第27話 一難去ってまた一難

 ミサは木刀一本で海竜を撃退することに成功した。


 結局、海竜はしばらくの間目を回して海に浮かんでいたがまた目を覚ました。


 が、ミサの顔を見るとなにやら今にも泣き出しそうな悲しそうな顔をすると、そのまま尻尾を巻いて貨物船から逃げていった。


 貨物船のマストを咥えたまま……。


 そんな海竜の姿に乗組員たちはまた歓喜してミサを胴上げしたが、しばらくしてマストが折れた現実を思い出し、次第に肩を落とし始めた。


 ミサも薄々気づいてはいたが、あのマストは船にとってとても大切な物だったらしく乗組員たちは口々に「これからどうしようか……」「今のままじゃネデバにたどり着けない……」などなど不安を吐露する。


 が、そんなときに彼らを勇気づけるのが船長の仕事だ。


 ラッドはそんな彼らに「心配するなっ!! 俺はこの道20年のベテランだ。貴様らを必ずネデバに連れてってやるからなっ!!」とポンポン胸を叩いて彼らを鼓舞した。


 ラッドに事情を尋ねてみると、確かに一番大きなマストをやられたのは辛いが、それでも航行が全くできなくなったというわけではないそうだ。


 上手く風を利用してネデバにたどり着いてみせると言うラッドの言葉に安心したミサは客室に戻り、転移魔法を利用してギート王国へと戻るのだった。


 そして、いつも通り王女としての仕事を全うして再び船に戻ると、客室の外からラッドの叫び声が聞こえた。


「あああああああああっ!! マストが全部折れやがったあああああっ!!」


 そんな叫び声と同時に船は大きく傾き、ミサは想わず近くの机に捕まり体勢を整えると客室を飛び出す。


 凄まじい揺れになんとか手すりに掴まりながら甲板へと出ると、そこには地獄みたいな光景が広がっていた。


 大嵐である。船には凄まじい風が吹きつけおり、そんな風に乗って降り注ぐ大雨があっという間にミサをびしょ濡れにする。


 それだけならばまだしも、波も大荒れで何メートルもある高い波が会場をうねうねしているのが見えた。


 そんな波の上をなんとか横転せずに浮かんでいる貨物船だが、さっきラッドが叫んでいたように、全てのマストが根元からぽっきりと折れてしまっている。


――あ、あれ……もしかしてこれって詰んでいるんじゃ……。


 目の前に広がる地獄のような光景に思わずそんなことを考えてしまうミサだったが、ラッドたち乗組員たちはお互いに指示を出し合いながらデッキの上を右往左往している。


 と、そこでラッドはミサの姿を見つけた。


「お、おいミサっ!! あぶねえから客室に入ってろっ!!」


 そう言ってラッドは手でミサを追い返す。


 ここでミサが彼らの役に立てることはなさそうだ。できることと言えば、沈没しそうになったときに転移魔法で彼らをギート王国に連れ戻すぐらい。


 が、転移魔法が使えることがバレると色々と面倒になりそうだし、本当に最終手段として考えておくぐらいにしておいた方が良さそうだ。


 ということで、ミサは大人しく客室へと戻ると嵐が過ぎ去るのをじっと待つことにした。


 幸いなことにしばらくすると船の揺れは徐々に落ち着き始めて、3時間ほど経った頃には船の揺れはすっかり元の穏やかな揺れに戻った。


 どうやらラッドたちの必死の努力が功を奏したようで、最悪の事態は回避したようである。


 カーテンをわずかに開けて外の状態を確認した彼女はそう判断して、意を決して客室から出ることにした。


 デッキへとやってくると、ラッドを始めとした乗組員たちは全員デッキに並んで仰向けになっており、呆然とした表情で荒らしが過ぎ快晴となった空を眺めている。


 どうやら死人は出ていないようで、ほっと胸をなで下ろすミサ。ラッドの元に歩み寄ると、彼は視線だけをミサに向けた。


「ラッド、怪我はいませんか? それに他の人たちも」


 あまり得意ではないがミサは最低限の治癒魔法の心得はある。もしも怪我をしている人間がいれば治癒をしてやりたいところだが、ラッドはわずかに笑みを浮かべて首を横に振る。


「怪我人はいねえ……だけど……」


 と、ラッドはマストを失ったデッキを見やる。


 昨日は「貴様らを必ずネデバに連れてってやるからな」と豪語していたラッドだったが、さすがにマスト全滅は想定外だったようだ。


「船の推進力を完全に失った。あとは、どこか陸地にたどり着くのを願って波に揺られるだけだな……。ミサ、本当にすまん……」


 どうやら船は完全に遭難してしまったようだ。ラッド曰く、もはや自分たちがどこを漂っているのかもわからないらしい。


「ま、まあ海を漂っていたら、いつかはどこか陸地にたどり着くでしょ……」


 なんてラッドを勇気づけてみるも、彼は苦笑いを浮かべるだけだった。


※ ※ ※


 それから一週間ほど経った。ラッドの言うとおり推進力を失った船は当てもなく大海原を漂い続ける。


 幸いなことに貨物船には輸送用の食料が大量に備蓄されており、お腹が空くことはなかった。


 水槽に貯めていた飲み水は底をついたが、それもミサの不慣れな水魔法のおかげですぐに満たされ、少なくとも餓死する心配はなさそうだ。


 そろそろ彼らを転移魔法でギート王国に連れ帰った方がいいのか、なんて本気で悩み始めていたミサだったが、そんな中乗組員の音が「陸地が見えたぞおおおおおおっ!!」と叫ぶ声が聞こえたのでデッキへと向かう。


 デッキにはすでにミサ以外の乗組員全員が集まっており、なにやら目を輝かせながら船の外を指さしていた。


「ど、どうしたんですかっ!?」


 と、彼らの元へと駆け寄ると、ラッドがミサの小さな体を抱き上げて「見ろ」と船の外を指さす。


 すると、遠くに陸地のような物が見えた。陸地はミサから見て左側から右側へと向かって大きく広がっており、どうやら小さな無人島だとかそういう物ではないらしい。


 どうやら助かったようである。一時は本気で転移魔法の使用を考えたミサだったが、どうやら使わずに済みそうだ。


「一先ず碇を下ろして小舟で渡ろう」


 ということでミサたち一行は謎の大陸へと助けを求めに上陸するのだった。


 幸いなことに波は穏やかで乗組員たちが一時間ほどオールを漕いだところで小舟は謎大陸へと到着した……のだが。


「人の気配は……なさそうだな……」


 船を下りて上陸を果たしたミサたち一行の眼前に広がっていたのは、見渡す限りの自然だった。


 見えるのはジャングルジャングル&ジャングル。人の気配が一切感じられないその光景に彼らは呆然と立ち尽くす。


「おいおい……助けを求めるどころの騒ぎじゃねえぞ……」


 どうやらミサたちの遭難はもうしばらく続きそうだ。

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