第40話 縛り

「ほほぉっ!! さすがにクソガキのお前でも、この名前を聞いて恐れおののいたか」

「っ…………」


 ミサキ15と名乗ったその老人は、驚いたように目を丸くするミサを眺めながら、なにやら満足げにうんうんと頷く。


 が、ミサの驚きはクソじじい扱いしていた目の前の老人が、偉大な勇者だったからではない。


――う、嘘でしょ……。え? あのミサキ15が今ではこんなおじいさんになってるの? あぁ……時の流れって恐ろしいわ……。


 ミサのミサキ15を見る目は、羨望……ではなく、まるで数十年間生き別れになっていた血を分けた息子との再会の喜びに近い。


 その自分の息子のようで、それでいて自分の分身のような存在との再会に、思わずミサの頬が緩む。気がつくと彼女は、老人のすぐ側まで歩み寄っていた。


「ミサキ15……しばらく合わない間にこんなに成長したのね……」


 そう言って背の低い少女は、老人の背中をポンポンと叩く。


「は、はぁ? クソガキ……いきなり何を言い出す……」


 当然ながらミサの裏事情など全く知らないミサキ15は不気味な顔で、まだ10代前半の少女を見下ろした。


「いいのいいの。私はあんたのことを一目見れただけで十分なの。それにしても老けたわね……」

「は、はあっ!? お、おい、クソガキ。よくわからないが、私のことを知っているのであればせめてもう少し敬ったらどうだ? 私は伝説の勇者だぞ?」

「はあ?」


 そんなミサキ15の言葉にミサは少し眉を顰めて、彼を見上げた。


「さっきから思ってたんだけど、ミサキ15さあ、ちょっと態度が悪いんじゃない?」

「それはこっちのセリフだっ!! お前こそ、青二才のくせに私にタメ口で話しかけよって」


 怒りを露わにするミサキ15だが、そんな彼の言葉にミサは「はぁ……」とため息を吐く。


「あんたムギワラ村にいたときや、魔王討伐をしていたときとはすっかり変わったわね」

「何を言っている? 私は昔からこうだ。というかクソガキ、どうして私の生まれた村の名を知っている? 私の出生地に関する情報は秘匿されているはずだ」

「私には全部お見通しなのよ。あんたがムギワラ村の農家の生まれで、一緒に住んでいたレンゾーおじいちゃんに育てられたことも、亡くなったお父さんに憧れて冒険者になったことも全部お見通しよ」


