第9話 訓練場に行く。エリシャと二人きりになる。

 放課後、俺はヘイゼル先生に呼び出されて訓練場に来た。

 闘技エリアの入口で、ヘイゼル先生は俺を待っていた。


「わざわざ来てもらって悪いね」

「いえ。それより用事ってのは?」


 俺がさっそく本題を切り出すと、ヘイゼル先生は俺が真っ二つにしたミスリル製の鎧を見下ろした。


「実は……言いにくいんだけど、この鎧を補修しろって経理担当から怒られちゃってね。君、セレナイフ家の御子息だし、なんとかならない?」


 君が壊したんだし――と暗に言われ、俺は返答にきゅうした。

 言われてることは完全に正論なんだが、申し訳ないが俺にセレナイフ家から金をせびる力はないんだよな。

 士官学校の学費だけは払ってもらっているが、生活費はレベリングの時に入手した魔物の素材を売った貯金でまかなっている。

 ミスリル製の鎧を補修するとなると、相当な額が必要となるだろうし、今の俺に工面くめんできるわけが……


「あっ」

「ん? どうかしたかい?」

「いや……実は、補修費の代わりになるものがあるかもしれないんで、寮から取って来たいんですが……」

「あぁ。もちろん構わないよ。多少足しになるだけでもありがたいし」


 俺は早足で寮に戻ると、生活費の足しになるかと思って持ってきておいた、デュラハンロードのミスリル製(疑惑)の突撃槍を手に取った。

 訓練場に戻るまでの道中、やたらあちこちから視線を感じる。

 まぁクソでかい突撃槍を抱えた学生なんて、目立って当然か……素材がミスリルに似てるせいもあって、「ミスリル製武器を堂々と持ち歩く俺」を演出する中二病だと思われてる可能性もある。

 俺は寮に移動する時よりも早足で、訓練場に戻った。


「お待たせしました、ヘイゼル先生」

「いや、そんなに待ってな……っ!」


 こちらを振り向いた瞬間、ヘイゼル先生は口をぽかんと開けて固まってしまった。

 ……もしかして、待たされた挙げ句にこんなエセミスリル製の武器を持ってこられて、心底俺に呆れているのだろうか。

 俺は慌てて弁解することにした。


「い、いや、確かにこれはエセミスリル製で何の足しにもならないかもしれませんが、そこそこ強い魔物から手に入れたものなので、実はそれなりに価値があるんじゃないかなーなんて思ったわけで……」

「それなりに価値があるなんてもんじゃないよ!」

「そ、そんなにダメですか……」


 俺ががっくりとうなだれると、ヘイゼル先生は俺の両肩をつかんできた。


「これほどふんだんにミスリルを使った突撃槍なんて、とんでもなく貴重な物だよ! 正規の値段で売れば、帝都に大きな屋敷を建てられるよ!?」

「そ、そんなバカな……だってこれ、ミスリルっぽいだけでパチモンでしょう?」

「この硬度と強靭さ、魔法伝達性でパチモンなわけないでしょ! これはれっきとしてミスリル製よ!」


 ヘイゼル先生に断言され、俺はようやくほっとした。


「じゃあ、これを売っぱらえば鎧の補修の足しになりますかね?」

「足しどころか、とてつもないお釣りがくるよ! 第一、こんな貴重な物を簡単に手放していいわけ!?」

「いや、別に……俺、槍は使いませんし。この槍、場所も取って邪魔なんで。大体、こんなクソでかい槍なんて、扱える人間もほとんどいないでしょ。なんなら溶かして補修に使ってもらっても問題ないですよ」

