第7話 決闘を申し込む。ダンジョン探索の許可を得る。

 エリシャに名を呼ばれ、俺は気まずい思いでクルトに視線をやった。

 だがやつは俺のほうを見ようともせず、エリシャに向けて苦笑した。


「こんなセレナイフ家の出来損ないごときが、私より実力で勝ると? 冗談にしても笑えませんね」

「笑う必要はないわ。冗談ではないもの」


 エリシャが涼しい顔で言うと、クルトは殺意すらこもった目で俺をにらんできた。


「おい、セレナイフ家のゴミ。貴様、一体どんな大ボラを吹いて皇女殿下をだましたんだ?」

「いや、だましてなんか……」

「だったら、どうして皇女殿下は貴様より私のほうが弱いなどという勘違いをしているんだ? 無能者の貴様が私より強いなど、普通に考えてありえないだろ」


 ……まぁ確かに、『この国でも随一の逸材』ってのは明らかに誇張だな。

 正直、士官学校の生徒全員と戦ったわけでもないので、学校で屈指の実力というのもあまり自信はない。


 ただ――クルトのやつにエリシャの護衛を任せるのだけは、俺も承服できなかった。


「俺は命をかけて皇女殿下をお守りすると誓いを立てました。あなたより強いかはわかりませんが、あらゆる危険から皇女殿下を守り抜く覚悟があることは確かです」

「覚悟? バカバカしい。そんなもので実力差が埋められるのなら、誰も苦労はしないんだよ」

「――なら、こういうのはどうです?」


 言い争う俺とクルトをよそに、エリシャはなぜか気分良さげに人差し指を立てた。


「レヴァインきょうとカイルとで、互いの実力を証明し合う場をもうけましょう。それで白黒はっきりつけば、レヴァイン卿も私達のダンジョン探索を認めてくださいますよね?」

「それは構いませんが……」


 応じながら、クルトは素早く視線を動かした。

 おそらく、先ほど魔法を避けた俺の戦力を推し量りつつ、どうすればより確実に俺を打ち負かし、最大の利益を得られるのかを素早く計算したのだろう。


「まともにやっても、彼に勝ち目はないでしょう。それでは面白くありません。なので……こういうのはいかがですか? 私達生徒会メンバーと、皇女殿下達四人のパーティで、どちらがより深くダンジョンをもぐれるかを競うんです」

「より深層までもぐれたパーティが、私の護衛として相応しい……ということですか」


 エリシャの問いに、クルトはゆったりとうなずいた。

 正直、かなりこっちに不利な条件なので、受けるメリットはないと思うが……ある程度クルトの条件をまない限り、やつは一生俺達にダンジョン探索の許可を出さないつもりだろう。


 俺と同じことを考えたのか、エリシャもクルトの提案を全否定するのではなく、妥協だきょうできるラインを探り始めた。


「その条件を呑ませるのなら、私達にも事前に自由にダンジョンにもぐる権利を与えてくださるのでしょうね? あなたがただけがダンジョンの知識を持っているのでは、平等な条件とは言えません。最低でも一ヶ月はダンジョンを自由にもぐる時間が欲しいですね」

「それは……まぁいいでしょう。ただ、探索の際には私達が引率を――」

「当然、競争相手となるあなたがたに手の内を見せるわけにはいかないので、生徒会の護衛もなしで問題ありませんよね?」

「ぐっ……わかりました。その代わり、万が一にも皇女殿下に危険がないよう、必ず教師を同行させてください」


 クルトはしぶしぶといったていで、エリシャの出した条件を受け入れた。

 これで条件の確認はできた――と油断したところで、クルトはにやりと不気味に笑った。


「それともう一つ……この決闘で私が勝ったあかつきには、皇女殿下は私と婚約していただきます」

「なっ……!?」


 ――何をとち狂ったことを言い出しやがるんだ、こいつは!

 唐突に切り出された無茶苦茶な条件に、さすがのエリシャも動揺を隠しきれないようだった。

 逡巡しゅんじゅんするように視線を巡らせたあと、クルトに向かって苦笑を浮かべて見せる。


「申し訳ありませんが、その条件を受けねばならない意味がわかりませんね」

「ご謙遜を。さとい皇女殿下のことだ。あなたならとっくにわかっているはずですよ? 

「それは……」

「これは二大名家の代理戦争のようなものです。敗北した側は当然、名家の名を汚した責任を取ることになる。そこの無能者はともかく、私は万が一敗北したら家を追い出されるリスクすらあるでしょうね。そんな危険な決闘を、何のメリットもなしに受けるわけにはいきません」

「……レヴァイン卿にとって、私との婚約にはメリットがあると?」

「当然です。私はいずれ宰相になる男ですから」


 クルトは当たり前のように断言した。


「兄はまぎれもない天才ですが、魔物の研究に執心していましてね。とても宰相が務まるような性格ではない。なら、レヴァイン家の次男である私が宰相の座を継ぐのは当然のことです」

