない妾腹しょうふくの皇女相手とはいえ、面と向かって怒りをぶちまけたり、嫌味を言う度胸はないらしい。

 ロルフはぐっと怒りを飲み込んだようだった。


 これで場が収まるか――と思った、その矢先。


「エリシャ様のおっしゃる通りです! あなた、さっきからカイルさんに対して無礼ですよ!」


 クラリスのやつが、余計な爆弾を放り込みやがった。


「黙って聞いていれば、人のことを下賤だの、メス犬だの……貴族様はそんなに偉いんですか!? 例えどんな生まれだとしても、そんなひどいことを言われる筋合いはないはずです!」

「くっ……黙って聞いてりゃ、このメス犬……っ!」


 ロルフがクラリスにつかみかかろうとするので、俺は反射的に立ち上がってロルフの腕をつかんだ。

 ロルフは俺の手を振り払おうと全力でもがくが、俺は腕に力を入れて万力まんりきのようにロルフの腕を固定する。


「こいつ! 放せっ! 放しやがれっ!」


 ロルフは必死にもがくが、俺の腕から逃れることはできない。

 しばらく醜態しゅうたいをさらしたあと、ようやく諦めたのか、ロルフはいやみったらしい笑みを浮かべた。


「ハッ! どうやらこの無能者は、そこのメス犬にすっかり骨抜きにされたみたいだな! 野良犬とメス犬同士、お似合いじゃないか! サカリのついた犬同士、さぞや激しくまぐわったんだろうよ!」


 わかりやすい負け惜しみを教室中に響かせるが、あまりに聞くに耐えない内容だな。

 俺はロルフの腕を解放すると同時に、ロルフのあごの先端を軽く指ではじいた。

 脳を揺らされて脳震盪のうしんとうを起こし、ロルフは糸を切られた操り人形ようにその場に崩れ落ちる。


「ロ、ロルフ様!? どうされたのですか!?」

「貴様、一体何をした!?」


 取り巻き連中が俺に文句を言いながら、慌ててロルフの腕を肩に回して立ち上がらせる。

 ロルフは憎悪に燃える目で俺とクラリスを睨みながら、呪いの言葉を紡ぎ出す。


「……俺を怒らせて、ただで済むと思うなよ。下賤な犬ども」


 それだけ言い残して、ロルフは取り巻き連中に引きずられて教室を出ていった。恐らく、医務室にでも運んでいったのだろう。

 連中を見送ってから、俺はクラリスに向き直った。


「お前なあ……せっかくエリシャ様が場を収めようとしてくれてたのに、どうして口を挟んだりしたんだ? ロルフのやつ、あの様子じゃお前のことも標的にしかねないぞ」

「だ、だって……カイルさんやカイルさんの親のことを、無能とか、下賤とか、メス犬とか……ひどいですよ! あんな言動が許されるなんて、絶対に間違ってます!」


 ……まぁ下ネタさえなければ、クラリスの倫理観は極めて真っ当なんだよな。

 俺はすっかりロルフの悪口には慣れてしまったが、それでも腹が立つ時はある。耐性のない人間が聞いたら、堪忍袋の緒が切れるのもやむなしか。


「まぁいいか。ただクラリス、お前はあまり一人にならないように気をつけろよ? ロルフのやつ、キレると何をし出すかわからんからな」

「そ、そうですね。気をつけます…………はっ!? こ、これはまさか、『しょうがねえから俺が守ってやるよ。ただし報酬は……わかってるよな? ぐへへ』的な展開ではっ!?」

「…………お前はホント、それさえなければいいやつなんだけどな」


 どうにかならんのか、この頭ピンク聖女。

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