第42話 再会

 さて、ミサキ15が思っていた以上に重傷を負ってしまった。


 ミサとしてはかなり手加減をしたつもりだったのだが、さすがにこの老人を放置するのはミサの倫理観が許さなかった。


――まあ、この老人の防御力を鍛えてあげられなかったのは、完全に私のせいだし……。


 ミサの立場上、あまりこの老人に自分のことを色々と知られたくはないのだが、不測の事態と言うことで許して貰おう。


 ということで、ミサは鞄の中から鉱物を入れておくための麻袋を取り出した。


 このガルバス大陸はいたるところに綺麗な宝石が落ちている。だから、密かにミサは良い感じの石を見つけたときは拾ってコレクトしていたのだ。


 さて、この麻袋を何に使うかというと……。


「お、おいっ!! 私に何をするつもりじゃっ!!」

「うるさい。死にたくなければ私の言うことを聞きなさい」


 ミサは麻袋を老人の顔に被せて彼の視界を遮断した。老人は麻袋を必死に脱ごうとするが力尽くで顔に被せると紐を固結びして外せないようにした。


 これで老人の資格情報は遮断した。ミサは老人の首根っこを掴むとそのまま力尽くで石板へと引きずっていき転移魔法を使用した。


 とりあえず老人を城へと連れて帰ったミサは、老人を自室に監禁してグラスのもとへと相談に行ったのだが。


「は、はあっ!? ゆ、勇者を捕まえたのですかっ!? ゆ、勇者ってあの魔王を倒したという伝説の勇者、ミサキ15殿のことですかっ!?」

「あ、そうそう。それ……」

「いや、ですがどうして……」


 信じられないとでも言いたげなグラスにミサはさらに説明をする。すると、グラスはさらに目を丸くした。


「友達の竜ってまさかバジルカのことではないでしょうね?」

「あ、そうそう。ミサキはバジルカを捕まえようとしてたみたいなんだけど、バジルカは私と一緒が良いって言ったのに、ミサキが強引にバジルカを捕まえようとしたからそれで……」

「あぁ……私はおとぎ話でも聞かされているのだろうか……」

「さすがにミサキには負い目もあるし、見殺しにはできないから持って帰って来ちゃった」

「来ちゃったで済まされるレベルの話ではないのですが……」

「だって、私、治癒魔法は使えないし……」

「あぁ……」


 と、グラスはため息を吐いて頭を抱えた。が、グラスもさすがに伝説の勇者を見殺しにはできないようである。しばらく頭を抱えてからミサへと目線を戻した。


「近衛騎士団の中には治癒魔法の心得がある者はいるにはいます。ですが、さすがにミサキ15殿と会わせると色々と面倒です。仕方がない……転移魔法でキルタグラードへと向かいましょう」

「キルタグラード? あ、あぁ……なるほど……」


 ミサはグラスが何を考えているのかを即座に理解した。


※ ※ ※


 ミサは巡幸の間に王国各地に転移魔法陣を設置しておいた。当然ながらその理由は、王国中の山々や迷宮をすぐに訪れてレベルアップをするためである。


 ミサとグラス、それから顔を布で覆われたミサキ15はいくつもの転移魔法陣の書かれた石盤の中からキルタグラードへと繋がっている転移魔法陣を取りだして、キルタグラードへと転移した。


 そこから馬車タクシーを捕まえてキルタグラードからほど近くのとある村へと移動すると、とある診療所へとやってきた。


 辺りは真っ暗である。真夜中なのだからしょうがない。本来ならば迷惑なんてレベルの時間ではないが、ことは一刻を争う。グラスは診療所のドアをどんどんと激しく叩いた。


 すると中から「こ、こんな時間になんじゃっ!? 強盗か?」と老人の声が聞こえてきた。


「私よ。あんたにどうしても頼みたいことがあるのっ!!」

「ん? あ、あぁ……この声は……」


 と、そんな声とともに診療所の扉が開き、中から寝間着姿の老人が姿を現した。


 クラウスである。グラス曰くこの男ならば回復魔法が使用できる上に口が固く信用ができるとのことだった。


 どうやら老人は就寝中だったようで、寝ぼけ眼を擦りながらミサ、グラス、さらにはグラスに担がれている、手足を縛られて顔に麻袋を被せられた老人を見やった。


「な、なんじゃこりゃ……」


 当然ながらその只事ではない光景に目を丸くするクラウスだが、ここで事情を説明するのは色々と目立ちすぎる。


「とりあえず中で説明するから……」


 ということでミサキ15を担いだままグラスとミサキは診療室の中へと入ることにした。


「お、おいっ!! 放せっ!! 私にいったい何をするつもりだっ!!」


 と、もがくミサキ15を連れたまま診察室に入ると、ベッドにミサキ15を下ろす。


「ねえ、事情は聞かずにこの男を治療して欲しいの。足を怪我したみたいなんだけど私は治癒魔法がほとんど使えないから」


 かなり意味不明な要求をしているという自覚はミサにはある。が、この男はミサが王女であることを理解しているのだ。


 ここは色々と面倒事を考えずにミサの言うとおりに治療をしてくれるはずだ。


 そんなミサの頼みにクラウスはしばらく頭を悩ませていたが「し、仕方がありませんね……」と頷いた。


 どうやら何も聞かずに治療をしてくれるようだ。クラウスはベッドの上で依然としてもがくミサキの足のロープを解くと、ズボンを少しまくり上げて手で触れた。


「いかん、これは折れておる……それに内出血も起こしているようだ……」


 どうやらミサが思っていた以上にミサキ老人は重傷を負っているようだ。クラウスの表情から焦りの色が見える。


 クラウスは慌てて診察室から出て行くと、魔法杖を持ってベッドへと戻ってきた。


 そして、杖の先をミサキ老人の足へと向けると、何やら聞き覚えのない呪文を唱えはじめる。


 すると杖の先端の魔法石が薄ピンク色に光り、直後「ぎゃあああああっ!!」とミサキ15が絶叫する。


「痛いのは治っている証拠じゃっ!! もうしばらく我慢しておれっ!!」

「やめろおおおおっ!! 私の体に何をするつもりじゃああああっ!!」


 が、ミサキはクラウスの言葉が信用できないようで、絶叫したままその場にのたうち回る。が、しばらくすると痛みが引いてきたのか、ミサキは落ち着きを取り戻した。


「これで大丈夫じゃ……。が、骨が完全にくっつくまではしばらく安静にしておいた方がよい」


 ということらしい。どうやら治ったようだ。


 グラスとミサは顔を見合わせてほっと胸をなで下ろす。


「それはそうと……」


 が、すぐにクラウスが口を開くのでミサとグラスはクラウス老人へと顔を向けた。


 老人は麻袋を被った老人をじっと見つめてから「はぁ……」と何やら意味深なため息をついてベッドに横になる老人へと歩み寄った。


 そして。


「ミサキ……そなたと会うのは何十年ぶりかのう……」


 そう呟いてベッドへとクラウスは腰を下ろす。


「え? どうしてわかったのっ!?」


 麻袋を被った老人をミサキだと見破ったクラウスにミサは思わず目を丸くした。


 そんなミサを見てクラウスはわずかに笑みを浮かべる。


「なに、この男のことはもう何百回と治癒してやった。さすがに何年経ってもこの男のことは忘れんよ」


 そう言うとクラウスはミサキの足を手のひらでポンポンと叩いた。

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