「それで……宰相になることと、私との婚約にどんな関係が?」

「おわかりでしょう? 宰相である私が皇家の血筋の子を得れば、その発言力は間違いなく強くなります。セレナイフ家を追い落として、国政と軍事のすべてを掌握することも可能です。そうなれば、妻となるあなたにもメリットはあるでしょう?」


 ……こいつ、もうエリシャと結婚する気でいやがる。

 しかもこの男、エリシャのことを皇女というとしてしか見ていない。そんな男にエリシャを渡すなんて、絶対にごめんだ。


 俺は反対のために口を開こうとして――エリシャに視線で制されて、口をつぐんだ。

 彼女は決意のこもった目で俺を見据えてから、ただ一言、俺に問うた。


「カイル・セレナイフ、私の剣――?」


 エリシャはとっくに覚悟を決めていた。

 どのみち、この決闘を成立させなければ、俺達はダンジョンにもぐることすら許されない。

 もちろん、他にも強くなる方法はあるのだろうが……おそらくダンジョンにもぐるより時間がかかる。

 そうして時間をかけている間に、より力をつけたクルトが強引にエリシャとの婚約を迫ってくる可能性だってある。


 そうなるくらいなら、ここで徹底的にクルトをたたきのめしたほうが話は早いだろう。

 俺は誓いを立てる騎士のように、自分の胸に手を当てて、エリシャの問いに応えた。


おおせのままに、我が主マイ・ロード


 俺の答えに、エリシャは満足そうにうなずいてからクルトに視線を戻した。


「こういう次第になりました。では、ダンジョン探索の申請に承認印をいただけますね? 今日にでもダンジョンの下見をしたいので」

「……いいでしょう」


 自信満々のエリシャを不審に思ったようだが、クルトはすんなりと申請書に承認印を押した。

 エリシャは書類に不備がないことを確認してから、うなずいてソファから立ち上がった。


「では、ひと月後に決着をつけるということで」


 それだけ言ってクルトに不敵な笑みを見せると、エリシャは颯爽さっそうと生徒会室を出ていった。

 その反応が予想外だったのか、クルトは何か計算間違いをしてないか確認するように、あごに手を添えて真剣に思考を巡らせている。


 …………って、俺もこんなところにぼけっと立ってるわけにはいかないな。

 俺は我に返ると、エリシャの後を追って生徒会室を出た。

 すでに廊下にエリシャの姿はなく、かなり先まで歩いていってしまったようだ。


 俺は教室のほうに向かって歩き出そうとして――背後から声をかけられ、足を止めた。


「うちの会長が面倒なことを言い出して、ごめんなさい」


 背後に立っていたのは、副生徒会長のメリエルだった。

 薄緑色の長髪を尖った耳にかけながら、彼女は銀縁メガネ越しに俺の目をじっと見てくる。


「あなたは大丈夫なの? こんな大事に巻き込まれてしまって、もし負けたらご実家から罰を受けるんじゃ……」

「まぁレヴァイン家に負けたなんて知られたら、俺の命はないでしょうね」


 親父殿なら、家名に泥を塗った俺に容赦はするまい。

 あっけらかんと話す俺に、メリエルは戸惑ったように目を丸くした。


「あ、あなたはそれでいいの? 生徒会パーティと競うなんて、まず勝ち目はないわよ?」

「さあ。それはやってみないとわかりませんよ」


 負けると思ってる戦いに、エリシャの婚約なんて賭けるわけがない。


 ――要は、俺が今の十倍強くなればいいんだろう? 帝都のダンジョンならもぐりがいがありそうだし、自分を鍛え直すのにちょうどいい。

 俺の不敵な態度が意外だったのか、メリエルはくすりと口元に笑みを浮かべた。


「あなた、面白い子ね。私も陰ながら、あなた達が勝てるように祈っておくわ」

「だったらぜひ、決闘の当日に手加減して欲しいですね」

「……残念だけど、それはできないの」


 言って、メリエルは悲しげな目をした。


 メリエル・シャフレワルは、大陸の端にあるシャフレワル王国の第一王位継承者だ。

 小国であるシャフレワル王国は、帝国からの侵略を回避するために、自ら降伏してアシュメディア帝国の属国となることを選んだ。

 当然、シャフレワル王国の王位などアシュメディア帝国において何の影響力もないし、むしろ戦わずして自ら下った誇りのない国として高位貴族から侮蔑されているのが実情だ。

 それでも、メリエルは王国の再建を夢見て自分を鍛え上げ、士官学校で副生徒会長になるほどの実力を身につけた。


 ――だが、せっかく手に入れたその力も、結局クルト・レヴァインに都合よく利用されることになる。

 シャフレワル王国を人質に取られたメリエルは、レヴァイン家の人間であるクルトに逆らうことなど絶対にできない。

 原作でもクルトを倒すまで、メリエルは決してアルスの味方に回ることはなかった。


 だから、俺は安心させるように笑いかけてみせた。


「ま、心配しないでください。どのみち勝つのは俺達ですから」


 それだけ言うと、俺はエリシャを追って教室のほうに走り出した。

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