 なにせ、目の前の老人を英雄に育て上げたのは他ならぬミサなのだから。


「なっ…………。なんでそこまで……」


 が、くり返すがミサキ15はミサのそんな事情など全く知らない。自分の家族構成から生い立ちまで当たり前のように話すミサに顔から血の気が引いていく。


「お、お前は何者だっ!? い、いや、今はどうでもいい……」


 と、ミサキは慌てて首を横に振ってバジルカを見やった。


「そんなことよりもバジルカよ。私の使い魔となるのだっ!!」


 そう言って老人は懐から長さ一メートルほどの魔法杖を取り出して、先端をバジルカに向けた。


「もしもお前が拒むというのであれば、力尽くでお前を捕獲する」


 どうやらミサキ15は何がなんでもバジルカを使い魔にするつもりのようである。バジルカはそんな老人の態度にやや引きながらミサに目線を向けた。


 どうやらバジルカは老人の友達になりたくないようだ。そう悟ったミサはため息を吐いてミサキ15を見やった。


「ミサキ15、バジルカはあんたと一緒にいたくないみたいだけど」

「うるさいクソガキっ!! 貴様は指を咥えて眺めておけ」

「ほぉ……そういう態度に出るのね……」


 よくわからないが、ミサがゲームをやらないうちにミサキ15という男は冒険者としての初心を忘れて、自分の地位にあぐらをかくようになったようだ。


――これは教育し直さなきゃダメみたいね……。


 そのことを悟ったミサは杖を構える。


「バジルカが嫌だって言ってるでしょっ!! これ以上勝手なことをするなら、私が許さないわよ」

「はあ? クソガキのくせに偉そうに私に指図をするでない。ガキだからって許してやっていたが、これ以上私の邪魔をするのであれば容赦せんぞ?」

「そう、やれるものならやってみれば?」

「なんだとおおおっ!?」


 ミサの挑発に怒りを爆発させたミサキ15は『メラバーストっ!!』と叫んだ。直後、魔法杖の先端から炎の柱がミサめがけて直進した。


 が、ミサはぴょんと近くの木に飛び移ると、それをあっさりとかわす。


「そんなんで私が倒せるとでも思ってるの?」

「な、なっ!?」


 たった11歳の子どもにあっさりとメラバーストを避けられ、ミサキ15は驚いたように枝の上のミサを見上げた。


 が、すぐに杖を握り直すと、今度は『ハイドロハリケーンっ!!』と叫び再び杖の先端をミサへと向ける。


 直後、彼女の真下の地面から竜巻のような水の渦が上空へと向かって巻き上り、彼女の乗っていた枝を周りの木ごと飲み込んでいった。


 それでもミサは再びぴょんと枝から枝へと飛び移るとなんなくそれを避ける。


 ミラバーストもハイドロハリケーンもそれぞれメラ形、ハイドロ形の最上位の技である。それを当たり前のように操るこの老人を見て、彼が確かに自分の育てた勇者なのだと、ミサは確信した。


 が、今のミサはその程度では倒せない。


「な、なんでじゃっ!? なんちゅう反射神経をしておる……」


 ここでミサキ15は目の前の少女がただ者ではないことをようやく理解しはじめたようだ。


 老人はローブに一度杖をしまうと、代わりに短剣を取り出す。そして、地面を蹴ると瞬く間にミサのすぐ側の枝に飛び移り、短刀を構える。


 老人はミサの乗る枝へと跳躍をすると、逆手に持った短刀を彼女の首筋めがけて斜め上へと振り上げた。


 が、老人の短刀がミサの頸動脈を切り裂く前に、ナイフの動きはピタリと止まる。


 ミサは素早くローブから木刀を取り出してそれを止めたからである。


「なかなか動ける老人ね。さすがは勇者なだけはあるわ」

「っ…………」


 そんなミサの余裕の言葉にミサキ15は言葉も出てこない。老人はつばぜり合い状態の短刀をぐいっと木刀に押し込むと、その反動で後方へと跳躍して地面へと降り立った。


 その異次元の強さの少女に困惑しながらも、息を整えて枝を見上げると、彼女はなにやらニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なにがおかしいっ!?」

「あんた、魔王を討伐してからろくに鍛錬をしていないでしょ?」

「はあっ!? どういうことじゃ?」

「メラバーストもハイドロツイスターも魔王を討伐する前に習得した技。それにその魔法杖も短刀も魔王討伐前にリニアの街で購入したモノをまだ使っている。魔法具や武器をろくに使っていない証拠ね」

「………………」

「言っておくけど、そんなんじゃ私には勝てないわよ?」


 いったい彼女は何者なのだ。自分の個人的な事情を当たり前のように知っているミサの存在にミサキ15は得体の知れないものを見るような目で彼女を見つめる。


 が、それでもずっと彼女を見つめていたら瞳が乾燥してくる。だからミサキ15は瞬きをした。


 わずかに瞳を閉じて再び開くと、さっきまで枝に乗っていたミサの姿はなく「遅い」と足下から声がした。


 慌てて顔を足下に向けると、ミサはミサキ15を見上げて笑みを浮かべており、彼女は笑みを浮かべたまま木刀で軽くミサキ15の足を払った。


 直後、ミサキの体は柔道の技でもかけられたように、背中から地面に転倒する。


「ぎゃああああああっ!!」


 地面に倒れたミサキ15は自分の両すねを手で押さえたまま、激痛に身もだえする。


 そんな老人の顔の前でしゃがみ込んだミサは、相変わらずの笑みで首を傾げた。


「一つ聞いてもいい?」

「…………うぅ……な、なんじゃっ!?」

「あんたさ、自分の守備力の成長が以上に遅いって思ったことはない?」

「なっ…………」

「やっぱり……」


 ミサはそんな老人の反応を見て確信した。


 どうやらミサキ15は縛りプレイでクリアした勇者だ。

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