第11話 新入生試験が始まる。一斉攻撃を受ける。

 週が明け、新入生試験が始まった。


 士官学校の敷地の外れには、小高い林丘りんきゅうがある。

 チーム戦形式の実戦演習でよく使われる場所らしく、新入生試験の実技もその例に該当するらしい。

 機動性と見晴らしを悪くする林に、上下で地形的有利がはっきりある丘を使うことで、作戦行動の実戦値を積む効果があるらしい。


 林丘の前でそんな説明を終えてから、ヘイゼル先生は試験のルール説明に移る。


「今回の試験は学年全体の試験だから、別のクラスの子達も参加してるわ。うちのクラスはこの場所からスタートして、十五分以内に自分達の判断で試験開始地点を決めること。その十五分間は戦闘行為は一切禁止よ。

 十五分経ったら学年主任が角笛を鳴らすから、そこから試験開始よ。試験の時間は三十分。時間切れの時にも同じ角笛が鳴るわ」


 一気に説明してから、ヘイゼル先生は指を二本立てて付け加える。


「接敵した場合、相手を倒す方法はふたつ――今胸につけてもらったブローチ型の魔道具に魔法を当てることと、相手の意識を奪うことよ。魔法がブローチに当たれば試験官に連絡が飛ぶから、不正はできないわ。眠らせたり気絶させた時も、ブローチが勝手に感知するわ。

 あと……あくまで試験なんだから、命の危険がある魔法を人に向けないこと。破ったら罰則があるから覚悟するように」


 全員を見渡して、質問がないのを確認してから先生は続ける。


「試験で評価されるポイントは大きく二点。長時間倒されずに生き残ることと、多くの敵を倒すことよ。誰も倒さずただ潜伏しているだけでも、作戦能力や潜伏技術が高く評価されるわ。実力に自信がある子は、積極的に戦闘をしかけていってもいいと思うわ」


 ざっとルールを説明し終えると、ヘイゼル先生は生徒全員を見渡した。

 全員の顔に納得の顔が浮かんだのを確認したのか、先生は一度だけ大きくうなずくと、大きな音を立てて手を叩いた。


「じゃあ、みんな行っておいで!」


 その一声を合図に、生徒達は二人一組になって一斉に林丘に向かって駆け出していく。

 最後方からそれを追いかけながら、俺は隣を走るエリシャに話しかけた。


「さて。俺達はどうする?」

「そうね……セオリーで言えば高所を取るのが有利なんでしょうけど、みんな考えることは一緒でしょうね」

「だな。人が密集する分、いきなり戦闘になる可能性が高い」

「あなたは悪目立ちしてるから、なるべく人目のつかない場所からスタートしたほうがいいわね。敵が固まってる中にあなたが飛び込んでいったら、全員真っ先にあなたを無力化しようとするはずだから」


 ……こっちは魔法が使えないっていうのに、レイドボス扱いかよ。


「それじゃ、最初は丘のふもとのほうで潜伏しておくか」

「それが無難でしょうね」


 意見が合致すると同時に、俺達は速度を上げて丘に入る。


 丘に入った瞬間から、すでに違和感があった。

 まだ言葉にできないそれを飲み下して、俺はエリシャに人の気配が少ないほうを指さしながら移動する。

 ふもと周辺をひたすら移動し続けて、俺はようやくその違和感を言語化することができた。


 ――俺達、すでに包囲されてないか?


 丘に入った瞬間から妙に人の気配が多いなと感じていたが、移動しても移動しても人の気配が少なくならない。

 それどころか、潜伏が下手な生徒達が露骨に俺達のあとをつけてきやがる。


「これは、移動するだけ無駄っぽいな」

「……そうみたいね」


 エリシャも同じことに気づいていたようで、比較的開けていて戦いやすい場所で足を止めた。

 エリシャと互いに背中を預け合うように立ちながら、俺は周囲の気配をさぐる。


 ――俺の感覚が正しければ、この周辺だけですでに三十人近い生徒が集まってるな。

 今日、即席で作戦を立てたとは思えないほどの周到さで、明確に俺達に狙いを定めてきてやがる。

 しかし、こんな大勢の生徒を動かすなんて、一体誰が裏で糸を引いているんだ?


