第24話 カイルを助ける。既成事実を作られる。
カイルが意識を失ったとわかった瞬間、私は反射的に彼の身体を支えた。
同年代の男の子のがっしりとした身体は重かったが、クラリスの助力もあってなんとか支えることができた。
「エ、エリシャさん! い、一体どうすれば……っ!」
「落ち着きなさい、クラリス。冷静さを欠いては助けられるものも助けられないわ」
涙目になって慌てるクラリスをなだめながら、私は彼女にカイルの応急処置を指示する。
クラリスがカイルを仰向けに寝かせ、腹部の出血を布で縛って押さえるのを見ながら、私は必死に思考を巡らせる。
――どうすればいい? どうすればカイルを助けられる?
カイルの体質では、クラリスの回復魔法で傷を癒やすことはできない。
アルスが用意していたという回復薬は、おそらく建物とともに燃え落ちた。瓦礫を探っても時間を無駄にするだけだろう。
治療院は深夜でも開いているが、治療院まで運んでいる間に彼が死んでしまう可能性はある。
他に残された手は……
私は必死に考えを巡らせて、思わず自分の手元を見下ろした。
私の手には、カイルがアルスから奪った剣がある。
やはりこれを使って薬屋に押し入り、回復薬を奪ってくるしかないのだろうか?
…………いや、待て。
そもそも回復薬が効くということは、経口摂取する魔道具――つまり魔法――の効果はあるということだ。
つまり、口から直接回復魔法を使えば、カイルの傷も治せるのでは……?
突拍子もない思いつきに自嘲するが、今はこれ以外に方法が思いつかない。
私は長剣の柄から親指大の魔石を取り外すと、それをクラリスに手渡した。
クラリスは魔石を受け取りながら、困惑顔で私を見返してくる。
「こ、これは……?」
「長剣の魔石よ。それをカイルの口に入れなさい」
「そ、それに一体何の意味が……」
「その後、あなたはカイルにキスして」
「えっ!?」
私の言葉に、クラリスは
「エ、エリシャさん! おとぎ話じゃあるまいし、キスで奇跡なんか起こりませんよ!?」
「わかってるわ。私が言ってるのは現実的な回復方法よ。あなたの舌で、カイルの口に突っ込んだ魔石に触れて、回復魔法を発動させるの」
「そ、それって……じ、じじじ、実質ディープキス……っ!」
「カイルは体表に向けて使われた魔法は全部無効化するけど、経口摂取した回復薬は効果があると言っていた。回復薬が効くのなら、口の中から直接回復魔法を発動させれば効く可能性がある」
「で、でも、効かなかったら……?」
「その時は、私が回復薬を調達するわ」
言って、私は手に持った長剣をクラリスに見せる。
強盗を働く覚悟が伝わったのだろう。クラリスは照れで紅潮した顔が一気に冷め、心配するような目で私を見てくる。
「……わかりました。でも、エリシャさんはいいんですか? 私が、その……カイルさんとキスして」
「カイルを助けるためだもの。そんなこといちいち気にしていられないわ」
「エ、エリシャさんがそう言うなら……」
クラリスは自分の頬を張って気合を入れると、カイルの口を開けて魔石を含ませ、彼の唇に唇を合わせた。
猛烈に胸が痛み、目を背けたい気持ちに駆られたが、私は必死でこらえた。
カイルの回復状況から目をそらすわけにはいかないし、胸を襲うこの痛みを覚えておくべきだと思ったからだ。
クラリスが舌で魔石に触れたのか、カイルの口の中で回復魔法が発動する。
カイルの傷が塞がるまで、私は唇を噛んでカイルとクラリスの唇が触れ合うのを見続けていた。
◆
目が覚めると、俺は治療院のベッドに横たわっていた。
カーテンで仕切られてベッドだけがある空間は最近見たばかりだったので、場所はすぐに思い当たった。
カーテンの向こうで、エリシャと治療師らしき声が話し合ってるのが聞こえる。
ベッド脇の椅子にはクラリスが座っていたが、椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝息を立てている。
窓から差し込む日差しから見て、アルスとの戦いから数時間は経っているようだ。
ベッドの上で
「カイルさんっ! 目が覚めたんですねっ!?」
「あぁ……てか、色々どうなったんだ?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! 今エリシャさんを……」
「聞こえてるわよ」
声とともに、エリシャがカーテンの向こうから入ってくると、クラリスの隣に腰を下ろした。
「身体に痛みはない?」
「あぁ。腹の傷も治ってるみたいだが……これ、どうやって治したんだ?」
まさかアルスの口車に乗って、深夜の薬屋から盗んだんじゃないかと思って質問する。
と、エリシャは急に不機嫌そうに眉を寄せ、クラリスはなぜか顔を真っ赤にして口元を押さえた。
俺が首を傾げていると、エリシャは小さく嘆息してから口を開いた。
「……あなたの身体に関することだから、ちゃんと伝えておくわ」
前置きしてから、エリシャは経口で回復魔法を発動させるという
その話を聞き終えたあと、俺は二重の意味で恐怖で震え上がった。
――やばい! 俺、クラリスに訴えられるんじゃないか!?
