第10話 学校生活に慣れる。新入生試験のパーティを組む。

 入学から一週間ほどが経った。


 初日に色々あったものの、学園生活はおおむね平穏だった。

 エリシャとともに級長と副級長の仕事をこなしつつ、クラリスやアルスと雑談にきょうじ、ヘイゼル先生からはなぜか一目を置かれる――そんな士官学校生活にもそれなりに慣れてきた。

 壊してしまった鎧の補修も、得意先の鍛冶師に例の突撃槍を貸し出すことで、補修費を大幅に割引してもらったらしい。


 唯一不安なのは……初日以降、ロルフが俺に絡んでこなくなったことだ。

 いや、本来ならめちゃくちゃありがたいことなのだが、ロルフの場合、なにか企んでそうでめちゃくちゃ不気味なんだよな……


「なに難しい顔してるんですか、カイルさん。……はっ!? これはあれですね!? 男子の間でよく行われているという、制服の上から女子の裸を想像するやつですか!?」

「んなわけあるか!」


 人が真面目に考え事してるのに、わけのわからん妄想をふくらませるな!

 俺のツッコミをさらっと無視して、クラリスは話を戻してくる。


「それで、なにか考え事ですか?」

「……まぁ、ちょっとな」


 ロルフの行動があやしい――と教室内で言うと、自分から火種ひだねくようなものだ。

 俺が言葉をにごすと、クラリスは不服そうに頬をふくらませた。


「えー、話してくださいよ〜。友達じゃないですか〜」

「あー……ほら。ヘイゼル先生が、週明けに新入生試験があるって言ってただろ? それのことを心配してたんだよ」

「そんなことを心配してたんですか?」


 クラリスが拍子抜けしたように言うので、俺は反論する。


「そんなこととはなんだ。俺にとっては死活問題だぞ」

「死活問題って、そんな大げさな……そもそも、カイルさんの実力だったら心配することないじゃないですか。ほとんど一位確定ですよ」

「そんなことはどうでもいい!」

「えっ」

「新入生試験の実技は、二人一組での集団実戦演習じゃないか! 試験を受けるのに二人一組になる必要があるんだぞ!? なんて恐ろしいことを考える学校なんだ……」


 俺が恐怖に震えながら言うと、クラリスは心底呆れたように嘆息をつきやがった。


「何をわけのわからない心配をしてるんですか」

「リア充め……しょせん、お前には俺のこの苦しみがわからんのだ……」

「っていうか、私達友達じゃないですか。組む相手がいないなら、私がパーティを組んであげますよ」


 えへん、とクラリスは腰に手を当て、大きな胸を張って言った。


「カイルさんと組めば学年一位間違いなしですし、パーティ組んだら私も助かるんですよね〜」

「マジか!」


 地獄に救いの糸が垂らされた思いで、俺は思わず椅子から立ち上がっていた。


 とはいえ、正直俺とクラリスとではパーティの相性がめちゃくちゃ悪い。

 クラリスは回復魔法と支援魔法を得意とする光魔法の使い手だが、俺は体質のせいで回復魔法も支援魔法も効果がない。

 俺と組んでクラリスが魔法を使った場合、クラリスの魔法は効果が低いと判断されて、試験の成績が悪くなる恐れがある。


 更に最悪なのは、俺の体質がバレることだ。

 魔法が効かない、使えない体質だとバレたら、士官学校は退学になり、魔法研究機関の実験動物にされかねない。

 そうなったら今世こんせの人生も詰んでしまう。


 ――でも、俺と組んでくれるやつなんて他にいるのか……?


 俺が一人で葛藤していると、エリシャが横から声をかけてきた。


「あら。カイルは私と組むものだと思っていたわ」

「そうなんですか? でも、カイルさんは誰とも組む予定なかったみたいですけど」

「私と彼は級長と副級長でしょう? 新入生試験では、級長と副級長が組むのがこの学校の伝統みたいよ」

「伝統って……それって別に、明確なルールじゃありませんよね? だったら、私がカイルさんと組んでもいいと思います」


 …………あれ? なんか空気悪くね?

 俺が困惑していると、エリシャとクラリスが同時に俺に視線を向けてくる。


「カイルさんはどっちと組みたいですか!?」

「副級長として、級長を支えてくれるのよね?」


 二人から同時に圧をかけられ、俺は思わず気圧けおされながら答える。


「え、えーっと……じゃあ、エリシャ様で」

「そんなぁ! 私のほうが先に声をかけたのにー!」

「ふふっ……ごめんなさいね、クラリスさん」


 クラリスは悔しそうにうなだれ、エリシャは勝ち誇ったように腕組みしている。


 なんだ。結局みんな組む相手がいなくて、ぼっち参加が怖かったんじゃないか。

 俺が勝手に仲間意識を感じていると、アルスが話に入ってきた。


「話が聞こえてきてたんだけど、カイルはエリシャ様と組むことになったんだね」

「あぁ。これでぼっち参加せずにすむぜ」

「そっか。ならクラリス、僕と組まない? 僕もまだ組む相手決まってなくてさ」

「アルスさんが売れ残ってるなんて意外ですね〜。魔法もすごいですし、私も組めるならありがたいです!」

「じゃあ、決まりだね」


 クラリスはアルスとがしっと握手を交わしたあと、俺に向かって恨みがましい目を向けてきた。


「私の誘いを断ったこと、後悔させてやりますから!」


 ……知らん間にめっちゃヘイトを買ってしまったようだな。


 クラリスとアルスは隣の席同士、さっそく新入生試験の対策について話し合いを始めた。

 俺がぼんやりとそれを眺めていると、横からエリシャに腕をつつかれた。

 エリシャを見ると、彼女はすねたように少し唇をとがらせて、俺だけに聞こえるように小声でささやいてくる。


「クラリスさんのほうがよかった、とか思ってないわよね?」

「いや、そんなことはないが」


 この間訓練に付き合ったおかげで、エリシャの戦い方は把握している。

 連携面でも不安はないし、クラリスと組む場合と違って、エリシャとなら俺の体質がバレる危険性もない。


 俺の答えに満足したのか、エリシャは安心したように口元を緩めた。


「……ならいいわ。でも、あれくらい自分で断ってよね? あなたは私と組むんだから」


 え? そうなの?


 ……まぁエリシャの剣になると約束したし、ただの試験でも敵対するのはよくないか。

 俺は一人で納得すると、次の授業の準備をすることにした。

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