第4話 エリシャとクラリスを送る。エリシャの頼みを聞く。
仕切り直してしばらく飲んだあと、俺達は店を出て寮に帰ることにした。
外はすっかり夜の
繁華街を抜けて新市街区に入ると、道行く人の数は一気に減った。
エリシャとクラリス、アルスはすっかり打ち解けたようで、互いに敬語を使わずに談笑している。
それを少し後ろから眺めつつ、俺は眠気と戦いながら歩いていた。
久しぶりに酒を飲んだせいか、ひそかに疲労がたまっていたのか――まぶたが重くて仕方ない。
俺がちんたら歩いていると、前を歩いていたアルスが
「どうしたんだい、カイル」
「あぁ……ちょっと眠気がな」
「結構飲んでたからかな。さすがの君にも苦手なものがあったんだね」
アルスが愉快そうに笑うのに、俺は横目でにらみつけた。
「言っておくが、この状態でもお前に負けたりはしないからな」
「はは。それくらいわかってるよ。それより、君のお姫様達が心配そうにしているよ?」
言って、アルスは前方に指で示した。
見れば、前を歩いていたエリシャとクラリスが、心配げにこちらをちらちらと振り返っていた。
…………まずい。酔っ払って眠くなって、同行者に心配されている。
「あいつと一緒に飲んだら、意識を失って寮まで運ばされる」――なんて思われたら、次から俺だけ呼ばれなくなっちまうじゃないか!
俺は自分の両頬を叩いて、強引に眠気を吹き飛ばした。
もちろん、一時しのぎの気休めでしかないが、やらないよりは幾分マシだった。
エリシャとクラリスに追いつくと、二人は俺の両サイドにつくと支えるように腕に手を添えてきた。
「大丈夫ですか、カイルさん」
「な、何のことだ? 俺はなんともないぞ!」
「本当に? 体調が悪いなら、無理しないほうがいいわよ?」
「む、無理なんてしてないって」
俺は
エリシャとクラリスを女子寮の前まで送ると、クラリスは恐縮したように頭を下げてきた。
「送っていただいてありがとうございます! お二人も夜道をお気をつけて」
「当たり前のことをしただけなんだから、気にしないでよ」
「だな。それに、寮の近くで危険もそうそうないさ」
アルスと俺は口々に応じると、二人に手を振って男子寮のほうへ歩き出そうとする。
が――
「ちょっと待って」
背後から呼び止められ、俺達は足を止めた。
呼び止めてきたのは、エリシャだった。
彼女は少し悩むように視線を落としてから、決意を込めた目でアルスとクラリスの顔を交互に見た。
「ごめんなさい。カイルと二人きりにしてもらえるかしら?」
「は、はい。それは構いませんけど……」
「じゃあ、僕は先に帰ってるよ」
クラリスは女子寮の中に入っていき、アルスは男子寮のほうへ歩き出す。
二人の姿が見えなくなったのを確認してから、エリシャはようやく話を切り出してきた。
「実は……あなたに頼みがあるの」
「頼み? そんなかしこまらなくても、君の頼みなら何でも聞くけど」
「何でもって……それ、本気で言ってる?」
本気じゃないと思われる理由でもあるのだろうか?
俺が首を傾げていると、エリシャは呆れたように嘆息した。
「……あなた、クラリスにもそんなこと言ってるんじゃないでしょうね」
「いや、俺は君だけの剣なんだから、他のやつは関係ないだろ」
「そ、そうよね……確かに、あなたの言う通りだわ」
俺の返答に、エリシャはなぜか顔を朱に染めてむずがゆそうに口元をゆるめた。
「それで、頼みなんだけど……あなたには、私の魔法の
「魔法の稽古……?」
俺がオウム返しに尋ねると、エリシャは真剣な顔でうなずいた。
「さっきクルトにも言われたでしょう? 私にはまだまだ力が足りない。権力や政治力ももちろんだけど、単純に戦闘能力も足りてない。それこそ、あの嫌味な生徒会長にも歯が立たないくらいに、ね」
「だから、お願い。私の魔法や戦闘能力を鍛えて欲しいの。以前、『無償で強くなる近道を教えてもらおうなんて虫がいい』なんて言っておいて、矛盾してるのもわかってる。でも、私は今すぐにでも強くなりたい。ならなきゃいけないの」
すがるような目の奥に強烈な意思の光を見て、俺は思わず
それも当然だ。
エリシャ・クレール・アシュメディアという少女は、『
彼女は己の理想に、誇張抜きに自分の命をかけている。
そんな彼女の真剣な眼差しを受けて、俺みたいな中途半端なやつがひるまずにいられるわけがなかった。
俺が圧倒されているのを見て、迷っていると判断したらしい。エリシャはずいと距離を詰めてきた。
「もちろん、無償で鍛えろだなんて言わないわ。あなたが望むなら、私に差し出せるものは何でも差し出すつもりよ」
「何でも、って……」
「あっ、あなた、
顔を真っ赤にしながら言ってくるが、俺は内心で頭を抱えた。
――エリシャの決意に応えたい気持ちはあるが、問題は魔法の稽古なんて俺には絶対につけられないってことだ。
俺はめちゃくちゃ悩んだあげく、結論を伝える。
「……悪いが、俺には無理だ」
「えっ……」
俺が拒否すると、エリシャはこの世の終わりみたいに虚ろな目をした。
焦点の合わない目から涙を流しながら、すがりつくようにこちらの服をつかんでくる。
「ど、どうしてそんなこと言うの……? も、もしかして、私が他に友達を作ったから、私のこと興味なくなっちゃったの……? それとも、私に魅力がないから……?」
「ん……? いや、そういうことじゃなくてだな」
「ならどういうこと? 私に協力したくなくなった? 私が何か悪いことした? 悪いところがあるなら直すから、お願いだから見捨てないで……」
――って、まずい! やばいスイッチが入っちまった!
最近まともだったんですっかり忘れていたが、出会った頃のこいつは重度のメンヘラだったっけ。
どうやら俺に見捨てられたと思い込んで、あの頃の
「あぁ、もう無理……死にたくなってきた……理想なんて私一人じゃ叶えられっこないし、カイルに見捨てられるようなゴミ女に世界なんて変えられるわけないもん……はぁ……偉そうに理想なんて掲げてバカみたい……」
「お、落ち着けって! ちょっと理由があるんだよ」
「理由って何? 私には言えないことなの? そうだよね……私みたいな重くてつまんないゴミ女に、わざわざ理由を言う気になれないよね……生きててごめんね……」
「わ、わかったから、言うからっ!」
エリシャのネガティブ思考を慌てて
――まさか、こんな流れで秘密を打ち明けることになるとはな……
いまだにハイライトのない目で俺を見上げているエリシャの肩をつかみ、俺は意を決して打ち明けた。
「ロルフが言いふらしてた俺の噂、覚えているか?」
「ええ。確か、あなたは魔法が一切使えない無能者だ、とか……」
「実はあれ、本当なんだ」
エリシャの顔に驚きが広がるのを見て、胸が痛くなるのを自覚しながら、俺は続ける。
「俺は、魔法が一切使えないんだ」
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