治療行為とはいえ、女子にキスを強いる形になってしまうとは……罪悪感でめちゃくちゃ胸が痛い。
さっきからクラリスが顔を赤くしているのも、俺への怒りのせいではなかろうか。
もう一つの恐怖は――今までの魔法の直撃を受けた時に、うっかり口を開けてたら死んでいたんではないかということだ。
自分の体質については「そういうもんだ」くらいにしか考えておらず、まともに深堀りしてなかったが、こうして抜け穴がわかると急に背筋が寒くなってきた。
……なるべく魔法を避けるようにしてきて、マジでよかったな。
俺は安堵の息をついてから、ハッと我に返り、ベッドの上に正座するとクラリスに土下座した。
「す、すまん! 俺のケガを治すために、不愉快な思いをさせちまって……」
「えっ? 不愉快な思いって、何のことですか?」
「だから、その……口から回復魔法を発動させるとか、めちゃくちゃ嫌だったろ……?」
この説明、セクハラにならないよな……?
俺が怯えながらクラリスに説明すると、クラリスはしばしきょとんとした後、盛大にため息をもらした。
「……………………なんか、そろそろ一発くらいぶん殴ってもいいような気がしてきました」
「こらえなさい、クラリス。気持ちはすごくわかるけど、一応病み上がりよ」
クラリスとエリシャがめちゃくちゃ物騒な話をしているが、俺はビビって土下座し続けることしかできなかった。
「…………はあ。もういいです。頭を上げて、ちゃんとベッドに横になってください」
「お、おう……本当にごめんな……?」
俺はもう一度クラリスに頭を下げてから、ベッドに横になる。
それを待ってから、エリシャは口を開いた。
「とにかく、あなたのケガはクラリスのおかげでほぼ完治してるわ。一応、治療師からは今日一日だけでもここで安静にしていろって言われてるから、ちゃんと指示に従うように」
「あぁ、わかった。それで……アルス達はどうなったんだ?」
俺が尋ねると、エリシャは悲しげに目を伏せてから首を横に振った。
「あなたを治療院に送ったあと、憲兵を連れて現場を見に行ったけど……アルスとツムギの遺体は、建物の跡からは見つけられなかったわ。おそらく、骨まで灰になったんでしょうね」
「……そう、か」
アルスの第八
……結局、あいつは俺達に捕まって帝国で死刑に処されるより、自分の死に方を自分で選んだってことか。
正直、原作をプレイした俺からすると、あいつが復讐心を捨てられるとは思ってもいなかったが……やつにも何か、心境の変化があったのだろうか。
――いや、本当にそうか?
ロルフを操ってクラリスをレイプさせかけ、クルトをけしかけてエリシャを望まぬ婚約という
友人相手にそこまでの非道ができるあの男が、本当に「ただ死に方を選びたい」なんて理由で死を選択するだろうか?
…………違うな。俺はただ、認めたくないだけだ。
俺のせいでアルスとツムギが死んだ、ってことを。
敵だったのだから、気に病む必要などないのかもしれない。
でも、それでも、どうしても思ってしまうのだ。
もっとうまくやれたんじゃないか。アルスの罠にかからず、もっと早くあいつの企みに気づいて、穏便に済ますことだってできたんじゃないか。
もう少し何かが違っていれば、エリシャとアルスが手を組んで、無駄な血を流さずに帝国を変えることだってできたんじゃないか。
そんなとりとめのない思考が渦巻いて、俺は急に息苦しさを感じ始めていた。
――少なくとも、ひとつだけ確かなことがある。
俺はもう、敵を殺すことを迷わない。
アルスを死なせたことで、俺には人殺しを
……友人だったアルスを殺したのに、敵を生かすのか、と。
怨念のようなその声が、俺の頭から消えることは、きっと一生ないだろう。
俺が暗い気持ちでうつむいていると、唐突にエリシャが咳払いをした。
「……こほん。クラリス、カイルと二人で話したいことがあるから、先に外で待っててもらえるかしら?」
「えっ? ……あっ。わ、わかりました! ご、ごゆっくり!」
クラリスは何かを察したように頬を赤らめると、そそくさとカーテンの奥へと去っていった。
それを見届けてから、エリシャもわずかに頬を染めながら言ってくる。
「色々あったけど、あなたにはいつも助けられているわ。だから、あなたには特別に褒賞を授けることにしたわ」
「褒賞? いや、そんなもんのためにやってるわけじゃないので、別にいらないが……」
「いいから、黙って目をつぶりなさいっ!」
なぜかキレ気味に言われ、俺は慌てて目をつぶった。
エリシャが深呼吸する音が聞こえた後――ふわりといい匂いが近づいてきたかと思った瞬間、俺の唇に柔らかいものが押し当てられていた。
「――っ!」
とっさに目を開けると、眼前には目をつぶったエリシャが頬を染めて俺にキスをしていた。
脳がしびれるような快感に何もできずにいると、エリシャが名残惜しそうに目を開いて唇を離した。
先程までより一層赤くなった顔をしながら、エリシャはごまかすように早口で言う。
「と、とりあえずこれは褒賞の先払い分よ。追ってちゃんとした褒賞を用意するから」
「え、あ、いや……これ以上はさすがにもらいすぎっていうか……」
「あなたのしたことを考えれば、もらい過ぎなんてことはないわ。それに……私があなたにあげたいだけだから」
「お、おう……」
「じゃ、じゃあ私も学校に戻るわっ! あなたはくれぐれも安静にしているようにっ!」
エリシャは顔を真っ赤にして言うと、彼女らしくもなくバタバタとした足取りで去っていった。
ひとり取り残された俺は、ベッドの上で呆然とすることしかできなかった。
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