第12話 ロルフを探す。クラリスを救出する。

「さて。これからどうする?」


 安全地帯となった戦闘の跡地で、念のため木陰に潜みながらエリシャが聞いてきた。


「この様子じゃ、他の場所に移動しても同じように包囲されるだろうな」

「じゃあ、ここで罠を仕掛けて待っておく?」

「それもいいが……少し気になることがあってな」


 ロルフは俺だけじゃなく、クラリスにも凄まじい憎悪を向けていた。

 もしアルスとクラリスが俺達と同じように包囲攻撃を受けていたら、早々に撃破されてしまっているだろう。

 いや、ただ撃破されるだけならいい。もし、ロルフがを企んでいたとしたら――


 俺がおぞましさのあまり身震いすると、エリシャはいぶかしげに眉を寄せた。


「何か心配事でもあるの?」

「クラリスの無事を確認しておきたい」

「クラリスさん? あの二人は強いと思うけど、さすがあの包囲攻撃を受けていたら、もう……」

「試験を脱落してるだけならそれでいい。だが、女好きのバカ兄貴が暴走しているようなら、絶対に阻止しなきゃいけない」

「……そういうことね」


 エリシャはすぐに合点すると、移動するために木陰から身をさらした。


「なら、すぐに彼女を探しましょう」


 一瞬の躊躇ちゅうちょもなくそう言うエリシャに、俺は誇らしい気持ちでうなずいた。


「ありがとう、エリシャ」

「当然でしょ? あの男なら本当にやりかねないし、級長として見過ごせないわ。それより、彼がいそうな場所に心当たりはある?」

「ロルフはたぶん、丘の頂上にいるはずだ」

「随分確信ありげね」

「バカとなんとかは高いところが好きって言うからな」


 実際、ロルフは優秀な兄達への劣等感の裏返しで、他人を見下す立場に立つことに異常にこだわっている。

 やつの性格上、俺やアルス、クラリスを絶対に見下ろしたいはずだから、より高いところにいるであろうことは容易に予想がつく。


「まぁ他に当てもないし、あなたを信じるわ」


 若干疑わしげではあったものの、エリシャは一旦俺の勘を信じてくれたようだった。

 周囲を警戒しながら、木々の間をすりぬけて二人で進んでいく。


 進んでいく途中で何度か敵と出くわすが、圧倒的な戦力差で一蹴しながら頂上を目指す。

 そうしてしばらく先に進んでいくと、生徒同士が戦っているところに出くわした。


 戦っているのは、アルスと知らない生徒達だった。

 四人の生徒達はアルスを四方から囲むように布陣し、正面と後ろからは長剣で接近戦を、左右からは魔法攻撃を仕掛けてじわじわとアルスを追い詰めている。


 厳密に言うと、アルスもエリシャの敵なんだが……今はそんなことを言ってる場合ではないか。

 俺が戦闘に介入しようと足を踏み出す――と同時に、アルスは魔法を発動させた。


「ファイア・ウォール!」


 第三階梯かいていの火魔法が発動し、アルスの周囲に炎の壁が生まれる。

 アルスに前後から突っ込んできた生徒達は、炎の壁に激突して制服が燃え、悲鳴を上げながらその場に転がる。

 怖気づいた左右の二人を、アルスは順番に長剣の腹で殴って気絶させた。


「大したもんだな」


 戦闘が終わって一息ついたアルスに、俺は声をかけた。

 アルスは肩で息をしながら、俺を見て驚いたように目を丸くした。


「カイル、無事だったんだね」

「なんとかな。そっちも大変だったみたいだな。それと、クラリスはどうした?」


 俺の問いかけに、アルスは悔しげに顔を歪めた。


「……彼女は、君のお兄さんに連れて行かれてしまったよ。僕がついていながら、不甲斐ない……」


 連れて行かれた、か。どうやら、俺の最悪の予想は当たってしまったようだ。

 俺はアルスの肩をつかみ、揺さぶりながら問いかける。


「ロルフはどっちに向かっていった?」

「方向からすると、丘の頂上を目指していたと思う。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「彼は傭兵団を従えていた。クラリスを奪われたのも、悔しいけど僕じゃ傭兵に歯が立たなかったからだ。追いかけるなら、君も気をつけたほうがいい」

