第8話 エリシャをなだめる。ダンジョンにもぐる。

 三階と二階をつなぐ階段の踊り場の隅で、エリシャはひざを抱えてうずくまっていた。


「エリシャ? こんなところで何を」

「あああああああ…………どうするどうするどうする……? 私、なんであんな条件んじゃったのよ……負けたらあんなやつと婚約なんて、死んでも嫌なのに……っていうか、絶対死んだほうがマシだわ。負けたらいっそ、あいつの屋敷で死んでやろうかしら……」


 ……格好かっこうつけて立ち去った割りには、めちゃくちゃ後悔してるみたいだな。


 俺は彼女の隣に腰を下ろすと、彼女の頭にぽんと手を置いた。

 それでようやく俺の存在に気づいたらしく、エリシャはぱっと顔を上げて不安そうな顔を俺に向けた。


「心配するなって。要はあいつに勝てばいいんだろ?」

「でも、大丈夫なの? 私達、かなり足手まといになると思うけど」

「まぁ多少は強くなってもらうが、俺ももっと強くなるからさ。俺だって、あんないけ好かないやつに負けたくないし」

「……それだけ?」

「ん? それだけって……?」


 俺が本気で問い返すと、エリシャは俺の顔をのぞきこむように見上げながら、すねたように唇を尖らせた。


「あいつに負けたくない理由、それだけなの……?」

「あー……」


 あんなやつと君を婚約させたくない――なんて歯の浮くようなセリフ、俺みたいないんキャが言えるわけがない。


「と、とにかく、あいつには絶対勝つから安心しててくれよ」

「ちぇ…………カイルのいくじなし」


 エリシャは子どもみたいに甘えた声で言ってから、自分の両頬を叩いていつもの皇女モードに切り替えた。


「……よし。それじゃ、さっそく今日からダンジョンにもぐりましょう」


 そう言って歩き出すエリシャの背中を、俺は小走りで追いかけるのだった。


   ◆


 帝都アシュバイルには三つのダンジョンがある。


 ひとつ目は軍が管理しているダンジョンで、騎士や兵士の訓練などに使われている。

 軍が管理――という建前になっているが、実質親父殿――ヴァルド・セレナイフが管理していると言っても過言ではない。


 ふたつ目はレヴァイン家が管理するダンジョンだ。

 変わった素材や魔物が多いらしく、レヴァイン家の長男が私兵を率いて、素材や魔物を捕獲しては研究に利用している。


 最後のひとつが、帝都民全員に広く開放されたダンジョンだ。

 俺達士官学校の生徒に立ち入りが許されているのもこのダンジョンだけで、多くの人が出入りする分、マップや攻略情報なんかも広く知れ渡っている。


 なぜ帝都という主要都市に、こんなにダンジョンが多いのか。

 俺もゲームをプレイしている時は疑問に思ったものだが、転生してようやく理解した。


 どうやらこの世界において、ダンジョンは資源庫のようなものらしいのだ。

 無限に湧く魔物から取れる素材、無限に湧く鉱物や植物――それらは食料にもなるし、貿易品にもなるし、武器や防具にもなる。

 だからこそ、この世界では質の良いダンジョンを多く手中に収めたものが権力を握れるのだ。


 ――逆に言うと、広く開放されているダンジョンというのは、それほど価値がないということでもある。


 エリシャ達が戦っている姿を後ろから眺めながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


 土壁に覆われたダンジョンの第十層、そのフロアボスである双頭の猟犬――ヘルハウンドを相手に、エリシャ達はかなり善戦していた。

 敵の吐く火の息をエリシャが氷の壁で防ぎ、クラリスが回復魔法や支援魔法をにない、アルスが接近戦をしかけてヘルハウンドの気をそらしたところで、エリシャが水魔法で敵に大ダメージを負わせる。

