第39話 ミサキ15という名前

 獰猛な魔物? のような気配を感じたミサは闇魔法(技名盗賊ホイホイ)を使用してそやつを自分の元へと引き寄せたのだが、現れたのは魔物ではなく老人だった。


――いや、なんで……。


 そのあまりにも予想外な存在の登場に首を傾げるミサだが、老人もまた自分の顔を見て首を傾げている。


「だ、誰じゃお前は……」


――いや、それはこっちのセリフでしょ……。


 思わずそんなツッコミを入れたくなる。


 もちろん人間と鉢合わせることはミサだって考慮していた。なにせミサはレビオン軍の調査のためにここまでやってきたのだ。


 が、さすがに老人と鉢合わせるとは思わなかった。少なくともミサ同様にローブを身に纏ったその老人は軍人には見えない。


 ここは人間が普通に生活ができるような場所ではないのだ。そんな場所で軍人でもない老人がどうして当たり前のようにいるのだ。


 が、きっと老人も自分を見て同じことを思っているであろうことも理解した。


 なにせミサは11歳の少女である。そんな少女が一人で未開のジャングルを彷徨っているというのは老人以上に不自然に違いない。


「わ、私はただの冒険者よ。あなたこそ何者?」


 そんなミサの問いかけに老人は「はあっ!?」と驚いたように目を丸くする。


「どう見てもただの小便臭いガキにしか見えん。そんなガキがどうしてガルバス大陸なんかにいるんだ?」


――一発ぶん殴ってもいいかな?


 その小便臭いガキ扱いにミサは眉間に皺を寄せながらもなんとか堪える。


 老人の方はそんなミサの苛立ちにも気づかない様子で、ローブに付着した落ち葉を払っていた。が、不意に何かを思いだしたように目を見開くと「なっ!?」とミサへと視線を向けた。


「ま、まさか、さっきの闇魔法はお前が使ったのか?」

「だったらなんなのよ……。ってか、そろそろあんたも何者なのか名乗ったらどう?」

「ま、まさか……こんなクソガキが私をここまで引きずってきただと……」


――ダメだ。全然会話が成立していない。


 老人はミサの質問には一切答えずに自分の言いたいことだけを話し続ける。


「で、おじいさんはこんなジャングルの中で何をやってるの?」

「じいさんとはなんじゃっ!! 私はじいさんと呼ばれるほど老いぼれてはおらんっ!!」


 そのくせ気に入らないことにはすぐに反応をする。


 しばらくミサに怒りを露わにしていていたそのキレやすい老人だったが、しばらくするとまたハッと何かを思いだしたように目を見開く。


「おいガキ、竜が飛翔しているのを見なかったか?」

「とりあえずそのガキって呼び方を止めろやクソじじいっ!!」

「おいクソガキっ!! 見ず知らずの相手をクソじじいとは何事だっ!! で、竜は見なかったか? どこに飛んでいったか覚えているか?」

「はあ? 竜? 竜ってバジルカのこと?」


 ミサが今日見た竜はバジルカしか知らない。


 だから素直にそう答えたのだが、ミサの言葉に老人は「ぬあああっ!?」と腰を抜かす勢いで驚いた。


「はあ? 急に変な声出さないでくれる?」

「まさかお前バジルカのことを知っているのか?」

「知ってるも何も友達だけど……」

「うおおおええええええっ!?」


 いちいちリアクションの大きい老人。


「おいガキ、バジルカは今どこにいるんだ?」

「知らないわよクソじじい。もしかしてあんたバジルカを探しているの?」

「え? あ、ああそうだ。私はバジルカに用がある」


 ということらしい。ガルバス大陸を徘徊しているだけでも不審だし、バジルカを探しているというのもミサにとっては意味不明だが、まあ老人が会いたいと言うのであれば会わせてやらないこともない。


 ということでミサは服の下に隠していた笛を取り出すと、それを力一杯吹いた。


 特に笛から音はしなかったが、しばらくすると遠くからバサバサと羽を羽ばたかせるような音が聞こえ、上空からバジルカがミサの元にやってきた。


『どうしたミサ? ピンチか?』

「え? い、いや、そういうことじゃないんだけど、あんたに会いたいって言うクソじじいがいるのよ」

『私に会いたい? そんな命知らずの人間がお前以外にもいるのか?』

「ほら」


 そう言って老人を指さす。老人を見やるとなぜか腰を抜かせてその場に尻餅を付いていた。


「つれて来たわよ? あんたバジルカに何か用があるんでしょ?」

「な、なんでじゃ……なんでそう簡単に……」

「ねえ? 聞いてんの?」


 イライラしながら老人に再び尋ねると、老人はハッとしたような顔で立ち上がった。


――このじじい何回ハッとするのよ……。


 が、老人はそんなミサの心のツッコミなど知る由もなく、何やら得意げな笑みを浮かべるとバジルカを見つめた。


「会いたかったぞバジルカっ!!」

「このじじいバジルカの知り合いなの?」


 ミサの質問にバジルカは首を横に振る。


「バジルカよ。今日からお前は私の使い魔となれっ!!」


 そんなバジルカに老人はいきなりそんなことを言い始める。その老人の言葉にバジルカはやや動揺したようにミサを見やった。


『おいミサ、あまり変な人間を私の元に連れてくるのはやめて欲しいのだが?』

「ごめん……」

「おい聞いているのかバジルカっ!! 私の使い魔となれ」

『いや、嫌だけど……』


 突然現れたと思ったらいきなり使い魔になれと言い出す失礼な老人にバジルカは困惑を隠せない様子。


 そんなバジルカに気づいているのかいないのか老人は「がはははははっ!!」と大声で笑う。


――なんだこいつ……。


「お前たちは私が何者か気づいていないようだな」

「ただのクソじじいじゃないの?」

「違うっ!! 断じて違うっ!! 私はクソじじいなどではないっ!! この世界最強の勇者だっ!! その名をミサキ15というっ!!」

「え……?」


 老人がそう口にした瞬間、ミサの思考が一瞬だけ停止した。


「あ、あんた今、ミサキ15って言った?」

「どうしたクソガキ。私のことをクソじじい呼ばわりしたことを後悔したか?」


 ミサには老人の口にしたその名前に聞き覚えがあった。


 ミサキ15。それがミサの聞き間違いでないのだとすれば、その名前はミサが『レビオンクエスト』15周目をプレイしていたときに付けていた主人公の名前である。

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