「…………あー、そういや一人だけいたな。大勢の生徒を従わせられる、が」

「ロルフ・セレナイフね。こんな大掛かりな作戦を考えて実行できるほど、血の巡りのいいタイプには見えなかったけど」


 俺もまったく同感だが、この状況を作り出せるのはやつしかいない。

 誰かの入れ知恵があったのか、俺への復讐のために必死で頭を使ったのか……いずれにしても、俺に対するやつの憎悪はひしひしと感じる。

 入学初日以降、俺に突っかかってこなくなったのは、他クラスも含めて今日のための根回しをしていたからだったのか。

 今更ながら、やつの動向にもう少し注意を払っておくべきだったな。


 俺はひとしきり反省すると、肩越しにエリシャのほうを見た。

 エリシャは鞭を構えながら、俺に小声で尋ねてくる。


「言っておくけど、私はこの試験で低評価をもらうつもりなんてないわよ。やれるわよね、カイル?」

「何言ってんすか、我があるじ


 俺は苦笑してから、腰に帯びた長剣を抜き放った。


?」

「……ふっ。そうでなくちゃ、私の剣なんて名乗らせないわ」


 エリシャが不敵な笑みを浮かべると同時に、空気を震わすような角笛の音が響き渡る。


 同時に、周囲の生徒が一斉に俺達に向かって魔法を編み上げ始めた。


「正面の相手だけ注意しろ!」


 俺はエリシャに指示してから、地面を蹴った。


 正面に立っていた四人を手刀しゅとうで軽く殴って気絶させてから、遠くのほうで魔法を準備している連中を、かなり威力を弱めた斬空ざんくうで一斉に吹き飛ばす。

 二秒でそこまで終えてから、俺は右側を囲んでいた連中に突撃する。


 いきなり俺が目の前に現れて、連中は魔法を練るための集中を乱したようだった。

 だが構わず、俺は連中を一人ずつ手刀で意識を奪っていく。

 ここまでで五秒。


 残るはエリシャの正面を除けば左側だけだが、ここから移動してちゃさすがに間に合わないか。

 俺は素早く足元の石を拾うと、地面を蹴って木の枝に飛び乗った。


 エリシャの側面から魔法攻撃が放たれる。

 氷の矢、火の玉、土の塊、風の刃――様々な魔法がエリシャに向かって肉薄するが、エリシャはそちらを一顧いっこだにしない。

 俺のことを完全に信頼して、側面からの攻撃はないと信じているのだろう。


 ――まったく、肝の据わった皇女殿下だぜ。


 俺は拾った石を空中にほうると、宙に浮いたそれを親指で弾き出す。

 親指によって弾き出された石ころは、文字通り弾丸の速度で空を切り、エリシャに迫っていた魔法をすべて撃ち落とした。


 俺は木の上から大きく跳躍すると、エリシャを魔法攻撃した連中の前に着地した。

 やつらは顔を恐怖に歪め、逃げようと後ずさるが、俺の動きのほうが百倍は速かった。

 全員を手刀で昏倒させると、俺はようやく一息ついてエリシャのところに戻った。


「ざっと片付けてきましたよ」

「ご苦労さま」


 エリシャは嬉しげな笑みを浮かべて、俺に応じた。


 改めてエリシャと正面の敵の戦況を確認するが、決着はほぼついていた。

 エリシャは振るった鞭の先端から地面を凍らせ、地面伝いに敵の足を氷漬けにして地面に釘付けにしていた。

 相手からの魔法はすべて氷の壁で防ぎ切り、相手の機動力は完全に奪っている。

 あとは、突っ立ってるだけの的に魔法を当てるだけの簡単な作業だった。


「ヘイル・ブラスト」


 エリシャは右手を突き出すと、第二階梯かいていの水魔法を放つ。

 宙に発生した無数の氷のつぶてを前方に射出し、ひょうのように敵六人に叩きつける。

 無数の氷で打たれた連中は、あっけなくブローチに魔法を当てられ、その場にひざを屈した。


 エリシャが自慢げに俺に胸を張ってくるので、俺は拍手して彼女をたたえる。


「お見事です、エリシャ様」

「あなたほどじゃないけど、私だってそれなりに戦えるでしょう?」

「いや、実際大したもんです。こんな罠さえなけりゃ、一人でも試験で一位を取れてたでしょうね」

「だから、それって『あなたをのぞいて』の話でしょう? 確かにあなたは私の剣だけど、私だってただ守られるだけのお姫様でいるつもりはないわよ?」


 ……まったく、俺の推しキャラは本当に最高だ。これ以上につかえ甲斐のある主人なんて、俺には想像できない。


「ちょっと、何にやにやしてるのよ」

「いえ、何でもないっす」


 俺は曖昧にはぐらかすと、緩んだ口元を隠すために口元を手で覆った。

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