第6話 生徒会室に行く。生徒会長と再び口論する。
放課後、俺とエリシャは二人で生徒会室に来ていた。
本校舎の三階にある生徒会室のドアに前に立ち、俺は妙な緊張をしながらドアをノックした。
数秒ほど応答を待つと、内側からドアが開いた。
ドアの向こうから出てきたのは、薄緑色の髪を背中まで伸ばした美女だった。
尖った耳に銀縁のメガネをかけ、モデルのようなすらっとした長身で士官学校の制服を着こなしている。
彼女――生徒会副会長のメリエル・シャフレワルは、俺達を見て、驚いたように目を丸くした。
「あなた達は、この間の……」
「会長に用があるのですが、いらっしゃいますか?」
メリエルが言いかけた言葉を
先日の一件を蒸し返されて、心象が悪くなってダンジョン探索の申請が却下される――みたいな事態を避けたいのだろうが、エリシャの冷たい対応に、メリエルはかえって心のシャッターを閉ざしたように見えた。
メリエルはすっと顔から表情を消すと、室内に向けて呼びかけた。
「クルト様、皇女殿下がお見えです」
「通せ」
室内からの応答を聞くと、メリエルはドアを開け
エリシャが堂々たる態度で室内に入っていくのを追いかけて、俺はへこへことメリエルに頭を下げてから室内に入る。
生徒会室は思いのほか広かった。
入り口の右側は応接専用のエリアになっており、高そうなソファがテーブルを挟んでいる。
左側は執務エリアになっていて、今も生徒会の面々が仕事をしていた。メリエルも俺達を室内に招いたあと、すぐに机に向かって仕事を再開する。
その執務エリアの最奥で、 クルト・レヴァインは革張りの椅子にふんぞり返っていた。
「やあ。またすぐにお会いできましたね、皇女殿下」
「縁がありますね、レヴァイン
にこやかに挨拶をするクルトに対して、エリシャは儀礼的に応対する。
つれない態度のエリシャを見ても、クルトはひるんだ様子もなく立ち上がった。
「立ち話もなんだし、ソファにでもかけてください」
「いえ、すぐに済む用事なので」
「ははは。皇女殿下は私に用がおありなのでしょう? なら、すぐに済む用事かどうかは私が決めることですよ」
にこやかだが有無を言わせぬ口調で言うと、クルトは問答無用で応接エリアのソファに腰を下ろした。
……どうやら、やつに従わないと用件は済ませられないらしい。
エリシャは目に見えて不機嫌さを増していたが、深呼吸して苛立ちを抑えると、仕方なくクルトの対面のソファに座った。
俺も彼女の隣に腰を下ろそうとして――殺気を感じて、とっさに横に跳んだ。
同時に、俺が立っていた空間で斬撃をともなった竜巻が吹き荒れる。
第四
やはり、クルトは相当な腕前のようだ。
俺が跳ぶのが一秒でも遅れていたら、暴風の直撃を受けていただろう。
……まぁ直撃したところで、俺の体質的にノーダメージなんだが……むやみに俺の体質のことを
「今のを避けるか。下民のくせに勘だけはいいようだな」
クルトはゴミでも見るような視線を俺によこしてきやがった。
張り倒したいほど腹の立つ男だが、こいつをぶん殴っても余計な面倒が増えるだけだ。
俺はなるべく明るい調子でクルトに問いかけた。
「ちょ、ちょっと、いきなりなにするんですか、先輩」
「黙れ。貴様ごときが口を利いていい相手ではないことがわからんのか。これだから
「あ、あの〜……俺、これでもセレナイフ家の人間なんですけど」
「知ってるよ。
吐き捨てるように言ってから、クルトはエリシャに視線を戻した。
エリシャは――はっきり言って、ブチギレる寸前だった。
額に青筋を浮かべて怒りをこらえながら、感情を殺し切った声でクルトに尋ねる。
「レヴァイン卿、私も妾腹の出なのですが……?」
「もちろん存じておりますとも。しかし、あなたは皇家の人間であり、皇女としての教育を受けられた立派な皇女殿下です。親にも見捨てられたそこの野良犬とは違います」
「どうしてかしら? 私には、私と彼との違いがよくわからないわ」
「ふっ。ご自身の不明を認められるのは、大変立派なことですよ。ご安心を。そういった点はきちんと私がフォローいたしますので」
のれんに腕押しって感じの対話に、エリシャは深々とため息をついた。
相手を言い負かすよりも、さっさと目的を果たすことにしたらしく、彼女は事前に準備していた申請書類を取り出した。
「これはダンジョン探索の申請書です。先生の許可はすでにいただいているのですが、形式上生徒会長の承認も必要とのことで、承認印をいただけないかと」
「ほう。一年生だけでこの時期からダンジョン探索ですか。皇女殿下はご自身のお立場をわかっておられないようだ」
「十分に承知しています。皇女たるがゆえ、私はより強くなるための努力を
「あなたが強くなる必要などありませんよ、皇女殿下。むしろ、無謀な探索のせいであなたに危険が及ぶようなことがあれば、承認を出した私が責任を問われてしまいます」
「ご心配なく。もし私が大ケガを負ったり死亡したとしても、皇家はあなたに一切の責任を問いません。なんなら、責任の所在について一筆書いておきましょうか?」
「はは。ご冗談を。皇家の人間をみすみす危険にさらしたとあっては、責任を問われずとも家名に傷がつきます。そのような事態、できれば避けたいんですよね」
エリシャとクルトは皇家と公爵という立場を崩さぬまま、バチバチに
はたで聞いてても寒気がするような恐ろしいやり取りだったが、とにかくクルトは俺達の申請にタダで承認を出す気がないことはわかった。
根負けしたように嘆息してから、エリシャは単刀直入に切り込んだ。
「らちが明きませんね。レヴァイン卿は一体何をお望みなんですか?」
「心外ですね。それではまるで、私が取引を申し出ているみたいじゃないですか」
クルトが白々しく言うのに、エリシャは苦虫を噛みつぶしたような顔で耐えたようだった。
エリシャの反応を面白がりながら、クルトは続ける。
「生徒会長として、皇女殿下のダンジョン探索を認めるには安全の担保が必須です。皇女殿下の安全のためにも、学園内でも屈指の実力者が護衛につく必要があるでしょう」
「つまり?」
「皇女殿下がダンジョンにもぐる際には、私達生徒会メンバーが同行する……という条件なら、ダンジョン探索の許可を出しましょう」
……こいつ、生徒会長の立場をフルに利用して、エリシャを
エリシャも当然それに気づいたようだが、口に出しかけた怒りをぐっと飲み込んだようだ。
深呼吸して感情を抑えてから、クルトに尋ねる。
「それなら……腕利きの護衛さえいれば、同行者があなたがたでなくてもよいのでは?」
「そうですが、士官学校に私以上の実力者はそうはいませんよ? それこそ、セレナイフ家の四男――暴れ馬のジェイド・セレナイフくらいですが、やつはほとんど学校に来ないでダンジョンにもぐりっぱなしですからね。会える機会はないと思いますよ」
「ご心配なく。私にはすでに、最高の護衛がついていますから」
「最高の護衛? それは、私より優秀という意味ですか?」
「ええ。おそらく、この国でも随一の逸材だわ」
「…………ほう。そんなやつが士官学校にいたとはね。一体誰なんです?」
クルトは
――なんか嫌な予感がする、というか……面倒なことになるとほぼ確信があるな。
俺の予感を裏付けるように、エリシャは誇らしげに胸を張って言った。
「私の最高の護衛は彼――カイル・セレナイフよ」
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