 十分じゅっぷんほど激しい戦いを繰り広げたあと、ヘルハウンドはようやく断末魔を上げてその場に倒れ伏した。


 チームプレイで強敵を倒したエリシャ達は、汗をぬぐいながら互いの健闘をたたえ合っている。

 それを俺と同じように後ろで眺めていたヘイゼル先生は、拍手しながら彼らに歩み寄っていった。


「三人とも、見事な戦いぶりね。入学して一ヶ月も経たない内にここまで戦えるなんて、本当に優秀だわ」

「ありがとうございます、ヘイゼル先生。でも、私達はもっと強くならないといけませんから」


 エリシャは汗をぬぐいながら応じると、ヘイゼル先生は苦笑した。


「生徒会長パーティと決闘なんて、普通は無謀だと思うんだけど……あなた達なら、なんとかしちゃう気がするから不思議ね。何と言っても、彼もいることだし」


 ヘイゼル先生はそう言って、ひとりで壁に寄りかかっていた俺に視線を投げた。

 あからさまにふてくされてる俺を見て、エリシャは呆れたように嘆息した。


「カイル、まだすねてるの?」

「……だって、同じパーティなのに俺だけ戦闘参加が禁止って、ひどすぎるだろ」

「仕方ないでしょう? あなたと私達とじゃ、実力差がありすぎるんだもの。あなたが戦闘に参加したら、あなた一人で全部片付けちゃうじゃない。それじゃ、私達の訓練にならないでしょう?」

「それはそうだけど……」


 ぼっちの俺にこの仕打ちはあまりに酷だ!――と訴えたいが、さすがに情けなさ過ぎるので自重する。

 パーティで戦ってるのを後ろから眺めてると、ようキャの集団が和気あいあいとしてるのを見せられてる気分になって、胸が苦しくなる……


「それに、カイルと先生が後ろで危険に備えてくれてるからこそ、強行軍でダンジョンを進めているんだから。別にけ者にしたくてしてるわけじゃないのよ?」

「そうですよ、カイルさん! 私達、一刻も早く強くなってカイルさんに追いつきたいんです!」


 クラリスも杖を握って力説してくるが、俺のメンタルは一向に回復しない。

 そんな俺を見て、エリシャは再度嘆息をもらした。


「……じゃあ、あなたも少し戦闘に参加してみる?」

「いいのか!?」


 俺が目を輝かせて答えると、エリシャはやや気圧けおされたように一歩下がった。


「ま、まぁそんなに落ち込まれてたら、こっちも悪いことしてる気がするし……」

「よしわかった! じゃあ今すぐ次の階層に下りよう!」


 俺は喜び勇んで歩き出すと、下の階に続く階段に向かった。

 他の四人が慌ててついてくるのを待ってから、俺は階段を下りて十一階層に足を踏み入れる。


 十一階層からは石壁造りに景色が様変わりし、魔物も若干強くなる。

 とはいえ、所詮は開放されたダンジョンなので、そこまで強力な魔物がいるわけではない。

 この階層であれば、今のエリシャ達でも対応できるレベルの魔物しか現れないはずだ。


 しばらく廊下を進むと、さっそくオークの群れと出くわした。

 敵の数は五体。それぞれ槍や棍棒を持っており、接近戦が得意な相手だと見て取れる。

 彼我ひがの距離は十メートルほど、オークどももエリシャ達も、互いに突然接敵した驚きで動きが止まっている。


 俺は一足先に動き出し、一瞬で間合いを詰めると、抜剣ばっけんと同時にオークどもの足のけんを斬った。

 苦悶の声とともに、オークどもが一斉にその場にうずくまるが、まだ手には武器を持ったままだ。

 再び剣をひらめかせ、オークどもの持った武器をバラバラに斬り裂く。


 そこまでやってから、俺は笑顔でエリシャ達のほうを振り返った。


「よし! あとは遠くから魔法でとどめを刺すだけだぞ!」


 ――残りHPを1にしてから、とどめをゆずって経験値を稼がせる。RPG系のキャリーの鉄則だよな。


 だが、なぜかエリシャ達は微妙な表情を浮かべていた。


「いや、あの……魔物なので倒すのは倒すんですけど……」

「なんかこう、無抵抗の相手にとどめだけ刺すのは罪悪感があるね」

「…………はあ。カイル、あなたやっぱり後ろで見ててちょうだい」

「なんで!?」

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