第48話 完璧な計画

「ムキーっ!! ですわっ!! 悔しいですわっ!! あんな田舎の王族にバカにされるなんてムキーっ!! ですわっ!!」


 ミサとのお茶会を終えたリズナは憤慨していた。


 由緒正しきルボン家の王女であるリズナによって、これはなによりも屈辱的な出来事だった。


 なにせリズナはミサによってお茶の作法すらままならない王女だと烙印を押されたのだから。


――またお姉様やお兄様にバカにされますわ……。


 が、何よりも今日の惨状を耳にした兄や姉たちにバカにされるかもしれないのがリズナにとっては最も悔しい。


「リズナさま、失敗は誰にだってあります。そう気を落とされないでください」


 ミサのいなくなった東屋。そのテーブルに座って憤慨するリズナをメイドのミユウは必死に慰めるが、リズナのプライドはガラスのように脆いのだ。


 そのプライドを傷つけられたリズナにミユウの言葉は届かない。


「悔しいですわ……また側室の子どもだとバカにされますわ……」


 そう叫んでテーブルに突っ伏してしまうリズナ。


 そんなリズナの背中をミユウが優しく撫でる。


「そんなことおっしゃらないでくださいリズナさま。側室の子どもだとか本妻の子どもだとか、そんなことは関係ありません。リズナさまはご立派なレビオン王国の王女です。それを疑う者はレビオン王国に存在いたしません」

「うぅ……うぅ……ママ……」


 それからリズナは30分ほど泣いて少し心が落ち着いた。


 テーブルから顔を上げると真っ赤な瞳でミユウを見やると「わ、私はルボン家の人間ですわ」と小さく呟く。


「そうです。リズナさまは立派なルボン家の王女様です。だからもっと自分に自信を持ってください」

「わ、わかりましたわ……」


 そう言ってうんうんと頷くと彼女は立ち上がって、城へと戻ろうとした……のだが。


「ん? こ、これはなんですの?」


 東屋を出ようとしたところで、ふとリズナは足下に落ちている羊皮紙を見つけた。


 その羊皮紙にはなにやら記号のような文字が描かれている。


「ミユウ、これはなにかしら?」


 そう言ってリズナは羊皮紙を拾い上げると首を傾げながらミユウに尋ねる。羊皮紙を受け取ったミユウは首を傾げた。


「なんでしょうかねぇ……」

「なんだか魔法陣のようなものが描かれていますわ」

「そういえば……」


 と、そこでミユウは頬に人差し指を当てながら何かを思いだしたように口を開く。


「そういえば私の生まれ育った村に魔法陣の描かれたお守りがありました。これとは違う魔法陣だった気もしますが、部屋に魔法陣を貼って魔除けに使っていた気がします」

「そうですの? ならばこれも魔除けですの?」

「いえ、魔除けの魔法陣はこのような絵柄ではありませんでした」

「なるほどですわ……」


 そう言ってリズナは羊皮紙を再びミユウから受け取るとそれをマジマジと眺める。


「よくわかりませんが、なんだか御利益がありそうですわね」


 こんなところに落ちている物なのだから大した物ではないのだろう。リズナはそう思った。が、ミユウのお守りの話を聞くと少し御利益があるような気もする。


 普段ならばそのまま捨ててしまうのだが、リズナはそれをポケットに入れると城へと向かって歩き出した。


※ ※ ※


「ミサさま、わかっていますね。これは外交は遊びではないのです。そこのところゆめゆめお忘れにならないようにお願いいたします」

「わかってるっ!! 私はギート王国の第三王女よっ!! さすがにお父様にご迷惑をかけてまで魔物討伐をするつもりはないからっ!!」


 その日の夜。全ての公務を終えたミサは風呂から上がりぬくぬくの状態で寝室にいた。


 あとは明日以降の公務に備えてしっかりと眠るだけである。


――まあ、そんなつもりは一ミリもないけどねっ!!


