第41話 弱い

 ミサはミサキ15を思い出した。


 いや、ミサキ+数字の書かれた主人公を量産していたことは覚えていたが、このミサキ15が具体的にどのような縛りプレイをさせられていた主人公なのかをはっきりと思い出した。


 まずミサキはメラバーストとハイドロハリケーンを使用した。メラ形とハイドロ形の二つの技はそれぞれ水魔法と風魔法である。


 この時点で属性縛りをしたミサキではないことはわかる。


 これでかなり絞れた。


 次に考えられるのはパーティメンバーゼロ縛りだ。これもやった記憶はある。道中で一人もパーティメンバーを増やさずに魔王を倒す縛りプレイ。


 が、これもクラウスが勇者との話をしていたので除外できる。


 さらには初期装備縛り。これもミサは実際にやった。が、今、ミサキが装備しているのはリニアで購入した短刀で、初期装備ではないのでこれも除外。


 となると覚えているのは攻撃全振り縛りと防御全振り縛りのどちらかだ。が、ミサキの動きを見ていても、ミサキの攻撃を受けてみても防御全振りはなさそうだ。


 そうなると攻撃全振り? そう思って、試しに足を木刀で小突いて見たのだがドンピシャだったようである。


 ミサキはあっさりとミサの木刀に足を払われて無様にその場に転倒した。


 そんなミサキを眺めながらミサは、完全にミサキ15を思い出す。


「さっきの反応を見る限り、防御力を鍛えなかった……というよりは鍛えても防御力が育たなかったって感じみたいね?」

「………………」


 その場に尻餅を付くミサキはまるで化け物でも見るような目でミサを見上げて、何も答えない。


 いや、何も答えないというよりは何も答えられないといった感じだ。


 ミサキの目は恐怖で満ちていた。ただし、恐怖を覚えているのは、ミサの強さにではなく、自分のことを聞いてもないのになんでも答えてくることに対してである。


『レビオンクエスト』では敵を倒せば、経験値が貯まり、それをプレイヤーは自由に攻撃力や防御力などに振り分けることができる。それによってプレイヤーは自分の好きな勇者を育てることができるのだ。


 が、少なくともミサの住むこの世界ではそのようなシステムは存在しない。鍛錬をくり返して、徐々にバランス良く魔力や体力がついてきた。


 もしもミサキ15も同じなのだとしたら、彼にとっては自分の体はどれだけ鍛錬を続けても防御力が育たない不便な体質なのだということになる。


 まさか裏でミサが経験値を振り分けていたなんて思ってもみないだろう。


 ゲームと現実の差異を感じながらふむふむと納得するように頷くミサ。


 が、ミサには他にも気がついたことがあった。


 もしかしてだが……もしかしてこの主人公はミサが操作しないとろくに鍛錬も積まない怠け者なのではないかと。


 そもそも『レビオンクエスト』は始まりの街を出発して魔王を討伐するまで、たった一年ほどの短い物語である。


 その一年間で、ただの少年だった主人公は、魔力を鍛え仲間を増やして魔王を討伐する。


 ゲームをプレイしていた頃はそのことに疑問を抱かなかったが、これは異常なまでの短期間である。


 素人同然の少年がたった一年で魔王を倒せるレベルの魔力を手に入れるなんてチートどころの話ではない。


 が、逆にミサはこうも思う。


 そもそも主人公はゲーム開始までの間何をやっていたのだろうか?


 ゲームのあらすじでは冒険者だった父に憧れて野山を駆けまわっていたことになっている。


 けれど、たった一年で魔王を倒せるレベルの才能の持ち主である主人公が、ゲーム開始時までスライムを倒すにすら苦労する素人だったというのも変な話だ。


 まあゲームだと言ってしまえばそれまでであるのだけれど、いささか不自然だとミサは思う。


 もしかしたら、この男はミサが操作しないとろくに鍛錬を積まないのでは?


 そんな疑念がミサの頭に浮かんだ。


 基本的に縛りプレイをするときは、ミサは全クリをしたあとキャラクターの育成を行わない。


 もしもミサが操作していないときに主人公が鍛錬を積まないのであれば、ミサキ15が全クリしたときと強さが変わっていないことにも頷ける。


「あんた鍛錬をサボっていたでしょ?」


 そんなことをわずか11歳の少女に指摘されて、ミサキ15は表情を凍らせる。


「な、なんの話じゃ……」

「あんた魔王を討伐したときと全然強さが変わっていないわよ?」

「貴様に私の何がわかるっ!!」


 ミサキはなんとか立ち上がると、再び短刀を構えた。が、さっき木刀を小突かれただけでミサキは体力の大半を失っている。


 なにせミサキの防御力は初期ステータスなのだから。これまでミサキはワンパンで相手を倒すことによって、その貧弱なステータスをカバーしてきたのだ。


 ミサキは攻撃を受けるという想定をしていない。


 それでも英雄と呼ばれたこの男にとって幼い少女相手に敗北するなんて、彼自身のプライドが許さない。


 足を引きずりながらも、ミサに剣を振ろうとするミサキを見つめながらミサはほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。


 何気なくやっていた縛りプレイが、一人の人生を狂わせてしまったのかもしれない……。


 悪気があったわけではないが、そんなことを思ってほんの少し申し訳ない気持ちになる。


 が、ミサキに殺されるわけにもいかないので、悪あがきを続けるミサキの短刀をなんなく避けると、彼の足を軽く蹴って彼を再び転倒させる。


「ぎゃあああああっ!! 足がああああああああっ!!」


 別に本気を出したわけではない。が、ミサの蹴りは彼の足をへし折るのには十分すぎる威力があった。


「あ、あんた、大丈夫?」

「う、うぅぅぅぅぅぅぅっ……」


 すねを押さえたままミサキはうめき声を漏らすだけだ。


『ミサ、大丈夫か? この男は治療してやった方がいいのでは……』


 と、それまで黙っていたバジルカが、少し心配したようにそう告げた。


「そ、そうみたいね……。けど、私は治癒魔法は素人レベルだから……」


 が、バジルカの言うとおり、このままでは彼は自力ですら歩けそうにない。


「…………はぁ……」


 ということで、ミサは鞄から転移魔法陣の石板を取り出すと、それを地面に設置するのであった。

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