第44話 ギート王国の思惑

 ミサキ15の治療が終わり、彼をガルバス大陸に帰してから数日後、ミサはレビオン軍の居場所を発見した。


 そのことをグラスに報告したミサだったが、グラスはそんなミサの報告になんとも渋い表情を浮かべる。


「うむ……なかなか難しい事態になりました……」


 ということらしい。ミサにはどうしてグラスがこんな微妙な顔をしているのか理解ができない。


 要望通りレビオン軍の居場所も判明したし、万事解決ではないのだろうか?


 なんて脳天気なミサは思うのだが、事態はそう簡単な状況ではないようだ。


「我々はミサキ15殿に姿を見られてしまいました」

「だけどミサキは私たちに会ったことを黙っているって言ってたし。さすがに男と男の約束を破るとは思わないのだけれど」

「ミサさまは淑女ではなかったのですか?」

「逆にグラスはまだ私のことを淑女だと思ってくれているの?」

「表向きは……」

「そ、そう……」


 表向きはミサは淑女らしい。


「私もミサキ殿が簡単に口を割る人間だとは思っていません。ですが、敵兵であるミサキ殿に我々の姿を見られたことには変わりません。その事実がある以上、王国の命運を一人の男の口の堅さに委ねるわけにはいかないのです」

「そんなにマズいことなの?」

「はい、かなりマズい状況です。ガルバス大陸への無届けの上陸は世界会議で禁じられています。もしも、このことがバレてしまったら経済制裁を受ける可能性もございます」


 ということらしい。ミサには政治のことはよくわからないが、グラスがマズいと言うのであればマズいのだろう。


 ミサとしては鉱物や金なんてどうでもいいのだが(大陸で拾った綺麗な石は除く)、そのせいでガルバス大陸の出入りができなくなるのは彼女としては少々面倒だ。


「とにもかくにも、まずは陛下に相談いたします。それまではミサさまにはご自宅で待機して頂きます」

「え、ええっ!? なんでっ!?」

「それをわざわざ説明しなくても、ミサさまであればご理解できるかと思いますが」

「…………」


 残念ながらグラスの言いたいことは理解できる。ミサとしては人生最大の楽しみを制限されることはなかなかに辛いが、しばらくの間は大人しくしておくしかなさそうだ。


※ ※ ※


 その後、グラスはミサの存在を隠した上で、起こったことを全て国王に報告することにした。


 グラスの報告に国王ザルバは顎に手を当てたまま「うむ……」と考え込む。


「なかなか面倒なことになったな。仮に我々がレビオン王国の上陸を世界会議に通報したとしても、我々の姿を見られてしまった以上、返り討ちに遭う可能性がある」

「ですな……」


 ギート王国としては秘密裏にレビオン王国の動きを確認したかった。


 通報するにしても、海峡を船で通過しているときにたまたま目撃したなんて嘘を吐いておけば言い訳ができたのだが、レビオン王国に上陸のことを逆に通報されてしまうと事情は変わってくるのだ。


「動くしかあるまいな……」


 しばらく頭を悩ませていた国王はふとそんなことを口にする。


「動く……ですか?」

「レビオン王国にこちらから接触をする」

「接触をして……どうされるおつもりですか?」

「我々はこれからも世界会議に属して、大国の言いなりになって保身を続けるのか、新たなレジームを作り上げて、物事を優位に進めるべきか考えるときが来たのかもしれん」

「…………」


 グラスは国王の行動に動揺していた。


 もちろんミサの姿をレビオン軍に見られることがマズいことは理解していた。


 が、もしかしたらミサをガルバス大陸に送り込むという自らの選択が、世界の構造を作り替えるきっかけになってしまったのではないかと考えると、改めて恐ろしさを感じる。


「まずはミサをレビオン王国に派遣させよう。あくまで表向きには友好的な王族同士の交流を装って、裏で高官クラスでの会談を行う。幸いなことに我々クラント家とレビオン王家は縁戚関係にある。国王クラスが会談を行ったとなると色々と目立つが、王位を継ぐ可能性の低いミサであれば世界会議も単なる王族同士の交流だと考えるだろう」

「み、ミサさま……ですか?」


 国王の口にしたミサの名前にグラスは動揺を隠せない。


「で、ですが陛下、ミサさまはまだ11歳でございます。さすがに殿下には荷が重すぎるかと……」


 ミサがレビオン王国を訪れるのは色々と面倒である。なにせレビオン王国にはミサキ15がいるのだ。仮に彼が王女としてのミサの姿を目の当たりにしたら色々と面倒なことになる。


 これは何がなんでも阻止しなければマズい。


「陛下、ミサさまではなくルーク殿下にご参加頂いた方が……」

「ならぬ。ルークは私の後を継ぐ者だ。そのような人間が直々にレビオン王国を訪問するとなると、色々と政治的な思惑を勘ぐる人間がでてくるやもしれん」

「で、ですが……」

「なに、実際に会談を行うのはミサではなく高官だ。そうだな……グラス、お前にもレビオン王国に向かって貰い、高官への助言をしてもらいたい」

「…………」


 面倒なことになった……。


 グラスは素直にそう思った。が、表向き王族同士の交流という体であれば、ミサをレビオン王国に向かわせるのが一番穏便であるというザルバの言葉も理解できる。


 ミサの姿をミサキに見られるのは面倒だ。


 が、そのことをザルバに説明できるはずもなく、グラスは頭を悩ませるのであった。 

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