第15話 原作のラスボスと戦う。親父殿の望みを知る。

 最初に動いたのは、アルフレッドだった。


 一瞬で風魔法を構築し、暴風を身にまとって自身の機動力を上げてから、細剣を構えながら地面を蹴る。

 俺に斬空ざんくうの狙いを定めさせないようにか、空中で軌道変化をつけながら、ジグザグに俺に突進してくる。

 以前俺と戦ったことがある分、対策を考えていたのだろう。


 だが、その対策もあまり意味はなかった。

 俺は飛翔拳ひしょうけんを連打し、俺に肉薄してくるアルフレッドを壁際まで吹き飛ばす。

 アルフレッドは体中に衝撃波を食らって何本か骨が折れたようだったが――壁際まで吹き飛ばされながら、第六階梯かいていの風魔法デス・サイクロンを構築していた。

 一撃必殺の漆黒の風刃ふうじんが同時に二十個ほど生まれ、それぞれが複雑な軌道を描きながら飛来し、上下左右から俺に襲いかかる。


 それを俺は避けもせずに全身で受け止めた。


 俺の体に触れた魔法が片っ端から分解されて消滅していくのを見て、アルフレッドは戦意が折れたように顔を歪めた。


「以前よりも更にお強くなられましたな、カイル様」

「様なんてつける必要ないぞ。俺の生まれはお前も知ってるんだろ? アルフレッド」

「……その件についても、もうご存知でしたか。ということは、やはりゼクス・レヴァインを倒したのはあなただったのですね」


 アルフレッドは得心したと同時に、腕や脚の骨が折られた痛みに耐え切れずにその場に膝をついた。

 ヴァルドはそんな腹心の姿に心を痛めた様子もなく、足元に転がる皇帝をアルフレッドのほうに蹴り飛ばしてから、いつも通りの不機嫌そうな顔で俺をにらんでくる。


「俺の野望が実現する直前で、まさか最後に立ちはだかるのが貴様とはな」

「はっ。意外だったか? だとしたら、見る目がなさすぎるな」


 俺の挑発に眉一つ動かさず、ヴァルドはじっと俺をにらんでくる。


「ゼクスの実験動物がここまで強くなるとは……オルガの忠告を、もっと真剣に聞いておくべきだったか」

「なんだ。今更後悔しているのか?」

「後悔?」


 ヴァルドは嘲笑うように、口の端を微かに上げた。


「後悔などするわけがなかろう。俺が判断は間違ってなどいない。貴様を殺して、俺が皇帝になる。それで済む話だ」

「随分なめられたもんだな。それにしても、あんたはなんでそんなに皇帝になりたいんだ?」

「愚問だな」


 ヴァルドは俺の疑問を鼻で笑ってから続ける。


「俺の上に立つ人間がいる……そのことが、どうしても我慢ならないからだ。皇帝だろうが皇家だろうが、知ったことではない。俺を見下すものはすべて殺す。それだけのことだ」

「……たったそれだけのために、皇帝になりたいってのか?」

「生きている限り上を目指し続ける。それの何がおかしい」

「そのために、自分がどれだけの人間を犠牲にしたのかわかってるのか?」

「俺に踏み潰されるような人間なら、その程度のやつだったということだ。むしろ、俺の栄光の生贄いけにえとなったことを誇りに思うべきだな」

「…………あんた、やっぱりイカれてやがるな」


 俺が吐き捨てると、ヴァルドは俺をあざ笑うようにくつくつと喉を鳴らした。


「イカれてなどいない。こんなものは当然の道理だ。弱いものは踏み台になり、強いものが高みへいたる。それが何千年も続くこの世の真理だ。貴様も俺を力でねじ伏せ、自らの願いを叶えようとしているのだろう?」


 問われ、俺はとっさに言葉に詰まってしまった。


 俺は元々、ヴァルドみたいに「力に物を言わせて他人を足蹴あしげにする連中」がヘドが出るほど嫌いだった。

 だが――アルスによって命を危機にさらされてから、俺自身もいつの間にか連中と同じようなことをするようになってしまったんじゃないか?


 アルス、ツムギ、ジェイド、オルガ、ゼクス、クラトス――今まで俺が命を奪ってきた連中の顔が、次々と脳裏に浮かぶ。

 だが彼らの顔を思い出しても、俺の胸に去来きょらいするのは罪悪感ではなく、燃え上がるほどに強い決意だった。


 俺はにやりと笑って、ヴァルドの問いに答える。


「俺は弱者を踏みにじったりしない。俺が戦ってきたやつらは弱者なんかじゃない……全員、自分の意思で戦場に立ち、俺とは違う理想を掲げて、俺の前に立ちふさがってきた対等な敵だ。踏み台なんかじゃ、絶対にない」

詭弁きべんだな」

「ま、あんたにはわからないだろうさ」


 結局、ヴァルドも他の皆と同じで、命がけの野望を抱いた敵手ということだ。

 相手が人生をかけてぶつかってくるなら、俺も全身全霊でぶつかるのみだ。


「行くぜ、親父殿」

「来い、バカ息子」


 言うと同時に、俺は地面を蹴った。

 常人には視認できないほどの速度で、一気にヴァルドの懐に飛び込もうとする。


 だがヴァルドはそれを予想しており、準備していた魔法を発動してくる。

 ヴァルドを中心として石畳の床が超高温で熱せられ、マグマとなって床から噴き上げ、俺のほうに高さ二メートルほどのマグマの波を飛ばしてくる。


 ――第七階梯かいていの火魔法、ヴォルケーノか。

 俺は魔法を無視して突撃しようとして――とっさに足を止め、魔剣を上段に構えて全力で振り下ろした。

 空破断くうはだんの凄まじい衝撃波によって、マグマの波は俺を避けるように真っ二つに割れる。

 だが、マグマの余波で飛んできた熱せられた石片が頬をかすめ、俺の頬に小さな火傷やけどを作った。


 ……やはり、俺の体質に対して対策を打ってきたか。

 俺の体質は、あくまで触れた魔法を分解する能力だ。一見魔法に対して無敵に見える体質だが、この体質でも対処不能な魔法の使い方がある。

 例えば風魔法で岩を飛ばしてきたり、火魔法で熱した石を投げつけられた場合、加速された岩や熱された石自体を分解することはできないので、常人と同じようにダメージを受ける。

