第5話 秘密を打ち明ける。ダンジョン探索の準備を始める。

「えっ……? 今なんて……?」

「だから、俺は魔法が一切使えないんだ」


 改めて俺の秘密を伝えてから、俺は自分の体質について説明した。

 生まれつき魔法が使えないこと、逆に自分に向けて放たれた魔法も一切受け付けないことなど……説明していく内に、エリシャの瞳に本来の怜悧れいりな輝きが戻ってきた。


「特異体質……にわかには信じがたいけど、あなたが言うなら本当なんでしょうね。それじゃあ、魔法実習の時のウィンド・エッジや、傭兵団をひとりで倒したあの強さは……?」

「ウィンド・エッジは居合抜きで真空波を飛ばしただけだ。傭兵を倒せたのは、普通に俺のほうが強かったからだな」

「真空波って……簡単に言うけど、そんなことができる人なんて見たことないわよ? 大体あなた、ゴーレムの体重を片手で受け止めてたわよね? 支援魔法なしであれをやったってこと?」

「そうなるな」


 俺が肯定すると、エリシャは額に手を当てて嘆息をもらした。


「あなたって人は……本当に、私の予想のナナメ上を行く人ね。でも、なんとなくあなたの強さの理由がわかった気がするわ」

「どういうことだ?」

「あなた、たぶん魔法が使えない代わりに身体能力が異常に成長しやすくなってるのよ。魔法を受け付けないっていうのも、きっと理由があるはずだわ……もしかして、魔法によって生み出された現象を逆算して消滅させるような魔法が……」


 ぶつぶつと考察しているが、魔法についてはまったくの門外漢なので聞いててもさっぱりわからん。

 エリシャは一人で納得したようにうなずくと、俺と視線を合わせてきた。


「とにかく、この件は秘密にしておいたほうがよさそうね……無理に聞き出すようなことになってしまって、ごめんなさい」

「いや、いつかは言うつもりだったからいいんだが……なんか、ごめんな」

「どうしてカイルが謝るの?」


 本気で不思議そうに問われ、俺はバツが悪い思いで首の後ろをかきながら答える。


「いや…………俺、魔法も使えないのに君の剣だなんて自称して、騙してるみたいになっちまったなって……それに、魔法の稽古けいこもつけてやれないし」

「なんだ、そんなこと?」


 エリシャは俺の罪悪感を一蹴すると、一点のくもりもない晴れやかな笑顔を浮かべた。


「五年前に出会ってからずっと、私の剣はカイル以外ありえないもの。あなたが魔法を使えるかどうかなんて、些細なことだわ」


 眩しい笑顔に目を細めながら、俺は目頭めがしらが熱くなるのを感じた。

 ――俺、この子に仕えてよかったな。

 そして、改めて決意する。どんなことがあろうとも、絶対に彼女を守り抜くと。


 俺はバレないように目元をぬぐってから、彼女に提案する。


「……魔法の稽古はつけられないけど、強くなる方法ならあるぞ」

「本当? カイルみたいなすごい実績があるんだから、きっと効果的な方法よね」

「効果については保証するよ」


 ただし、相応に危険も伴うけどな。


   ◆


「ダンジョン探索?」


 週明けの平日――俺の提案を聞いて、クラリスとアルスは驚いたように目を丸くした。

 いつもの教室の自席で、俺はエリシャに提案したのと同じ訓練方法――というかレベリング方法――を共有した。

 本当はアルス抜きで話したかったのだが、この四人でつるむのが当たり前になってしまった今、避けるほうが不自然なのでやむなくアルスも巻き込むことにした。


「あぁ。新入生試験みたいな事件もあったし、自衛のために強くなっておいたほうがいいんじゃないかと思ってさ。強くなるついでに金も稼げるし、ダンジョン探索なんてどうだろうって話になったんだよ」

「なるほど……私もいいアイデアだと思います! けど……」

「けど?」

「今日からダンジョン探索って……さすがに急じゃないかな。どうしてそんなに急ぐんだい?」


 アルスに問われ、俺は思わず口をつぐんだ。


 正直、焦る理由はあった。

 本来、クルトとエリシャが接触するのは、アルスが二年生に進級してからのはずだった。

 だが一年生編のボスであったロルフが早々に退場したことで、原作の流れが色々変わってしまっているようだ。

 セレナイフ家の五男という邪魔者がいなくなったおかげで、クルトがエリシャに近づくのを止める障害がなくなってしまった。


 ――このまま二年生のイベントが始まってしまったら、エリシャ達のレベルが低いまま強敵と戦うハメになる。

 そうなる前に彼女を鍛えておきたいのだが……そんなことを説明し出したら、頭がおかしいと思われるだろうな。


 俺が説明に困っていると、隣の席のエリシャが助け舟を出してくれた。


「生徒会長との一件もあったし、少しでも早く力をつけておきたいのよ。どうも私は皇女という立場のせいで、厄介事に巻き込まれやすいみたいだし」

「なるほど……」

「確かに、強くなっておくに越したことはないね」


 エリシャの言葉に、クラリスもアルスもしみじみとうなずいた。

 ……まぁ、こいつらも亡国の王女や王太子だからな。厄介事の多さで言えばエリシャと同レベルなのだろう。


 全員の合意が取れたところで、俺とエリシャはヘイゼル先生のもとへ向かった。

 職員室の自席に座っていたヘイゼル先生は、俺達の話を聞いて困ったように眉を寄せた。


「あなた達四人なら問題なし……って言いたいところなんだけどねぇ」

「何か問題があるんですか?」

「問題ってほどじゃないんだけど……ダンジョン探索に行くには、教師の承認とは別に生徒会長の承認もいるのよね」


 生徒会長って……あのクルト・レヴァインから許可を取らないといけないのか。

 俺が露骨に顔をしかめると、ヘイゼル先生は苦笑した。


「今年の生徒会長はあの人だからねぇ。エリシャさんがあなた達三人とダンジョンに入るのを、認めてくれるかどうか」


 確かに、クルトは露骨にクラリスの生まれをバカにしていた。

 本当はクラリスも由緒正しい王家の出なのだが、平民を名乗っているというだけでぼろくそに言ってたな。

 男爵家を名乗ってるアルス、政敵セレナイフ家の妾腹しょうふくの子である俺も、当然よくは思われていないだろう。

 そんなやつらが皇女であるエリシャとダンジョンにもぐるなど、あの生徒会長が認めるとは思えない。


 二年生の時に起きるはずのイベントが進んでしまいそうなので、正直あの男とはなるべく関わりたくないのだが……

 俺が悩んでいる間に、エリシャは顔色一つ変えずに即断してしまっていた。


「わかりました。それでは、生徒会長の承認をもらってきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る