「傭兵だと?」


 あのバカ兄貴、どこまで堕ちれば気が済むんだ。

 俺は盛大に嘆息すると、エリシャに向き直って彼女を手招きした。

 エリシャは怪訝そうに眉を持ち上げながらも、俺に近付いてくる。


「何? このに及んで、話してる時間なんて――」

「ああ。ちょいと急ぐ必要がありそうなんでな」


 俺はそれだけ言うと、エリシャの腰をつかんで自分の身体に引き寄せた。

 同じようによれよれのアルスの腰もつかむと、俺は困惑している二人に言った。


「舌噛むなよ」


 忠告すると同時に、俺は丘の頂上へ向けて全力疾走を始める。

 両腕で抱えるようにエリシャとアルスを抱えているため、本来の全力疾走より速度は落ちているが、それでも他の生徒達に視認する時間を与えないくらいのスピードは出ていた。

 走っていく内に坂が緩やかになり、頂上にたどり着く。


 そこには、アルスが言った通り傭兵団がうろついていた。

 傭兵の数は五人。それぞれ分厚い筋肉に薄汚れた鉄鎧を身に着けており、各々の手には大剣や槍が握られている。

 連中は外敵を警戒するように円形に配置されていたが、各々が下卑げびた笑みを浮かべて円の中心にちらちらと視線を向けていた。


 そして――その中央には、泣き叫ぶクラリスを組み敷いているロルフがいた。


 ――あのバカ兄貴、マジでやりやがった。

 俺は胸中で舌打ちしつつも、全力疾走の勢いを一切緩めず、連中に向かって突進する。


 さすがに腕に覚えがあるらしく、傭兵はすぐに俺の接近に気付いたようだった。

 最大級の警戒とともに俺に武器を構えるが――俺は正面でメイスを持った傭兵を回し蹴りで蹴り飛ばしてから、傭兵団の敷いた布陣をすり抜けた。

 そのまま一直線にロルフのもとに駆け寄り、クラリスの両手をつかんでいたロルフの右腕を足でへし折った。


「ぎゃああああああ――っ!」


 ロルフが激痛に悲鳴を上げ、そこら中を転げ回るのを見ながら、俺はようやくエリシャとアルスを地面に下ろした。

 二人ともなぜか青い顔でうずくまり、吐き気をこらえるように口元を押さえているが……一体どうしたんだろう?


 恐る恐る、クラリスを見やる。

 彼女は制服の上を破かれ、スカートもまくり上げられて、白い下着が露出していた。

 幸いには及んでいなかったようで、下着には汚れた様子はない。

 クラリスは俺の顔に焦点を合わせると、目にじわりと涙がにじんだ。


「カ、カイルさん……来てくれたんですね……っ!」

「エリシャ様とアルスもな」


 なぜかまだ吐き気と戦っている二人を手で示してから、俺は制服のジャケットを脱いでクラリスに差し出した。

 クラリスはジャケットを受け取る――かと思いきや、そのまま俺の腕に抱きついてきた。

 学年一の巨乳に腕を挟まれ、俺は嬉しさよりも焦りを感じる。


 ――やばい! 不可抗力とはいえ、女子の胸に触っちまった!? これ俺が悪いやつ!? あとで賠償請求される!?


 反射的にクラリスの胸から腕を引っこ抜きたくなったが、すがるつくようなクラリスの必死さを感じてかろうじて耐えた。


「あ、ありがとう……ありがとうございます……っ! もうダメかと思いました……っ!」

「いや、無事で本当によかったんだが……そろそろ離してくれないか? まだが残ってるんだわ」


 俺が言うと、クラリスはしぶしぶといった感じで俺から離れた。


 …………ふぅ。どうやら賠償請求はされずに済みそうだ。

 俺は安堵の一息つくと、残った傭兵どもに向き直った。

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