 ヴァルドのヴォルケーノは、まさにそのたぐいの魔法だった。


 ヴァルドは俺の空破断を真正面から受けても、傷一つなくそこに立っていた。

 魔族の遺産――魔装まそうの鎧による強力な防御力に加え、同じく魔装の斧によって顔面を守っていたようだ。

 俺の泣き所をついてくるだけでなく、とっさの反撃にも対処してくるとはな……さすが、原作でラスボスなだけはある。


 だが、俺は微塵みじんも恐怖を感じてはいなかった。


「あれを受けて無事とは、さすが帝国軍の最高幹部様だな」

「これでわかっただろう? 貴様の技は、俺には効かん。ちょうど手駒も減ってきたところだ。今なら殺さずに配下に加えてやってもいいぞ」

「はっ。誰がお前の手駒になんかなるか」

「なら、ここで死ね」


 言って、ヴァルドは再度俺にヴォルケーノを撃ってくる。

 迫りくるマグマの波を、俺は飛翔拳ひしょうけんを連打してマグマの波を押し返す。

 ヴァルドは跳ね返ってきたマグマの波を、斧と鎧を盾にして防ぎ切った。


 だが――その防御体勢は、俺にとってはあまりに無防備だった。


 俺は一瞬でヴァルドの眼前まで迫ると、ヴァルドが掲げ持った斧に魔剣を叩きつける。

 魔剣は斧の魔力を吸い上げ、魔装としての力を奪ってから、斧の刃の部分を砕き散らす。

 ヴァルドが驚愕したように目を見開くが、俺は構わずヴァルドの鎧にも魔剣を叩きつけた。

 魔剣は容赦なく鎧の魔力も吸い上げていき、鎧は土くれのようにぼろぼろと崩れ落ちていった。


 ヴァルドはすべての装備を破壊され、簡素なチュニックとズボンという見慣れない平服姿になって後ずさった。

 唖然とするやつに魔剣を突きつけながら、俺は尋ねる。


「どうだ? これでもまだやるか?」

「……当然だ。野望がついえた後も生き延びるなど、死ぬより耐えられん」

「安心しろ。あんたはどのみち、国家反逆罪で死刑になるだろうよ」

「尚更耐えられんな」


 ヴァルドは吐き捨てるように言ってから――素早くその場にしゃがむと、床に転がっていた斧の破片をつかんだ。

 まだ戦う気かと思って反射的に身構えるが、ヴァルドは斧の破片を自らの胸に突き刺した。


「な、何やってんだ、お前」

「……言ったろう。他人に俺の命を奪われるなど、到底耐えられん。俺の人生も、命も、支配できるのはこの俺ひとりだけだ」


 戦いに敗れたヴァルドにとって、自死することだけが、やつの最後のプライドを守る術だったのだろう。

 その場に膝をつくヴァルドを哀れみを込めて見ていると、やつは初めて人間らしい感情――疑問を込めた目で俺を見据えてきた。


「……最後に、ひとつだけ教えろ。なぜ、貴様はそこまで強くなれた? 一体なにが、貴様をそこまで強さに駆り立てた?」

「別に、好き好んで強くなったわけじゃないんだが……」


 理由は色々ある。

 エリシャの剣になると約束したから。エリシャの剣を名乗るに相応しい強さを得たかったから。力のあるやつに踏みにじられるのが嫌だったから。

 ――だが、結局一番の理由はこれになるんだろうな。


 俺は結論を見出してから、苦笑しながらヴァルドに答える。


「ラスボス一家に生まれちまったからな。無双しないと生き残れなかっただけだよ」

「ラスボス……?」


 ヴァルドは余計わけがわからないといったように眉をひそめ――その疑問を抱えたまま、その場であお向けに倒れ伏した。

 死ぬ時まで上を見ずにはいられない究極の上昇志向に呆れながらも、俺はやつのかたわらに膝をついて、やつの見開いた両目を閉ざしてやった。


 それから、俺はアルフレッドに視線を向ける。

 ヴァルドの忠実な執事は、逃げ出さないよう皇帝を拘束していたが、ヴァルドの死を見届けてから悲しげに眉を寄せ、皇帝を解放した。

 アルフレッドの目に涙が光るのを見て、俺は思わず彼に問うていた。


「あんた、ヴァルドの後を追ったりしないよな?」

「ご安心ください、カイル様。この騒動に決着をつけるには、裁かれるべき人間が必要でしょう。主人の失敗の尻拭いをするのも、執事のつとめでございますから」


 ……つくづく思うが、こんなできた人間がよくヴァルドの下なんかについてたもんだな。


 主人の死を悲しむアルフレッドをそっとしておくと、俺はエリシャ達の元へ戻った。

 なんとなく気恥ずかしい思いでエリシャの前に立ち、頭の後ろをかきながら彼女に報告する。


「……これで、全部終わったよ」

「うん。お疲れ様、カイル」


 そう言って笑うエリシャの顔は、初めて会った頃にも見ることができなかった、き物が取れたような晴れやかな笑顔だった。

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