レビオン王国編

第45話 バジルカくん人形

 それから一週間ほどグラスは必死にミサがレビオン王国に派遣されないように尽力した……のだが。


「ダメだった……」


 ザルバ、さらには王妃であるナーシャに『渡航は危険ではないですか?』『ミサさまが親元を離れて精神的に不安定になるのが心配です』などなどあの手この手で理由をでっち上げてミサの渡航を思いとどまって貰おうとしたのだが。


「グラス、そなたがミサを心配するのは理解できるが、彼女もいずれは家を出ることになるのだ。そのための訓練を少しずつでも積んでいかなければならない。それに今回の交流はミサが適任だ。そんなに心配であればグラス、そなたが命がけでミサを守ってくれ」


 と、正論パンチを食らってしまい何も言い返すことができなかった。


 ということでミサのレビオン王国への渡航が決まったことをグラスは直々に伝えに行くことになった……のだが。


「ミサさま、グラスです……ドアをお開けください」

「…………」

「…………はぁ……またか……」


 魔物退治を一時中断させられたミサは前回同様にまた部屋に引きこもりがちになってしまった。


「ミサさま、開けますよ」


 ということでルリから受け取った鍵でドアの鍵を開けると、ミサの寝室へと入る。


 ベッドを見やると、こんもりと膨れ上がった掛け布団が見えた。


「ミサさま、少しお時間よろしいでしょうか?」

「……………………」

「ミサさま、グラスです。お布団から出て頂けると助かるのですが……」


 そう言ってベッドへと歩み寄ると、わずかにもぞもぞと布団の山が動いてミサが顔を出した。


「…………なに?」


 とグラスに尋ねるミサの目の下にはクマができていた。


 たった一週間強魔物退治を制限しただけでこれである。


「ミサさま、ミサさまにお伝えしたいことがございまして」

「もしかしてガルバス大陸に行ってもいいの?」


 ミサの表情がわずかに明るくなった。


 期待をしているところ申し訳ないがグラスはそんなミサに首を横に振る。


 ミサは再び布団の中に戻った。


 が、この反応も想定内だ。グラスはベッド脇の椅子に腰を下ろすと持ってきていたアタッシェケースを膝に置いた。


「ミサさまにお土産がございます」

「…………」


 そう言ってケースを開くと中に入っていた魔物の彫刻をいくつかベッド脇の机に置いた。


「気に入っていただけるかはわかりませんが、また魔物の人形を持ってきました。ワイバーンと『オニ』と呼ばれる棍棒を持った魔物の人形です」

「子供騙しね……そんな人形で私の心が動くとでも思っているの?」


 ということらしい。やはりこの程度でミサの心を動かすことは不可能なようだ。


「ミサさま、他にも羽の稼働するバジルカの人形と、可動域を大きくした進化版のミサさま人形もご用意いたしました」


 そう言ってバジルカくん人形と、進化版ミサちゃん人形をテーブルに置く。


 するともぞもぞと布団の山が動いて、再びミサが顔を出した。


「だから言ったでしょ。こんな子供騙しに乗るほど私はバカじゃないの……」

「ミサさま、これをご覧ください」


 そう言ってグラスはバジルカくん人形とミサちゃん人形を手に取る。


 ミサちゃん人形の足を開くと、それをバジルカくん人形の背中に乗せるとあら不思議、ミサちゃん人形の足がバジルカくん人形の体にぴったりフィットしてまるでミサがバジルカの背中に乗って空を飛んでいるように見える。


「お、おぉ……」


 その精巧にできた人形にミサの瞳がわずかにルンルンする。が、そのことにミサ自身も気づいたようで少し恥ずかしそうに頬を赤らめるとグラスを見やった。


「で、私に伝えたいことってなんなの?」


 どうやらミサのお気に召したようだ。とりあえず話を聞いてくれそうで安心するグラス。


「ミサさまおめでとうございます。ミサさまにとっては初めての外交のお仕事です」

「が、外交? 私、そういうの興味ないけど」

「残念ながらこれはザルバ陛下からの命令にございます。ミサさまには一ヶ月後、ギート王国を出てレビオン王国へと向かって頂きます」


 そんなグラスの言葉にミサの瞳がまたルンルンする。


「レビオン王国っ!? それってゲームのステージじゃんっ!?」

「げ、ゲーム? なんのことでしょうか?」


 グラスにはミサが何のことを言っているのかわからない。


 レビオン王国をモチーフにした双六かなにかがあるのだろうか?


「え? あ、なんでもない。こっちの話だから……」

「ならいいのですが……」

「レビオン王国に行けばいいのね? わかった任せておいてっ!!」


 そう言って布団から腕を出すと力こぶをグラスに見せつけるミサ。


 そんなミサの反応を見てグラスは少し嫌な予感がした。


 なんというか反応が良すぎるのだ。


 ミサは基本的には魔物退治以外のことと一切の興味を持たない。そんな彼女がレビオン王国での王族同士の交流会に興味を持つとは到底思えなかった。


 が、ミサは乗り気である。


 そうなると考えられる理由は一つしかない。


「ミサさま、言っておきますがこれは王族同士の雅な交流会にございます。ミサさまが望まれるような魔物討伐のような催し物はございませんので、そこのところお間違いにならぬように」

「え? あ、あははっ。わかっているわよ。私は王女なのよ? それぐらいのことはわきまえているから」

「そうですか。ならばいいのですが……」


 グラスの疑いは確信へと変わった。理由はわからないが、ミサはレビオン王国に多くの魔物が存在していることを理解しているようだ。


 もしかしたらミサキ15に何かを吹き込まれたのだろうか?


 おそらくミサはグラスの目を盗んで魔物討伐に出かけるつもりだ。当然ながら他国で王族が暴れ回るのは色々と問題がありすぎる。


 ミサのそんな反応を眺めながら、グラスはミサの護衛の数を増やすことに決めた。


 当然ながらその理由は、ミサを守るため……ではなくミサを監視するためである。


「とりあえず、そういうことですのでご理解ください」


 面倒なことになりそうだ……。グラスはそう確信しながらミサの寝室を後にするのであった。

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