 ミサはやる気満々である。なにせここはレビオン王国なのだ。ミサの頭の中にはレビオン王国の地図がしっかり叩き込まれているし、どこにどのレベルの魔物が存在するかも知っている。


 こんな自分の家の庭のような場所で魔物討伐をしない手はない。


 が、当然ながら城から出ることはグラスから禁じられている。


 それでもミサの欲望は止まることを知らない。


 だからこの後、こっそり部屋を抜け出すつもりなのだが。


「…………」


 そんなミサのことをグラスは冷めた目で見つめていた。


「な、なに?」

「信じていませんよ」

「…………そう……」


 と、そこでグラスはミサのもとへと歩み寄ると「ちょっと失礼」とミサのパジャマをベタベタと触り始める。


「ちょ、ちょっとグラスっ!?」

「ご無礼をお許しください。あ、ズボンのポケットに妙な物が入っていますね」


 そう言ってグラスはミサのズボンのポケットに手を入れると、中から一枚の羊皮紙を取りだした。


「ミサさま、これはなんですか?」

「な、なにかしらね……何かのお守りかしら?」

「そうですか。ですがミサさまのことは我々がしっかりとお守りいたしますので、このような物は不要です」


 そう言ってグラスは魔法陣をビリビリと破り捨てた。


「ミサさま、言っておきますが既に寝室はくまなく調べ上げております。また、ペンやメモのようなものも全て回収しておりますのでご容赦ください」

「そ、そう……」

「それでは明日も早いですのでお休みなさいませ」


 そう言ってグラスは無表情のまま頭を下げると部屋を出て行った。


 どうやらグラスは本気でミサの脱出を阻止するつもりのようである。その後、ミサが廊下に出てみるとグラスか彼女のもとへと飛んできた。


「何かご用ですか?」

「い、いや、ちょっと城の中を散歩しようかと思って」

「危険ですのでお止めください」


 わかっていたが、ドアから逃亡するのは不可能なようだ。


 次に窓へと歩み寄ると、締め切ったカーテンからわずかに顔を覗かせてみる。


 すると。


「ミサさま、何かご用ですか?」


 いつの間に移動したのだろうか、窓の外から部屋を覗き込むグラスと目があった。


「ひゃっ!?」


 慌ててカーテンを閉めるとベッドへと潜り込む。


 どうやらグラスは本気のようだ。当然ながら力尽くで城から飛び出すことはできなくはないが、そんなことをしたら明日の夜以降、ミサは拘束具を付けて眠らされることになる。


 さて困った……。


 ミサはその厳戒態勢に頭を悩ませる……と思いきや。


「ふふっ……」


 ミサの口から笑みが漏れる。


 ――甘いわねグラス。


 当然ながらこの程度の厳戒態勢はミサも想定していた。だから、ミサは周到に準備をしてきた。


 とりあえずミサはソファからありったけのクッションを手に取るとベッドに詰め込んで、簡易的な身代わりミサちゃん人形を作ると、自分の口に指を入れる。


 ミサが口から指を出すと、彼女の手には細い針金が握られていた。


 次にミサはベッドへと歩み寄って、ベッドフレームを触り始める。


「これなら外せそう……」


 ベッドフレームの一部を剥ぎ取ると、板に針金で魔法陣を掘っていく。


 実はさっきミサはグラスの目を盗んで東屋に魔法陣の書かれた羊皮紙を置いてきた。この魔法陣に対応する魔法陣をこの板に掘って東屋に移動するという魂胆である。


 グラスたちは必死に部屋を監視しているようだが、彼らの目さえ盗んでしまえば城からは簡単に脱出できる。


――完璧な作戦ね。


 ということで早々に板に魔法陣を掘ると、ミサは魔法陣に魔力を込めた。


 これであとは魔物を狩るだけ……のはずだった。


 が、ミサが転移したのは庭の東屋……ではなく、見知らぬ部屋だった。

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