「あなた、本当にぶっ飛んでるわね……」


 なぜだかわからないが、めちゃくちゃ呆れられてしまった。


「まぁいいわ。その槍を交渉材料にして、得意先の鍛冶師に鎧の補修依頼をかけてみる。悪いけど、もうちょっとここで待っててくれる?」


 それだけ言うと、ヘイゼル先生は早足で訓練場を去っていった。

 一人取り残された俺は、訓練場にぼけっと突っ立っていた。

 下手に訓練をしようして、また鎧を壊してしまったらしゃれにならんし、何もすることがない。


「……カイル?」


 ぼーっと頭上の雲を眺めていると、突然背後から名前を呼ばれて振り返った。

 そこには、エリシャが驚いた顔をして立っていた。

 軽く周囲を確認し、他に誰もいないことを確認してから、俺は彼女に笑いかけた。


「よ、エリシャ。こんなところに何か用か?」

「あなたこそ、こんなところで一体何を……っていうか、その槍は一体何なの?」


 槍を手に入れた経緯と、この場に槍を持ってきた理由を簡単に説明すると、エリシャは呆れたように嘆息した。


「……………………はあ。あなた、五年見ない内にとんでもない男になったわね」

「そうか? 君の剣を名乗る以上、まだまだ実力が足りないくらいだと思うが」

「なっ!? き、君の剣って……この歳になって、よく臆面おくめんもなくそういうこと言えるわね!?」

「本心だしなぁ。てか、顔が赤いけど体調でも悪いのか?」


 俺が指摘すると、エリシャは急に両手で顔を隠し始めた。


「そ、それはあなたが悪いでしょ!」

「俺? なんかしたっけ?」

「も、もういいわっ! それよりカイル、あなたあのクラリスって子とどういう関係なの!?」


 急に話題を変えられ、俺は頭痛がして頭に手をやった。


「こっちが聞きたいくらいだよ。なんか、通学中にロルフに絡まれてるのを助けたら、妙になつかれちまって」

「本当にそれだけ!? あの子、凄いいかがわしいことを口走ってたわよ!? あなた、何か人の道に外れたことをしたんじゃないでしょうね!?」

「そんなわけあるか! あれは、あいつが下ネタ大好き女ってだけだ!」

「そんな恥知らずな女の子、いるわけないでしょ!」


 クラリス、お前めちゃくちゃ言われてるぞ。

 実際、宮廷暮らしや境遇のせいで、女友達を作る機会がなかったエリシャからすると、クラリスの性格は相当奇天烈きてれつに見えるんだろうな。


 エリシャは急に俺に近付いてくると、俺の胸に顔を埋めた。

 髪からふわっと香るいい匂いにどぎまぎしていると、エリシャが甘えたような声で言ってくる。


「……私のことをないがしろにしたら、許さないんだからね?」


 ――くそっ! かわいいなあ、おい!

 彼女を抱きしめたい衝動をぐっと堪えて、俺は彼女の頭にぽんと手を置いた。


「そう言えば、さっきはありがとな。ロルフを論破してくれて」

「え? あぁ……あんなの、別に気にする必要ないわ。あんな風に貴族を思い上がらせているのも、根本的には皇家が原因だもの」

「いや、そんなことは」

「実際そうなのよ」


 言って、エリシャは顔を上げた。その目には信念の強い光が宿っている。


「お父様は、セレナイフ家とレヴァイン家に力を与え過ぎたのよ。今や皇家はほとんどお飾り、実権は二大名家にほとんど奪われているわ。そのせいで、貴族達の……特に二大名家と、その取り巻き達の高慢さに拍車がかかってしまったのよ」

「……そうなのか」


 単にロルフがなだけだと思ってたが、あれと同じようなのがもっといると思うと気が滅入るな。


「だからこそ、私はこの国を変えたいの。二大名家だけに力を与えて他国への侵略行為を繰り返すんじゃなく、歪んだこの国の統治を正したい」

「……それは、かなり大変だな」

「わかってる。でも、もう決めたの」


 そう言って、エリシャは上目遣いに俺を見上げてくる。


「……カイルも、手伝ってくれるよね?」

「当たり前だろ」

「ふふっ。そう言ってくれると思った。私の剣が、あなたでよかったわ」


 そう言って嬉しそうに笑うと、エリシャは俺から離れた。

 武器棚から縄状のむちを手に取ると、俺に向き直る。


「先生が戻ってくるまで暇なら、私の訓練に付き合ってくれない? 魔法の練度をもっと上げたいのよね」

「真面目だな。魔法実習の授業じゃ、君が一番の実力者だったじゃないか」

「カイルをのぞいて、の話でしょ?」


 俺は魔法使ってないからな……真面目に努力しているエリシャと同じ土俵に上げられると、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「私も妾腹しょうふくの出だから、完璧でないとまともに生きられないのよ。必死に努力してなかったら、たぶんどこかにとつがされて士官学校への入学も許されてなかったと思うわ」


 完璧でないと生きていられない、か。

 力を示せないなら死ね――親父殿にそう言われ続けて生きてきた俺にとって、彼女の言葉は胸に響いた。


「それに……お飾りの皇女じゃ、何も変えられないもの。せめて私自身が力を持っていないと、誰もついてきてくれないでしょう?」


 当たり前のように言う彼女を、俺は眩しい思いで見つめていた。


「……俺のほうこそ、つかえる相手が君でよかった」

「ん? 何か言った?」

「いや、なんでもないよ」


 俺は笑ってごまかすと、武器棚から長剣を取り、エリシャの訓練に付き合うことにした。

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