第43話 友達

「………………」


 ミサキの正体がバレないように治療を行うつもりだったが、何十年ぶりの再会だったとしても旧友にはお見通しだったようだ。


 当然ながらクラウスに治癒の依頼をした時点で正体がバレることは覚悟していたが、思っていた以上に早くバレてしまいグラスもミサも驚いた。


 何やら優しい笑みを浮かべながらポンポンと旧友の足を叩くクラウス。そんなクラウスに麻袋を被ったミサキは何も答えない。


「正体もバレたみたいだし、麻袋を外してあげてもいいんじゃない?」


 ミサのそんな提案にグラスは少しばかり悩むように眉を顰めていたが「バレてしまっては仕方がないですね」と、ミサキの麻袋を外してやった。


「…………」


 ミサは麻袋を外されたミサキに憎まれ口の一つでも叩かれることは覚悟していたのだが、彼女の予想に反してミサキは何やら仏頂面を浮かべたまま黙っていた。


「とりあえず治療をしてもらったんだから、クラウスにお礼でも言ったらどう?」


 ミサがミサキにそう促してみるが、彼は何やら皆から顔を背ける。そんなミサキを見てクラウスは相変わらず優しい笑みを浮かべている。


「久しぶりだな勇者よ。もう一生会うこともないと思っていたが、まさかこんなところで再会するとは」

「………………」


 それでもやはり勇者ミサキ15はクラウスの言葉に何も答えない。


 どうしてミサキは何も言葉を発しないのだろうか? グラスとミサは顔を見合わせるがその理由はわからなかった。


「まあ、答えたくないのであれば無理に口を開かんでいい。私はお前さんがまだ元気に生きていることがわかっただけで十分だ。この年になるとどんどん友達が減っていくからな」

「…………友達?」


 と、そこでようやくミサキは口を開くとクラウスを見やった。


「私がお前の友達だと?」


 その表情は怒りなのか、それとも驚きなのだろうか。ミサにはわからない。が、そんなミサキの表情にもクラウスは一切動じない。相変わらず、笑みを浮かべたままミサキを見つめている。


「友達以外になんと言えばいい? たった一年とちょっとだったが共に命をかけて旅をした仲を友達以外の言葉で言い表すことは私にはできん」

「…………」


 ミサにはなんだかよくわからない。が、なんとなく口を挟むことでもないような気がしたので黙っておくことにする。


 グラスを見やると彼もまたじっと勇者を眺めていた。


「…………友達か……。よくもまあ俺のことを友達と呼べたものだ。心の奥底ではどの面下げて治療を受けに来たと思っているのだろ?」

「まあ、全く思わないと言われれば嘘になるな」


 そう言ってクラウスは少し可笑しそうに頭をポリポリと搔いた。


「ミサキからパーティを追放されたときは、しばらくの間お前のことを恨んださ。くだらん嘘を吐いても仕方がないからな」

「…………」

「が、まあ、今になって考えてみれば私とお前とでは実力が違いすぎた。私一人では魔王討伐などできなかっただろうしな。お前の判断は賢明だ。あれ以上お前と一緒に旅をしたとしても私は足手まといになっていただろうし」

「まあ、そうだろうな」

「おいおい、面と向かって正直に言われるとなかなか心に突き刺さる」


 なんて言っているがクラウスの表情は穏やかだ。


「しかしまあ、お前は丸くならないな。人間って生き物は年を取れば少しは丸くなるもんだ。俺だって今では村の好好爺で通っている。が、お前の目はあの時と何も変わらん。少しぐらいはその元気を分けて欲しいぐらいだ」

「私にはまだ野望がある。伝説の勇者に仕えたというバジルカを使い魔として後生に語り継がれる勇者になるつもりだった」

「ほぉ……お前ならば本当にやってのけそうだから恐ろしい」

「いや……私には無理だ」


 そんなミサキの言葉に少し驚いたようにクラウスは目を見開いた。


「お前らしくないな。あの頃と変わらないと思っていたが、お前も人並みに年老いたな」

「もしかしたら私は野望を持つには年を取り過ぎたのかもしれん……」


 そう言ってミサキはミサに目線を送ると「はぁ……」とため息を吐いた。どうやらクラウスはそれだけで、全てを察したようで「なるほど」と引きつった笑みを浮かべた。


 ミサキはそんなクラウスをしばらく眺めていたが、不意にベッドから下りるとミサを見下ろす。


「転移魔法が使えるのだろう? クラウスから教わったのか?」

「え? ま、まあ……そんな感じね……」

「そうか。悪いが私をガルバス大陸に連れて帰ってくれないか? ここで見たことや聞いたことは誰にも話さん。もっとも、誰にも話したくはない」


 ミサはグラスを見やった。グラスはそんなミサにコクリと頷く。


「わかったわ。じゃあ元いた場所に帰してあげる」


 そう言ってミサは鞄から転移魔法陣を取り出すと床に置いた。この魔法陣はちょうどミサがミサキと遭遇した場所と繋がっている。


「じゃあ、帰るわよ」


 そう言うとミサキはコクリと頷いた。が、すぐにクラウスを見やると「世話をかけたな」と呟いた。


 そんなミサキを見てクラウスはほんの少しだけ寂しそうな顔をする。


「おいミサキ、これからどうするつもりだ?」

「さあな、野望をへし折られたことだし、どうしようかな……」

「ならばこの村に移住せんか? この村は自然に囲まれた静かな村だ。今ならば農地も余っているし、なかなか悪くない余生を過ごせるかもしれんぞ?」


 クラウスの言葉にミサキは少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、わずかに悩んだように瞳を震わせていたが、すぐに笑みを浮かべると「やめておく」と答える。


「いまさら隠居の真似事なんて似合わん」

「そうか。もしもその気になったら、私のもとを訪れるといい。私がお前の面倒を見てやるよ」

「お前の力を借りるほどに老いぼれないように精々努力するよ」

「そうか」


 ミサキは転移魔法陣に足を乗せる。


「やはりガルバス大陸には一人で帰る。転移魔法陣程度であれば私一人で起動できる」

「そう。わかったわ」


 そう答えてミサは魔法陣から下りた。


 ミサキは何やらくたびれたような様子で一つため息を吐くとクラウスを見やる。


 ミサキはいったい何を思い、何を感じているのかはミサには到底理解はできなかった。


 けど、まあクラウスに再会したことが悪い方向には向かなかったのだろうとは思う。


「じゃあまたな」


 クラウスは少しだけ照れくさそうに頭を搔いてミサキに別れを告げる。


 次にこの二人が再会するのはいったいいつなのだろうか? もしかしたらもう会うことはないのかもしれない。


 そんなことを考えているとミサキはわずかに口角を上げるとこう告げた。


「またな。友達よ」


 そう彼が口にした瞬間、クラウスは少し驚いたように目を見開いた。が、そんなクラウスの表情を確認する前に魔法陣が光りミサキは彼の前から消え失せた。

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